第3章 第3話
わたしにだってそれくらいの推理は出来る。
あのあと理子先輩はすぐに戻ってきたけど、どう見てもその目は少し腫れていた……
お兄ちゃんが帰ってきたら確かめなくっちゃ。
あのマフラーは誰に貰ったのか!
そう思いつつぼうっとテレビを見ていると、お兄ちゃんは帰宅するなり自分の部屋へと駆け込んだ。いつもより遅い帰宅に慌てた行動。何かあったのかな。
トントントン
ノックをしてお兄ちゃんの部屋を開ける。
中では自分のスマホに向かって何かしているお兄ちゃん。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「ちょっと一輪にメール……」
「慌ててたみたいだけど」
「……って桜子、いや実は、それが大変なんだ!」
「どうしたの? また狙っていた中古屋のフィギュアが売れちゃったって言うの? だから言ってるでしょ、中古品は見つけたときが勝負だって。わたしが高利でお金貸して上げるって」
「いや、そうじゃなくってさ。あの後、新聞部の取材の後に生徒会が来て……」
「生徒会って世能会長?」
「よく知ってるな桜子。その世能会長が体育館に来て、卓球女子の自由奔放なユニフォームを見て……」
「どこからかウワサを聞きつけて、文句を言いに来たのね!」
「あ、ちょっと違って……」
お兄ちゃんはわたしにベッドに座るよう合図をして語り始めた。
元々世能会長は部活動の確認と称して頻繁に体育館を訪れているらしい。だから彼女が来たこと自体は何ら不思議じゃない。それに卓球女子のバラエティに富んだ練習着についても、最初は文句を言わなかったって言う。ウェアは自前で用意したものだし、生徒会予算は関係ないのだからと。しかし、バスケ男子の会話が彼女を豹変させた。
「卓球女子のお陰で体育館が華やいで、最近楽しみ増えたよな」
「それもこれも一輪と星乃の人気のお陰だな」
そんな会話を聞いた彼女は、「運動部の本質は見た目を競うことじゃないでしょ。その格好は破廉恥です。体育館では体操着か公式ユニフォーム以外一切禁止にします」とか言い出したそうだ。
「まあ、六条院さんのチアの格好、あれはさすがにやり過ぎかもだし。誰もその必然性を説明出来なかったから」
「あの女、どうせ世能会長の前でも一輪先輩に色目使ってたんでしょ?」
「あっ、そうかもな。彼女って結構分かりやすいから」
やはりか。お騒がせな。
「でもさ、それのどこが大変なの? いいじゃない、卓球部は卓球のユニフォームで練習すれば」
「いやそれが、一輪が反発しちゃって……」
元々服装の自由を認めたのは卓球部男女全体のまとめ役である一輪先輩だった。彼は卓球女子に文句を付けた世能会長に真っ向反論したらしい。六条院さんの格好はやり過ぎにしても他の連中のレベルは認めるべきだ、生徒会はそこまで口を出すな、と。しかし、世能会長は生徒会の指示に従えないのなら卓球部の同好会降格までちらつかせ自分の指示を押し通そうとしているとか。で、今、卓球部は同好会降格の瀬戸際って訳らしい……
わたしは、体育館では体操服でいいじゃない、と思う反面で一輪先輩の意見もわかる。生徒会がそこまで口出しするな、とは一輪先輩の言う通りだ。一輪先輩が間違ってるわけがない。
夜、入浴を済ませ自分の部屋に戻ったわたしは窓の外を眺めながらお兄ちゃんの話を思い出していた。
運動部は練習に集中すればいい。服装に気を使うなんて邪道だ。ましてや六条院さんのやってることは運動部員失格だ……
と、思ってきた。
中学時代のわたしはそうしてきた。
わたしのような二軍すれすれの女が全国に行くエースとお話しするなんて身分違いも甚だしい。ともかく頑張って努力して自分も強くなって、全てはそれからだと……
だけど、六条院さんは違った。彼女はラケットすらまともに振れていなかった。それなのに一輪先輩にアタックしまくっているのは誰の目にも明らかだ。
許せないような、でも羨ましいような、複雑な気持ち……
って、そう言えば、忘れていたわ。
あのマフラーのこと、聞いてない……
◆ ◆ ◆
ウワサと言うものはねずみ算的に広がるらしい。
翌朝には体育館ファッションショー状態を生徒会が禁止した話は沙耶っちに伝わっていた。沙耶っちに伝わったが最後、クラス全員が知るのに半日は必要なかった。
「腕が鳴るわね! 放課後は突撃取材よっ!」
昼休み、サンドイッチを頬張りながら楽しそうに指を鳴らす沙耶っち。
ポキポキうるさい。
「わたしも付いていこうかな」
お兄ちゃんの話からすると事態は重大だ。
新聞部の沙耶っちは楽しそうだけど、卓球部は重大な選択を迫られている。
簡単に同好会格下げって言うけど、それは公式戦に出れなくなることを意味する。あの世能会長はそれを分かって言ってるの? 一生懸命頑張って個人戦では全国大会まで行ってる一輪先輩はどうなるの! 一輪先輩ったらムキになって、今日も自由な服装で来るようにって女子に宣言したらしいけど……
「お~い星乃さ~ん、二年生の先輩がお呼びだよ~!」
その声にドアの方を振り向くと赤い眼鏡の久里須先輩がにっこりわたしを手招きしていた。
「どうしたんですか?」
「いやね~、王子ちゃん。放課後体育館に行くつもりじゃないのお?」
「図星です。さすがパストリーの女王!」
「ミステリーだわ! パン喰ってるのは王子ちゃんでしょ!」
久里須先輩はわたしの手にある焼きそばパンを少し羨ましそうに見て。
「今の間違いの対価はその焼きそばパン一口で許してあげる。それより今日の放課後、体育館に行く時に理子も誘って欲しいんだけど!」
そう言うと久里須先輩はわたしの焼きそばパンを引ったくる。
「久里須先輩もご存じなんですね、体育館の事件」
「勿論よ~、今や二年の教室も「卓球女子お花畑事件」の話で持ちきりよっ」
「もう少し好意的な呼び名を付けてあげましょうよ」
「じゃあ「体育荘の怪事件」でどうかしら?」
「怪事件、ってのは同意しますけど…… ところでどうして理子先輩を? 久里須先輩が誘ってあげたらいいじゃないですか?」
「わたしが誘っても行かないから頼んでるのよ、王子ちゃん!」
そう言い残すと、焼きそばパンに大きな歯形を残して、久里須先輩は去っていった。




