第3章 第2話
それにしても、あの後の沙耶っちの一言には驚いたわ。
まさかよね……
遅れて文芸部に行くと、わたしは体育館でのことを思い返していた。
一輪先輩、中学時代のわたしを見ててくれたんだ。スマッシュ空振りの度に消える魔球って言い張ってたところ。ああ恥ずかしいっ! もっと運動神経よかったらな。一輪先輩はダントツのエース、わたしは女子二軍チームの末席。身分違い過ぎだったもんな。
あの後、一輪先輩とお兄ちゃんは申し合わせでラリーを始めた。いつの間にやらお兄ちゃんも上手くなっていて女子部の人も暫し見入るくらいだった。
六条院さんが一輪先輩を意識しているのは一目瞭然だった。彼女は事あるごとに一輪先輩に視線を投げていた。だけど他の女子もそうだった。中学の時も人気あったもんな一輪先輩。あ~あ、み~んな見る目あるなあ…… ただ、気のせいかも知れないけど、お兄ちゃんを見ている人もいたような…… そうそう、沙耶っち、沙耶っちよ。
沙耶っちも物好きよね。
「桜っちのお兄ちゃんって素敵じゃない! ねえねえ、今度家に遊びに行っていいかな!」
だってさ。よかったね、お兄ちゃん……
「ねえ、王子ちゃん、王子ちゃんったらあ」
「あ…… えっ?」
「なあ桜子ちゃん、どうしたんだ今日は。久里須が呼んでも完全に上の空だし」
「あっ、すいません。実はさっきのことを考えていて……」
「さっきのこと?」
テーブルに置かれた古びた栞を本に挟む理子先輩。
「あ、実はここに来る前に体育館に行って……」
わたしはその時の出来事を話す。
「しっかしチアの格好ってのは凄いな。テニスウェアでも十分恥ずかしいだろうに」
理子先輩は笑いながら立ち上がるとお茶の用意を始める……
って。
「理子先輩、わたしがやります」
「いいって、気にしなくても」
「だけど」
「なんて言うのかな、お茶とか入れてると落ち着くんだよアタシ。だから気にしないで」
って言われても、新入りの分際で黙って座ってる訳にはいかないでしょ。
わたしはみんなのカップを取り出す。
「じゃあ一緒に」
理子先輩はにこり笑ってお湯を沸かし始める。
初めて会った時の印象、それはあまりに強烈でわたしの中の理子先輩は強くて男勝りでカッコいい女。だけど部室で見せる彼女の顔は全然違う。言葉使いこそ荒っぽいけど。
「で、そんなに格好を気にするってことは、カッコいい男子とかいるのか?」
理子先輩が核心を突いてくる。
「そうなんです。一輪先輩ってご存じですか? わたしが見る限りみんな一輪先輩狙いみたいで」
「ああ、一輪なら知ってるぞ。ラケットにアニメステッカー貼ってるんだよな」
うそ! 誰、何のキャラ?
「高橋先輩なき今、女子の注目度ナンバーワンは一輪さんだって話だよお」
久里須先輩、高橋先輩を殺さないで!
「ねえねえ、一輪さんってそんなカッコいいの? 他には? わらわも見て見たいぞ! そうだ、文芸部も取材に行こう! 創作のためには取材が不可欠だよなっ!」
「そ、そうだよ、そうだよねっ! 取材よ、創作のための取材! うん、それいいよ!」
たまには百代もいいこと言うじゃない!
「こ、口実とかじゃなくって取材だもん、ちゃんとした文芸活動だもんね!」
「誰に向かって言い訳してるの、桜子ちゃん。行きたきゃ行けばいいじゃない。一輪には頼んどくし」
理子先輩の言葉に百代は思案顔で。
「でも一輪さんって凄く競争率高そうだな。ねえ桜子、その他のお勧めポイントは?」
「その他のお勧めって……」
う~ん。
一輪先輩以外って知らないし、今日は他の人なんて見てなかったし……
「ごめん、知らない」
「星乃翔夜」
「えっ?」
その声は久里須先輩だった。
彼女はわたしを見てにやり笑うと。
「二年の星乃翔夜。卓球女子の八坂さんが言うには~、体育館での注目株は一輪さんか星乃さんだって~っ」
「星乃さんって、桜子のお兄ちゃん? 卓球部って言ってたな」
「あ、うん、そうだけど。でもお兄ちゃんがモテるなんてそんなことないですよ、時々物好きがいるんですよ、今日一緒に行った新聞部の友達もわたしのお兄ちゃんがいいとか言ってたけど、きっと実態を知らないからですよ」
ちょっとムキになるわたし。
「やっぱり桜子ちゃんのお兄さんだもんな。モテるに決まってるよな」
「理子先輩まで何を言い出すんですか! お兄ちゃんってば凄い二次元オタなんですよ! 家じゃ深夜アニメばかり見てるし、わたしのポテチは勝手に食べるし、朝は寝ぐせ立ち放題だし休日もジーンズ一辺倒、お洒落なんか全く気にしてないし、いまだに小学生の時に貰ったって言う目が粗くて短くなったマフラーを大事に使ってわたしのアドバイスは全然聞かないし……」
「えっ、あの緑色のマフラーを!」
「あ、ええ、そうですよ。綺麗な緑色の……」
なんで?
「あ、ごめん、桜子ちゃん、紅茶入れておいて。ちょっと急用を……」
突然わたしから視線を逸らすと、理子先輩は慌てて部室を出て行った。




