24:ブルツェンスカ侯爵家
朝に庭の畑のお世話を終えるとわたしは厨房の一角を借りてせっせとクッキーを作り始めた。
なぜなら。
本日はブルツェンスカ侯爵家のお茶会の日です!
実はあの日以来、甘さ控えめだったのが気に入ったのか、幾度かシリルに請われてクッキーを焼いた。つまり今日は二度目どころの話ではなかった。
と言う訳で、料理長さんはとっくに後ろで控えているのを止めて、ちゃんと自分の仕事をしているよ!
生地を平たく伸ばして~と、ここまでは同じ。
ここからは包丁で四角に分断ではなくて、見かねた料理長さんが準備してくれた型抜きを使って、円やらハートにくり抜いていく。
焼き終えたクッキーは粗熱を取ってから、綺麗な紙に包んでラッピングするのだがこの辺りのセンスはわたしには無いので、マルティナが請け負ってくれた。
あれほど無骨だったわたしのクッキーが何とも素敵に変わったではないですか!
「できたわ!」
「おめでとうございます」
「ふふふっ」
「おや珍しく嬉しそうですね」
「いつも作ってた食べられれば良いという物と違って、これは見栄えも出来栄えも良いから嬉しくもなるわよ」
「驚きました、クリスタ様にもそう言った感情があるのですね」
「それは失礼過ぎない?」
「そうでしょうか。例えばこのラッピングに使った紙とリボンはお高いですよ?」
「そうなの?」
「はい。だいたいこのくらいです」
「うわぁ……」
教えて貰った金額は完全に平民が買う様な額ではなくて、聞かなきゃ良かったと後悔する様な額だったわ。
「飾っても味は変わらないと言うのに、なんと勿体ない……」
「安心しました、やっぱりいつものクリスタ様です」
あ、そうとぼやきながらクッキーを籠に入れたよ……
昼食を控えめにして、昼過ぎには先日買って頂いた白い馬車に乗った。なお馬車に乗るのはわたしとマルティナだけで、護衛の女騎士たちは個別に馬に跨っている。ついでに言うと全員白馬と、こだわりが続く。
白馬以外、外を護るのはシリルの護衛と同じよ。
さて会場となるブルツェンスカ侯爵家は、こちらと同じく王都内だからほんの五分~十分で辿り着いた。
その屋敷の大きさはバイルシュミット公爵家とほぼ同じくらい。
王都内に屋敷を構えられるだけでも凄い事なのに、大きさまでいい勝負とは流石は侯爵様だわ。
とは言え参加者の馬車や護衛の馬を全て受け入れるのは無理な話なので、終わる頃にまた迎えに来てくれるように頼んで馬車は屋敷に返した。
そして護衛。
賊の襲撃に備えてシリルから最低二人は滞在させる様にときつく言われていたので、ベリンダにあと一人を選別して貰ってブルツェンスカ侯爵家に残って貰った。
実は王都の侯爵邸に賊なんて気にし過ぎだと言ったのだけど、過去の例では屋敷に火をかけて混乱させたところに賊が襲ってきたこともあるそうで、そう言うことを聞いてしまえば、先日に教えられた自分の立場から必要であると理解した。
侯爵家の執事さんに案内されてやって来たのは庭の見えるテラスだ。
ガラス窓の外には立派な庭が見え、きっと侯爵家自慢の庭って奴で……
その美しさから、あそこに畑作っちゃったんだよな~とわたしのトラウマを容赦なく抉ってくれたよ。
準備されていた席は全部で五つ。お誕生日席にベルが座っていて、一つ空けてピンクのドレスの令嬢が座っているが他は空席だった。
どうやらわたしは二番目らしいね。
「あらクリスタ早いのね」
「お久しぶりねベル。早速だけどこれわたしが焼いたクッキーよ」
「ふふふっありがとう。
バイルシュミット公爵家のシェフは腕がいいから楽しみだわ」
「んっ?」
「あらどうかした」
「いま『わたしが焼いた』って言ったわよね」
「ええ聞いたわよ」
「だったら料理長さんは関係なくない」
確かに彼のご飯は美味しいけれど、クッキーとは何ら関係が無いわよね。
「だってシェフが焼いたのでしょう?」
「ううん、わたしが焼いたわ」
「つまりクリスタはオーブンに火を入れたのね」
駄目だこりゃ堂々巡りだわ。
しかしここで以前マルティナから言われたことを思い出して合点が行った。
「料理長さんには材料を準備して貰っただけ、後は全部わたしがやったわよ」
「ええっクリスタ! あなたもしかしてお菓子が作れるの!?」
「うちでは珍しくもなんともないんだけどね、クッキーくらいなら普通に作れるわよ」
「凄いわ!」
興奮冷めやらぬ様子のベルに、一人、席に座っていたピンクのドレスの令嬢が声を掛けてきた。
「ベルティルデ様、そろそろ私のことを紹介してくださいませ~」
「あっごめんなさい!
