27:襲撃
ヒヒィーン
馬車の外から馬が嘶く声が聞こえて車体がぐらりと揺れた。
「キャッ!」
悲鳴を上げてゴンッと壁に頭をぶつけたのはマルティナで、わたしはと言うと正面に座っていたアンドリアナに抱えられて事なきを得ていた。
大きく柔らかい胸に包まれわたしのではない香水の匂いで胸が一杯になる。
ぐっ……敵戦力はざっと二倍。
じゃなくて!
いくら同性とは言えよくない体勢だ。わたしは慌てて起き上がってお礼を言った。
「あ、ありがとうございます」
「まだだ。頭を下げておけ、これは賊の襲撃に違いないぞ!」
「ええっ!?」
アンドリアナの言った通り、馬車の外では馬が乱暴に走り回る音や、はては剣戟の音まで聞こえてくる。
『クリスタ様、賊です!
体を低くして何かに掴まって衝撃に備えていてください!」
馬車の外、遠くの方からベリンダの叫び声が聞こえる。
その声の合間にも剣を撃ち付ける音や、馬が嘶く声が聞こえていた。
頭を下げて丸くなり、わたしは恐怖心を紛らわせるために心の中で叫び続ける。
護衛なんて~と内心軽く思ってました本当にすみません!
シリル! 護衛を付けてくれてありがとう! 凄く助かったわ!
でも待って。シリルと婚約しなかったらわたしってそもそも襲われてないんじゃない?
カッ! カカッ!
「ひゃぁ! な、何の音!?」
「弓矢だな、窓より上に頭を上げるなよ死ぬぞ!」
言われなければ様子を見るために窓から顔を出していただろう。アンドリアナが居てくれてよかったわ。
しかしそれとこれとは話が別だ。
恐怖に耐えかね、わたしは目をぎゅっと閉じて両手で耳を塞いだ。
そして優しく背中をぽんぽんと叩かれる感触を感じて我に返った。
ぎゅ~っと閉じていたゆっくりと眼を開く。
背中を叩いてくれていたのはアンドリアナで、声を出さずに口をパクパクと金魚の様に動かしている。
おっと耳塞いだままだったわ。
耳から手を離すと、
「(終わった様だ)」
アンドリアナが囁くようなとても小さな声でそう言った。
どうして小声なのか?
「(音は消えた。だがどちらが勝ったか分からないからまだ喋らないように頼むよ)」
なるほどと納得していると、アンドリアナは自分のスカートをたくし上げはじめた。
いよいよ我慢の限界なのかしらとぼんやり思っていると、脛の辺りからナイフが出てきてどうやらそれが取りたかっただけだと気付いて赤面した。
キッチンで使う包丁よりも大きなサイズで、その存在感からどうしても目が行ってしまう。
「(そんなものを取り出してどうするの?)」
「(不意を突けば一人は倒せる)」
「(その後は?)」
「(倒せるところまで頑張るが、穢される前に自決するよ)」
自決ってええっ!?
そんな台詞を同じ令嬢から聞いてしまうと、襲われたと言う事実が改めて現実味を帯びて帰って来た。
一度自覚するとダメだ。すっかり歯の根が合わなくなりカチカチと鳴り始めた。
「(落ち着いてまだ大丈夫よ。勝ったのが賊だったらすぐに馬車のドアは開いているはずでしょう?)」
普段の男勝りな言い回しではなく、優しい台詞に彼女なりの気遣いを感じた。
永遠とも思える数分。
馬車の方へ近づいてくる足音が聞こえてくる。同時にドキドキと心臓が高鳴り始める。ベリンダ達は馬に乗っていた。
人の足音だと言う事は……
そこまで考えが行き着いた瞬間、サァと血の気が引いていくのが分かった。視界がいやに狭い。怖い……
『クリスタ様、ご無事ですか?』
ああっベリンダの声!
良かった!!
すぐに返事を返そうと口を開いたが、その口はアンドリアナの手に塞がれる。
抗議の視線を向ければ、
「(脅されて喋らされているかもしれない)」
この機会を逃せば一人も倒すこともなく捕らえられると言われれば、ドアがあちらから開くまで待つしか選択肢は無かった。
『クリスタ様? 失礼します、開けさせていただきます』
それを聞きアンドリアナはわたしを離してナイフを両手で腰の所で構え、いつでも飛び出せる体制を取っていた。
取っ手が引かれて馬車のドアが開いた。
ドアを開けた先に居たのはベリンダだけ……
「アンドリアナ! 止めて!」
「ああもちろんさ。
流石はバイルシュミット公爵家だ。よい護衛を持っているわね」
ベリンダ達は矢で馬をやられていたが、死者は無く無事だった。もちろん全員が怪我なしと言う訳にはいかず、手当を受けている子もいた。
そして賊だが、接近して来た者のうち数人は上手く捕らえたが毒を噛んで自決。遠目で弓を射ていた者は馬をやられた為に追えず逃亡を許したそうだ。
「生存者無しと言う事は首謀者も分からないままだな」
「クリスタ様失礼します」
賊の惨状を見てそう呟いていたアンドリアナから、わたしを遠ざける様にベリンダが手を引いて距離を取る。
「私が疑われているのかな?」
「先に非礼をお詫びいたします。
申し訳ございませんが、今は非常事態ですので、我らはクリスタ様の安全を最優先させて頂きます」
「いや構わないよ。己の責務を全うしてくれ」
そう言っているアンドリアナの周りにも、彼女の連れてきた護衛の二人がアンドリアナを護るように取り巻いていた。
さっきからアンドリアナとベリンダがお互い解った風に会話しているのだけど……
「えっとどういう事かしら?」
「私が自分の身を囮にして、君を襲ったと言いたいんだよ」
「その可能性もあると言う事です」
立場上明言は避けている様だが、その険しい表情は本気だと判る。
しかし可能性の話をするならあるだろうけど、馬車の中での彼女の態度を思えばないとわたしは思っていた。
矢のことも、わたしに伝えなければきっと顔を出していた。そして彼女が持っていた大きなナイフ。あれがわたしに振るわれていたならとっくに死んでいる。
でも、ナイフは自らの手を汚さないため最後まで振るわず、あれらの態度すべてが演技だとすれば……
いいえ違うわ。
わたしが今日アウアー伯爵家に行くことを、事前にアンドリアナが知っていたとは思えない。それに彼女が連れてきた護衛。
本当にこの襲撃が彼女の手引きなら、賊の襲撃に合わせて後ろから斬るだろうし、そもそも壊れていた彼女の馬車に護衛を残していく必要もないわよね。
そうよね!
むしろ身代金目当てに、誰でも良いから貴族の馬車を狙ったと言う方がしっくり来ないかしら?
「令嬢が乗っていると一目で解る目立つ馬車が通りかかって襲われた。
むしろアンドリアナ様はわたしの巻き添えを食ったのではないかしら?」
「〝様〟は不要だ、アンドリアナいや、リアナでいいよ」
「ではわたしもクリスタとお呼び下さい」
「ありがとう」
短いお礼。それっきりリアナは口を閉ざした。
それはどっちに対してのお礼だったのだろうか……
賊の襲撃により馬車を引く白馬が矢でやられてしまい、わたしの馬車もここから動かすことは出来なくなった。
と言う訳で、リアナは結局、待ちぼうけをすることになり、やっと王都にたどり着いた 時にはすっかり無言。
どうやら相当溜めこんでいるご様子ね。
それを見てわたしは襲撃の緊張なんかすっかり忘れて声を上げて笑ってしまった。
わたしを睨みつける涙目の猛禽類の瞳がとても可愛かったわ。




