79 はじまり
「「終わった〜!!」」
初めてのお仕事を終えた俺たちは、声と足を揃えて店を出た。
隣では明里も、う〜っ! と腹の底から出しているであろう唸り声を上げながら気持ちよさそうに腕を伸ばしている。
……こんなことを本人に言えば、ただでは済まないだろうから言わないが。
「朝と全然雰囲気違うね〜」
朝見た長蛇の列は見る影もなく、店の外は通りがかりのサラリーマンらしき人が数人、鞄を片手に歩いているくらいだ。
「そうだな。なんか、俺らも長いこと働いてたんだなって感じ」
「分かる! 仕事してる時は割とあっという間に感じたけどね」
停めてる自転車を回収しようと歩きながら、俺たちはそんなことを話す。
ほんと、随分長い間ここにいたんだなぁ……
すっかり赤くなった空を見上げながら、我ながら柄にもないと思いながらも、しみじみとそんなことを考えた。
◆
「秋山さん! 大丈夫だった!?」
心配そうに明里に詰め寄るリーダーおばさんの姿を、また肩を叩かれるのは勘弁とばかりに遠目に眺めていた頃。
「あっ、はい。なんとか……」
今日は慣れない仕事をたくさんしたが、あれが一番慣れなかったな……
「ほんと? 本当に大丈夫なの!?」
「は、はい……ありがとうございます」
「すぐ助けに行ければよかったんだけど……あのお客さんの注文した料理を作るのを手伝いに行ったから……」
申し訳なさそうに俯くリーダーおばさんだったが、明里がそんなことを責めるはずもなく。
「いいんですよ。本当に大丈夫ですから。だって……」
そう言って一瞬、こちらに目をやる明里の姿を、彼女は見逃さなかった。
「あら〜! そうね! そうよね!! 今日はほんと、安達くんがいてくれてよかったわぁ!!」
「ははは……」
◆
「……」
なんか気まずい空気まで思い出しちまったぞ。
"場面"じゃなくて、"空気"。こんなことまで鮮明に思い出すこともそうそうない。
ったく、あのおばさんは……悪い人じゃないんだけども。
「そういえば雄二はなんでアルバイトを?」
「ん?」
自転車置き場に着き、足を止めると明里がふと口を開いた。
さっきまで一緒に話していたのだが、一人で回想に耽っていたせいか随分久々に聴こえる。
「あー、この前花火大会のことグループで話したじゃん?」
「うん」
俺の話に頷きを返してくれる明里に、俺は話を続ける。
「でもあんまり遊べる金がなくてな……せっかくだからいっぱい遊びたいだろ? で、バイトしよう! ってなった」
決戦の地……花火大会。
世界を二分する大決闘のように言っているが、つまりはそういうことだ。
笹森さんとの距離を縮められるかどうかのかかるこのイベントは、まさに俺の人生を二分割するターニングポイントだ。
「そうなんだ……私も、そんな感じかな」
空を見上げた明里は、ポツリとそうつぶやいた。
なんだかこうして見ると……絵になるよな、明里。
……何考えてんだ、俺は。ったく、明里が綺麗なのは前から分かっていたことだろ。ミス何ちゃら(俺ら調べ)だぞ。
……それでも急にこんなことを思ってしまうのは、なんでなんだろうな。
「は、花火大会、近いしな。笹森さんも来てくれるみたいだし、今日はバイトできてよかったなー」
明里の目の前でそんなことを考えると、変に思われることは確実だ。
そう思い、誤魔化すように捲し立てた。
「そうだね……」
この時は、自分のことに夢中で、気づかなかった。いや、気づけなかった。
――明里の、気持ちに――
――その、表情に――
「雄二は、さ……」
隣で明里が、口を開く。
その瞬間、なにかがはじまるのだと、その空気を感じた。
作者が頭を抱える時間も同時に始まってしまうのです……こんな終わり方にしちゃうからぁ!!