クリスタ紹介するわね」
ピンクのドレスの令嬢は立ち上がって優雅な礼を取った。そして、
「初めまして、レーデラー伯爵家のリースベトと申しますわ~。
以後お見知りおきを~」
紹介を聞き終えて『うわぁやらかした!』と心の中で叫んだ。流れから仕方がないとは言え、先に自己紹介をされてしまった。
本来なら爵位の低い方から名乗るべきだと言うのに……
「申し訳ございません、リースベト様。
わたしはバウムガルテン子爵家のクリスタです。よろしくお願いいたします」
「ふふっそんなに緊張しないでくださいまし~」
そう言うとリースベトはほわほわっとした穏やかな笑みを見せてきた。
ああ良かったぁいい人っぽいわ。
わたしはベルに言われてベルの隣、リースベトとの間の席に座った。
ほんの十分も待つことなく、二人の令嬢が現れて残りの席が埋まると、ベルが新たな友人としてわたしを紹介してくれる。
「初めまして。
わたしはバウムガルテン子爵家のクリスタです」
「ふふふっ勿論知ってるわよ。いまこの国でクリスタ様の名前を知らない令嬢はきっと居ないでしょうね」
きっとどこかに、わたしの様な異端な令嬢が居るだろうから全員とは言わないけどね。新聞に載ったくらいだからほぼ知られているとは思っていた。
しかし羨望の眼差しでそのように面と向かって言われるとちょっと反応に困るわね。
後から来た二人と自己紹介を終えた。
えーとなになに。ベルの隣、つまりわたしの向かいに座ったのがアウアー伯爵家のフレーデグンデで、その隣のつまりリースベトの向かいに座ったのが、アイヒマン男爵家のロベルティーネね。
なおここに集まった五人の年齢はみな二十歳から十八歳くらいで、全員未婚と言う共通点があるそうだ。
未婚ねぇ……
婚約者の話は特に出なかったが、それどころでは無かったわたしと違って、この年齢の令嬢ならばきっと婚約済み、または婚約者候補が幾人かいるに違いないわよね。
さてお茶会の話題はもっぱら新参のわたしの事だ。
聞いたこともない田舎領地のバウムガルテン子爵の話題から始まり、ついにはシリルとの馴初めまで聞かれた。
う~ん馴初めと言われてもな~
ぶつかって転がったところをあわや拉致かと言うほど強引に連れて行かれたのだが、それをそのまま伝えるのは不味かろう。
「そうですね……
初対面から熱烈にお誘いくださいましたから、きっとシリル様の一目惚れではないかと思います」
「一目惚れですって? あのシリルが、へぇ~」
そう聞いてくるベルの顔がにまぁと嗤っているんだけど、後でシリルにおかしなこと言わないよね!?
お茶会の話はここだけの話だよね!?
マルティナお得意の先輩言うには~でそう言ってたけど大丈夫!?
「あらあらクリスタ様ったらあのバイルシュミット公爵閣下を、シリル様とお名前でお呼びしていらっしゃるのね~」
今度はリースベトが……
ちょ狭い!
左右からぐいぐいと来られて圧迫感が凄いんだけど!?
向かいの二人はこっちの二人ほどではなくて─机が間にあるからかしら?─、どうやらぐいぐい来る様子は無いらしい。
「えーとそろそろわたしの事は……」
「あっそうそう。
クリスタがクッキーを焼いて来てくれたのよ、皆で食べましょう。
いーい驚いちゃダメよ。これはシェフじゃなくて、クリスタがぜーんぶ作ったのよ」
ええっ~凄い! と驚きの声が令嬢たちから上がった。
やめてーハードル上げないでー!
しかし流石は公爵家! 料理長さんから頂いた材料は厳選された物だったらしく、そこそこ食べられる味に収まっていたので評価も悪くなかった。
終始こんな感じで弄られたがお茶会はつつがなく終わった。
帰りの際にはベルは玄関まで出てきて見送ってくれる。ベルが声を掛けた順に三人の令嬢が帰っていき、最後がわたしと言う流れだ。
そこでベルが改まって、
「クリスタ、今日は来てくれてありがとう」とお礼を言った。
「こちらこそお招きありがとう」
「ううん、そうじゃなくてね」
じゃあ何のことだと首を傾げてみれば、実は未婚の集団はもう一つあるそうで、そちらはボンヘッファー侯爵家のアンドリアナが束ねているとか?
平均年齢はあちらが二歳ほど上だそうだ。現在、年の近い侯爵令嬢がそれぞれグループを持っている状態みたい。
ここでその話と共にお礼を言われたと言う事は……
そうだなぁ将来のバイルシュミット公爵夫人はブルツェンスカ侯爵家に組したと言う噂が流れるってことかしらね。
シリルの従妹で王妃様の血族だと言うのに何とも弱気な事よね~と苦笑。
「それっどういう顔よ?」
「期待してくれてるのに悪いけど、わたしはまだ決めかねているから……」
ちょっと驚いた顔でベルが固まるが、すぐに笑みを見せて、
「ふふふっシリルの言う通りだわ。貴女少し変わってるわね」
たぶん金やら権力だのに興味が無い、貴族らしからぬ令嬢と言う話に違いない。
でも自覚はあるから甘んじて受ける以外にないわよね。




