22話
滝つぼから舞い上がる冷たい飛沫を浴びながら、準之介は大の字に寝転び、壊れたふいごのように肩で激しく息をついた。
激戦だった。間違いなく、この世界に来てから一番の死闘だった。
ズキズキと、痛みと熱がこびりついている右目にそっと手を当てる。だが、指先に伝わるのは冷たい違和感だけだった。
(……触っている感覚がしない。俺の目、どうなっちまったんだ……)
腹の底には、石を呑み込んだような重い鈍痛が居座っている。
その時、「なー!」という鳴き声とともに、茂みを掻き分けて小さな黒い影が近づいてくる音がした。
「……ちょっと待ってろ、今やるから……」
準之介は横たわったまま右手を動かし、腰の革袋から肉を取り出すと、声のする方へ放り投げた。この勝利はタンバリンのお陰だ。感謝を込めて、いつもより多めに放った。
「なー!」
いつもなら、肉をかっさらえば「お前に用はない」とばかりに立ち去る現金な奴だ。だが、不思議と肉を食べる気配がない。
「……なー」
タンバリンが座ったのは、負傷した右目のすぐ傍だった。
「……心配、してくれてるのか?」
鼻の奥がツンとし、視界が滲む。ただ肉が食いたいだけの関係だと思っていた。それなのに。
「なー!」
言葉は分からないが、「しっかりしろ!」と喝を入れられたような気がした。
「分かったよ……」
準之介は重い体を渋々起こし、胡坐をかいた。その直後、心臓が跳ねる。
目の前では、絶命したガリクが、この世の全ての呪いを凝縮したような恐ろしい形相でこちらを睨みつけていた。今まで何百、何千という死体を見てきたが、これほど鮮烈な「恨み」を体現した顔は初めてだった。
「……『吸引』」
誰にでも使える初歩の魔法を唱え、ガリクの遺体から魔石を回収する。
「……でかいな」
掌に乗ったのは、今まで見たこともないほど巨大な魔石だった。
準之介は一瞬迷ったが、それを一気に呑み込んだ。食道を熱い塊がゆっくりと降りていき、胃に収まった瞬間、それは爆発的な熱量へと変わった。
タンバリンがようやく肉を食べ始める音が聞こえる。ここまで来ればもう大丈夫だと、猫なりに安心したのかもしれない。
(……少しぐらい、いいだろ)
ゆっくりと手を伸ばすが、それは無情な猫パンチによってあっけなく叩き落とされた。
「残念……」
苦笑いしながら立ち上がろうと地面に手をついた、その時だった。
脳内に、感情の欠落した機械的な声が響き渡る。
《条件を満たしました。あなたは進化します》
(そうか、ついに俺も……ホブゴブリンになれるのか……)
安堵にも似た期待を抱いた準之介に、声は無慈悲に続けた。
《進化先は、以下の三つの中から選択することが可能です》
「ふぇ……!?」
間抜けな声を上げて固まる準之介。そんな話は今まで聞いたことが無かった。
「なー!」
その傍らで、タンバリンが「お替り」を要求する鳴き声を上げた。
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