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ゴブリンのほうが生きやすかったり  作者: 青井銀貨
ゴブリンにある幸せ
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1話 ~自由への正体~

 


 空を覆うのは、光を拒絶するような重苦しい暗闇。


 そこには、この世界の歪さを象徴するように二つの月が浮かんでいる。一つは毒々しいほどに赤く、もう一つは冷徹なまでの蒼白。その双月が放つ不気味な光に照らされるのは、果てしなく広がる広大な荒野だ。


 荒野の端々には、どす黒い樹木が絡み合う深い森が点在し、まるで巨大な獣のあぎとのように口を開けている。


 静寂を切り裂くのは、絶え間なく空から降り注ぐ無数の雷だ。

 人工物など一切存在しないこの世界において、雷鳴だけが唯一の音楽であり、その閃光が走るたび、荒野の無残な表情が白日の下にさらされる。


 吹き抜ける風は湿り気を帯びて生暖かく、鼻腔を突くのは、逃げ場のないほどに濃密な血と肉の腐った臭い。


 その混沌とした荒野を挟んで、二つの異形の軍勢が対峙していた。


「突撃ィ! 引いた奴は後ろから射殺せ!」


 後方から響く、鼓膜を震わせるような上官の怒号。そして、逃亡を阻止するために番えられた弓兵たちの、冷徹で鋭い視線。


 最前線に立たされた薄汚いゴブリンの一兵卒が錆びた短剣を頭上に掲げ、喉が裂けんばかりの雄叫びを上げながら走り出した。


「ウオオオォォォッ!」


 その叫びに呼応するように、周囲のゴブリンたち、百体近くが一斉に地を蹴る。目指す十数メートル先、砂埃の向こう側に陣取っている敵軍もまた、醜悪な緑色の肌をしたゴブリンの群れだ。この魔界において、ゴブリンこそが最も安価で、最も数の多い「消耗品」だった。


 周囲の仲間たちは、戦闘の高揚感に理性を焼き切られ、目を血走らせている。興奮で浮き上がった首の筋が、ドクドクと激しく血液を運び、まさに「血沸き肉躍る」という言葉が相応しい狂乱状態だ。


 だが、その濁流のような狂気の中で、たった一匹のゴブリンだけはいたって冷静だった。


「ウオオオオオ!」


 彼が叫び続けているのは敵を威圧するためであり、何より背後の味方に「戦う意志あり」と見せつけ、背中を射抜かれないようにするための処世術だ。彼はこの地獄のような最前線に身を置きながら、冷めた目で戦場を俯瞰していた。


 彼は、鈴木準之介という名を持つ転生者である。


 かつての準之介は、かなりの潔癖症だった。電車の吊り革など、誰が触れたか分からないものは絶対に掴めない。外食先では、割り箸のささくれ一つに不衛生さを感じて食欲を失う。


 おまけに重度の花粉症で、春先は鼻を真っ赤に腫らし、涙を流しながら部屋に引きこもるしかない。社会の歯車として働く気力もなく、周囲からは「社会不適合者の怠け者」というレッテルを貼られていた。


 清潔で、整然としていて、それゆえに窮屈だったあの世界。だが、どういう因果か魔界に転生し、ゴブリンという種族に成り果ててからというもの、彼の世界は一変した。


(あんなに苦しんだ花粉も、ここには存在しない。地面に這いつくばっても、肌が荒れることもない。……皮肉なもんだな。人間だった頃より、ゴブリンである今の方が、ずっと呼吸がしやすいんだから)


 準之介は、迫りくる敵軍のゴブリンが振りかざした棍棒を、なんとか回避する。泥にまみれ、血の臭いが充満するこの戦場こそが、彼にとって初めて手に入れた「自由」の舞台だった。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


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