102話 少女の視線の先には……
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
手紙を書いた子供の家に着くと、問題が起こったとすぐにわかった。先に行かせたフォガスから話を聞くと怒りがこみ上げてきた。でもその怒りを、深呼吸して落ち着かせる。
「家族は全員無事ですか? 怪我などしていませんか?」
私の質問にフォガスが頷く。
「子供の父親が怪我をしましたが軽傷です。他の家族は大丈夫です」
「そうですか。それは良かったです」
手紙を送ってくれた子供の両親から話を聞いていると、子供たちが起きてきた。両親の許可を取り、子供たちからも話を聞く事にした。
「ルドーク殿、子供たちを呼んで来てもらえませんか?」
フォガスと行動を共にしていたルドークという冒険者に、子供たちが懐いていると聞いたため、彼にお願いする。
「わかりました」
ルドーク殿が連れて来てくれた子供たちの首元を見て、少し違和感を覚えた。
「はじめまして。君たちが私に手紙を送ってくれたんだね?」
私の問いに、緊張した面持ちで私を見る二人の子供。警戒心の中に好奇心がうかがえるアグス殿と、かなり警戒して怯えているリーナ殿。
あんな事があったのだから、怯えられても仕方ありませんね。それにしても、呪いの痕が濃すぎます。あれほどの痕を残す呪いが失敗ですか? いえ、子供たちが生き延びたのだから、呪いは失敗です。ですが、気になります。
私は子供たちに自己紹介をし、話を聞かせてもらえるか聞きました。昨日の今日なので、話せなくてもいいと思っていましたが、子供たちはしっかりしていますね。ちゃんと話をしてくれました。
子供たちの話を聞いているうちに、私は思わずため息を漏らしてしまった。
両親からも話を聞きましたが、リグスに付きまとっていた貴族女性については深く聞いていませんでした。でも子供たちの話を聞くと、貴族女性はいろいろ問題行動を起こしていたようです。特にリグスの子供たちに対しては、かなりひどい行動を取っています。
私と一緒に子供たちの話を聞いていたフォンから苛立った気配を感じ、いつも冷静な彼なので、私は少し驚きました。
話を終えると二人は、顔を見合わせて笑い合っています。それを見て微笑んでいると、彼らの首に残った痕が気になりました。
「首に残っている痕を、少し触ってもいいかな?」
思わず言ってしまった言葉に、二人は驚いた表情を見せます。でもアグス殿もリーナ殿もすぐに頷いてくれました。
二人の首にそっと触れると微かに呪いの残差を感じます。数日たっても、ここまで残っているという事は、かなり深い呪いだったはず。
「ありがとう。かなり酷い呪いだね」
これほどの呪いから、子供たちはどうやって生き残ったのだろう?
「失礼ですが、俺も確かめていいですか?」
ずっと興味深そうに子供たちを見ていたタバロが我慢できなくなったのか、子供たちに声をかけた。
「あぁ、彼は呪いについて研究をしているんだよ。ちょっとだけ首の痕を見せてあげてくれるかな?」
私の説明を聞いたアグス殿がタバロに、首に残った痕を見せる。タバロはアグス殿の呪いを調べると、私に向かって頷いた。
きっと私の考えている事がわかったのだろう。ただ、彼の態度は子供たちを不安にさせてしまった。
「あぁ、ごめんね。呪いの深さを確かめたんだ」
私の説明に首を傾げるアグス殿とリーナ殿。それを不思議に思いながら、話してくれたお礼に飴を渡した。
アグス殿とリーナ殿がおいしそうに飴を食べていると、小さな女の子が近づいてきた。話を聞いた子供たちの妹スーナ殿だろう。
飴を入れている袋はすでに空っぽだったので、馬車に戻り、スーナ殿に渡す飴を取った。スーナ殿に飴を渡すと、なぜか彼女は私をジッと見つめる。それを不思議に思っていると「お兄ちゃん、お姉ちゃん。この人、かっこいいね」と言って可愛らしい笑顔になった。
思わず笑ってしまいそうになるのを押さえていると、リーナ殿が空中を睨むように見ていた。何かあるのかと思ったが、特に気になるものはない。不思議に思っているとリーナ殿が私に向かって頭を下げた。
