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二人が宵闇を喰らえば  作者: 魚井 飛弦 (uoi higen)
1/3

#1 武士、赤土に降り立つ。

 ポーンと機内から微かに機械音が聞こえる。

 現在、高度数万フィートを飛行する自動車専用貨物船は延々と振動し続けながらゆっくりと目的に向かっている、もし客人を乗せるのであれば最悪の乗り心地であるこの船には暗闇に紛れて誰にも気付かれずに乗船した一人の男がいた。

 船内の駐車場に停車した軽自動車の中にいる彼は毛布とアルミ色の超断熱シートに包まったその身を震わせて、腕時計デバイスで時間を確認する。


「定刻通り…ただの貨物船の癖にやるじゃないか」


 見知らぬ誰かの車の後部座席に横たえながら独り言と共に濃く白い息を吐いて、鼻をすする。

…嗚呼、目的地に着いたらまず最初に温かい味噌汁が飲みたい、滑子ナメコでもシジミでも大根ダイコンでも、なんなら具無しでも構わない、とにかく温かければ何でも良い。


「味噌汁…馬鹿か、私は…」


 異郷の地でそんな物あるわけが無いと思うと同時に未練がましく母国への思いがよぎった己に恥じ入る。日本を飛び立ってから気分は相も変わらず落ち込んだままであった。

 男はもぞもぞと体を動かして車のドアを内側から蹴飛ばすことでぬるりと車外に抜け出た、すると必然の結果として一層冷たい外気がその身を凍てつかせようと容赦なく襲いかかってくる、しかし彼は歯を食いしばりながら超断熱シートを外套がいとう代わりにして壁に取り付けられた搬入出口制御レバーがある方へ歩を進める。


「死んでも地獄…生きていても地獄…か」


 船内の駐車場に駐まった大量の車の隙間を縫いながらレバー前に向かって移動している内に、最初は脚、次に腕、最終的には全身の震えが止められなくなっていった。


「しかし…」


「然る、ならば…!」


凜とした痛みに耐えてただ一点を見つめて歩いてた男はようやくレバー前に辿り着くと準備は整ったと言わんばかりに銀色に光る外套を脱ぎ捨てた。


「私は閻魔様の目の届かぬ所まで逃げるまでだ!」


そう叫ぶ男の格好はなんとも特徴的で、まず目に入るのは羽織に袴、それに腰に据える一本の日本刀だった、まさに日本の武士や侍を思わせる古風、というよりかはもはや時代錯誤と表現すべき風貌をしていた。


 彼が白い手袋をはめた手でレバーを力強く手前に倒すと警告音が船内に鳴り響き、船の前方と後方にあった巨大な搬入出口の鉄扉が重々しく開いていく。

 そして、開いた瞬間から男の目論見通り前方から後方へ暴風が吹き抜けていく、最初は風に当たった周囲の車がガタガタと揺れるだけだったが、徐々に勢いを増す風の力によって後方の車から順番に宙に放り出されていった、彼自身もそれに耐えることが出来ずに力なく風に吹き飛ばされ、朝日が昇る火星の空を舞った。






『──本日未明、貨物船に何らかの異常が発生し、上空で200台以上の車が投げ出される状態が発生しました、投げ出された車には何故か全てパラシュートが付いており、都市外地帯アウトゾーンへとゆっくり降下していった模様です、警察は被害者の有無を含め、今後更に詳しい調査を行う予定です』


「総額○億クレジット宙を舞う、目的は写真映え?色鮮やかなパラシュート、主要都市破壊計画………こっちはくだらない陰謀論だな」


 ライダースジャケットを身に纏い、よく手入れをした自慢のバイクに跨った俺は、赤い砂埃を巻き上げながら広い荒野を走っていた。

 ラジオを聞きつつ、フルフェイスヘルメットのシールド部分にネット上の情報を映し出して運転をしながら今朝起きた不思議な事件の関連記事を読み漁っている。

 賞金稼ぎという職業は新鮮な情報が命なのだ、どんな情報でもいいから見聞きしておかなくてはならない、それにいま現在、自分の身が危機的状況下にある為に情報の精査などしているヒマはない。

 日頃から無神論を掲げていたはずの俺だったのだが、思わずヘルメットの下で祈るように言った。


「頼む…誰でも良いから俺に捕まえさせてくれ…さもないと今月の返済額が払えなくなる…!」


 昨晩、借金の返済日前に返す金が無なかったので仕事を探しに夜の街へ足を運んだのだが、派手な外装のお店の前で話しかけてきたショートヘアの可愛いキャッチの女の子に惑わされたせいで、来月の返済額を今月の倍に膨らませてきてしまった。

後がなくなり、いまは二日酔いの頭を抱え、確実な仕事をする為に遠くに見える赤と青のランプが頻りに点滅している現場へと急いで向かっている。


 とても忙しくバイクを走らせていると、前方に現場から離れるようにして歩く男の存在が目に付いた。(いぶか)しんで男のことを睨んだが、一度男の顔を見ると仕事とは関係のない人だと判断してバイクで横を通り過ぎ、すぐさま情報集めに戻った。


…。


…………。


いや、待て…。


(なんだ今の奴?賞金首ではなかったけど…にしても、変わった格好してたな)


 今の男は爆発的に文化混成カルチャージャムが起きた現代とはいえ珍しい服装をしていた。


「でもまあ、『火星じゃそんなの常識』か」


都市で見かけた火星移住者受付のポスターに書かれていた標語を唱えると納得したようにバイクのスピードをさらに上げた。

ライダースジャケットの男と和服の男は交わることなく広い荒野の道を進んでいった。

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