老魔術師はバザーに参加する
「ティンク、いろいろありがとうな」
「カーヴィアに来たら遊びに来てよ」
馬車に乗ったファビオとレジスが、二人そろって仲良く手をふる。
馬車は二台ある。二月近く前、別々に乗ってきた若者たちが、今は同じ馬車に並んで座る。
二人は互いに協力し、本家から与えられた予算をまとめて竜の牙を購入した。
もちろん、品を見極めたのはレジス、交渉を担当したのはファビオだ。良質な品を、少々安く手に入れることができたらしい。本家のお目付け役だろう男が、実に満足そうに若者たちを眺めていた。
これで彼らは、ようやく故郷のカーヴィアに帰ることができる。
(友っていいのぅ)
ほわっと笑ったティンクルスも大きく手をふり返す。
「気をつけてのぅ」
また会おう。そんな挨拶を残し、二人の馬車は走りだした。
「さて、今日は何をしようかのぅ」
少しばかり強くなってきた陽射しに目を細めながら、老魔術師はくきっと首を傾ける。
精霊が囚われている玉は、思わぬ情報を得たことにより、もう探し終えていた。
情報の元はレジスである。本家から竜の目を手に入れろと言われていた彼は、フィシディアのどこにその玉があるのかを、よく承知していたのだ。
ティンクルスも明日にはこの街を発つ。ついに竜の谷へ、おそらく大切な役目であろう大精霊の魂を娘の下へ、運ばねばならない。
というわけで。
「ティンク、今日はゆっくり休んだほうがいいんじゃないか?」
クロードが心配顔を向けてきた。
「む、むぅ……」
友の気遣いはありがたいと思う。友の言うとおり、これからに備えてとっくりと休んだほうがいいのかもしれない。が、しかし。
運動神経は鈍くとも、意外と活動的な老魔術師だ。これまで何だかんだ言いつつも、のたりと休んだことが無かったためでもあるだろう。ぽけっとしているのはどうも苦手なのだ。
宿にこもって休むべきか、ちょっと散歩でもするべきか。悩む……
「あら、お客様。今日もお出かけですか?」
と、ここで朗らかに笑いかけたのは、坊ちゃんが騙されていないかと心配してくれ、竜の爪盗難事件では夫とともに悪い男の下へ乗りこんだという、優しさと武勇溢れる女性店員だ。
「いや、そうでもないんじゃが、店員さんはどこかへお出かけかのぅ?」
見れば彼女は大きな荷物を持っており、店の扉は閉まっている。
「今日は小広場でバザーがあるんですよ」
「バザー?」
首をかしげたティンクルスに、女性店員が丁寧に説明する。
「ほぅ。みなが広場に品を持ち寄って、自由に売るのかの。その売上げは神殿に納めるんじゃの」
それは良い活動だと思う。ぜひ参加してみたい。
「わしも……ク、クロードよ。行ってみてもいいかの?」
ちょっとだけ縮こまり、おずおずと見上げると、友は仕方ないという風に肩をすくめ、しかし優しげな顔で笑ってくれた。
*
ここは老魔術師が飴に目を奪われた、屋台が並ぶ小さな広場だ。今日はバザーがあるからか、残念ながら、いや、飴の屋台はあった。
子供たちは走りまわっておらず、それぞれに布を広げ、商品を並べ、売り子が座っている。
「こっちのカゴが三十シディンスで、こっちが五十シディンスじゃのっ」
売る物のないティンクルスであったが、女性店員の好意により、売り子として参加させてもらうことになった。
彼の前に置かれたカゴには、色とりどりの魔宝玉が入っている。とは言っても、店に並ぶ品と比べれば、色は濁っているし欠けた物もある。ネックレスのように加工されてもいない。
それでも値段が安いこともあって、結構売れるのだという。街の娘たちはこれを紐で編み、ブレスレットなどにするそうだ。
「玉と紐の、色の組み合わせも楽しめますからね」
「ほほぅ……」
そんなことを言われても、老魔術師にはちっともわからなかったが。
ちなみに、旅の途中であるティンクルスにも、売れる物がまったく無かったわけではない。
『このピンブローチはどうかの?』
『これは……宝石ですよね。高すぎて買う人がいないと思います』
『そう、かの』
女性店員に却下され、老魔術師はしょんぼりした。
ついでながら、布があるとはいえ、地べたに腰を下ろすティンクルスのお尻には、ふっかりとしたクッションが敷かれている。売り場の詳細を確認した騎士が、速やかに用意した物だ。水筒には飲み物が、小箱には菓子が……
当の本人は気づいていないが、こんな売り子は他にいない。
「あ、魔宝玉がある!」
「おっ……その、いらっしゃい、ませ」