「すみません」
「いや、いいですよ。嬉しい言葉ですから。ありがとう、スーナちゃん」
リーナ殿は、妹想いのいいお姉さんですね。
彼女たちと別れ、これからの予定を護衛騎士たちと話し合う。
「アルテト司教」
話し合いが終わると、タバロが私の傍に来た。
「どうしました?」
タバロが、少し困惑した表情で私を見る。
「あれほど深く呪われたのに生き残ったのは奇跡です。アルテト司教も、そう思いませんか?」
タバロの説明に、傍にいた護衛騎士たちが私を見る。
「えぇ、そうですね。呪いから解放されて数日たっているのに、呪いの残差も残っていました。二人が生き残れたのは奇跡でしょう」
チラッとアグス殿とリーナ殿に視線を向けると、リーナ殿がまた空中を見ていた。でも、今回もその視線の先には何もなかった。
呪いをかけた貴族女性、それの家族、そして牧師。彼らを捕縛する準備が整ったとフォンが言った。
私たちの様子を見ていたリグス殿に、一緒に来るか聞いてみる。決着がついたところを見せたほうが、安心すると思ったからだ。驚いた事に、リグス殿だけではなく、アグス殿とリーナ殿も一緒に来る事になった。
「強いですね」
一緒に来ると知ったフォンが呟いた感想に、私は頷く。
「彼らの護衛に、ルドーク殿とフォガスにお願いしてください」
フォンにお願いすると、他の護衛騎士たちと最終確認を行い、出発するために馬車へと向かう。途中で、リーナ殿の姿が見えた。
「えっ?」
リーナ殿は、空中に向かって笑っていた。馬車に乗り込み、窓からそっとリーナ殿を見る。
「どうかしましたか?」
馬車の中から外を見ている私に、フォンが声をかける。
「いえ、なんでもありません」
椅子に座り直すと、先ほどのリーナ殿を思い出す。
空中に向かって笑っていたとき、彼女から不穏な気配を感じました。でも、今見た彼女からは何も感じません。
最初に、それを感じたのは話を聞いたときです。でも、すぐにその気配は消えました。
呪いの事はすべて解明されていません。だから、そのせいかと思ったのですが……。でも、あの空中を見ていたリーナ殿からは、話を聞いたときより強い不穏な気配を感じました。
「馬車の中から見たときは感じませんでしたが……」
どういう事でしょうか? もしかして呪われた事で、魂に何か問題が起きたのでしょうか?
「もう少しでバーガル子爵家に着きます」
フォンの言葉に、気持ちを切り替える。
「わかりました」
リーナ殿の事は気になりますが、今は呪った者に集中しましょう。呪った者がどれほど変化しているか。その進み具合で、対処法が変わります。
「人の姿が残っていれば、対処は簡単なのですが。どうでしょうかね」
呪った者の始末が終わり、バーガル子爵家の屋敷から出ると、リーナ殿が見えた。そして感じた不穏な気配。私の様子に気づいたアスータが子供たちを見るが、私は首を横に振る。
確かに気になる気配ですが、リーナ殿は呪われ、そして襲われた被害者です。もしかしたらそれが影響しているかもしれません。
リーナ殿を見ると、まだ空中を見ていた。その視線の先を見ると、きれいな空が広がっていた。
「はぁ」
きれいな空を見て、疲れていた心が少し癒されたのに、立て続けに起こった問題にため息が漏れた。これまでの疲れが出たのか、体まで重く感じる。
「あれはなんだったんでしょうね」
先ほど感じた、恐怖を覚えるほどの強い力を思い出す。
周りに誰もいませんでしたが、確かに感じました。でも、私の勘違いだったのでしょうか?
「そういえばリーナ殿から感じた気配も気になります」
そういえば、彼女はよく空中を見ていますよね。何を見ているのでしょうか? 空中に向かって笑っていた事もありましたね。
「んっ?」
空中に向かって笑っていた? まさか、空中に何か見えて……。
「もしかして? 私が見えないもの……精霊……」
精霊は、教会関係者を嫌います。私たちがリーナ殿の傍にいる事で不機嫌になっていて、それが不穏な気配の正体なのではないでしょうか?
「リーナ殿を調べてみましょう」