初めての客は、十五にもなっていないだろうか、若い娘たちだ。売り子など、当然ながら初めての経験だ。ティンクルスはちょっぴり緊張してしまう。
娘たちは明るい声でさえずりつつもカゴの中身をしっかりと物色し、いくつかの玉を差しだしてくる。
老魔術師はもたもたとお釣りを払い、「ありがとうございました」と頭を下げ、無事に対応できたようだとホッと胸をなで下ろした。
「店員さん、どっちが似合うと思いますか?」
客の中には、ティンクルスに意見を求める者もいた。彼の恰好が、案外洒落ているからだろう。ただ、これはクロードが選んだ服だ。
「……」
娘と玉を交互に見やり必死になって考えるも、どちらが似合うかなど老魔術師には皆目見当がつかない。
「赤いほうだな」
沈黙を守るしかない彼の脇から、クロードが口を挟んだ。精悍な若者に勧められたせいか、娘は頬を染め、嬉しげに笑って赤い玉を選んでいく。
「クロード殿。今、あの娘のことをまったく見ていませんでしたよね?」
「……」
友に感謝しホッとしたのも束の間、ボソリと聞こえた騎士のつぶやきに、老魔術師は固まった。
「ねえ、二十シディンスじゃだめ? じゃあ、二十五シディンス!」
「やっ、これは神殿に寄付するお金じゃからっ」
値切られるという体験もした。
慌てふためくティンクルスの横で、クロードが鋭い視線を娘に向ける。彼女が怯んだところで、女性店員が優しげな声を出す。
「もう一つ買ってくれたら、二十五シディンスにしてあげる」
原価を聞いていた老魔術師はパパッと計算してみた。しっかり儲けた上で、さらに客からお金を引きだしている。
(ほほぅ!)
このたびの売上げは寄付することになるが、これが商売というものか。などと、いたく感心したりもした。
「おお、もうほとんど売れてしまったのぅ」
陽はまだ地平線よりたいぶ上、しかしカゴの中身はあとわずか。
「じゃあ、これは神殿の子供たちへの贈物にしましょうか」
こう言って、女性店員が取りだしたのは何本もの編まれた紐だ。これに余った玉を嵌めこんでいく。
どうやら彼女は、元から子供たちへの贈物も考えていたらしい。利益を考えつつも、人への思いやりも持つ。きっと、これが良い商人というものなのだろう。
「わしも手伝っていいかのっ」
たいそう感銘を受けたティンクルスは、ぐぐっと身を乗りだした。
「ティンク、この色だとこっちの玉のほうが合うんじゃないか?」
「お、そうかの」
やはり、玉と紐の色の組み合わせについてはサッパリわからなかったが。
作業を終え、女性店員に礼を述べられ、こちらこそ楽しかったと礼を返すと、老魔術師は売り場を離れた。
「ティンク、疲れただろ? 飴でも買うか?」
「うむっ、そうじゃのっ」
にこにこ笑いながら飴の屋台へ向かう。
「お、坊ちゃん! 今日も来てくれたのかい」
「うむ。おいしいからのぅ」
実はティンクルス、もう何度かこの屋台を訪れていた。おそらく大人の客はそう多くないからだろう、店主とも顔なじみだ。
(……値切ってみよう、かの?)
これまで、一度として値切るという経験はしたことがない。店主ともちょっとは顔見知りだし、言ってみても怒られないのではないだろうか。
ドキドキと高鳴る胸を静めるように深呼吸し、さあ、と口を開いたとき。
「いつも買ってくれるからな。今日は安くしとくよ!」
「お……ありがとう、のぅ」
嬉しいのか残念なのか、値切りは次回へ持ち越しとなった。
*
「わし、王都に戻ったら、魔法屋でも開いてみようかのぅ」
窓を開け、星のきらめく夜空を眺めながら、ティンクルスはポツリともらす。
これまでは、ただただ旅をすることだけを考えてきた。終えたら王都に戻るのだと漠然と思っていた。だが、それからどうしようとは考えていなかった。
王都に戻れば、ジャンは騎士として再び王宮に仕える。老魔術師は友と一緒に街で暮らす。
以前のように、作った魔法薬を庶民街の薬屋に置いてもらい、人手不足の魔道具職人工房を手伝ってみてもいいだろう。
けれど、自分の店を持ってみるのも良いのではないかと思ったのだ。
「そうだな。じゃあ、ティンクが店主で俺が売り子か」
友がうなずき笑ってくれる。隣にクロードがいてくれれば、ティンクルスは新たなことに挑戦できる。そんな勇気が湧いてくる。
「うむ。よろしく頼むのぅ」
老魔術師がほんわりと笑う、と。
「クロード殿が売り子というのは、少々不向きではないかと思いますが……」
騎士が極めて真面目な顔をして、首を斜めに傾けた。




