78 ありがと……
後は任せろ……か。
……ふむ。どうしよう。
「なんだ? 俺たちは客だぞ? その態度はおかしいんじゃねぇか?」
「ほんっと、自分のミスも認められないなんて、この店どうかしてるんじゃない?」
「……」
こんな心底呆れたわ、みたいな顔されると余計腹立つな。
ただでさえ、さっきから明里に対する態度を間近で見せられて苛立っていたってのに。
その怒りが前のめりになって勢い良く出てきたはいいが……どうしよう。
このバカップルへの対応策が全くないぞ? こうゆう時、なんて言ったらいいんだ……?
接客どころか、バイトすら今日が初めてなのだ。そんな時にこんなトラブル
「聞いてんのか? いきなり出てきてなんだって言ってんの」
「どうせこいつもこの女にたぶらかされてる一人なんでしょ」
「っ……!!」
背中を流れる液体が冷や汗だと確信できる。
たしかに、こんな態度をとっていてもこいつらは客だ。あまり失礼な態度をとってしまっては、店側に迷惑をかけることになる。それだけは避けたい。
しかし……
思案を重ねながら、隣で不安そうに俺を見上げる明里の顔を見る。
こんな顔、らしくねぇよな……
「……お客様にご迷惑をお掛けしてしまったことは、大変申し訳無いと思います」
俺はバカップルに頭を下げながら、言葉を紡いでいく。こんなやつに頭を下げるなんて心底不本意だが、それを悟られるわけにはいかないだろう。
「お客様を待たせてしまったことも、注文内容の確認を怠ったことも、全てこちら側の責任です」
「おう。そうだろ? なんだ。いきなり来て何かと思ったが、こっちは話が分かるみてぇじゃねぇか」
「……しかし、お客様の発言で不快な思いをした人がいることも確かです」
「……あ?」
ようやく落ち着きつつあった男の表情が、再び曇りだす。
このまま、ひたすらに謝っていればよかったのかもしれない。
……しかし、それでは問題の解決にはならない。何より、俺の気が済まない。この店には悪いが、少しだけ本音を漏らすとしよう。
「……ここにいるのは、お客様だけではありません。他のお客様もいらっしゃいます」
「……なにそれ。私たちが悪いっての?」
「……そういうわけではございません。ただ、お客様の心象が悪くなってしまうことは、当店としても避けたい、ということです」
「「……っ!!」」
俺がそこまで話すと、バカップルはようやく周りに座る大勢の客が訝しげに自分たちのことを見ているのに気が付いた。
「お客様がお怒りになるのはもっともですが、もう少々お待ちいただけないでしょうか?」
怒りと焦りの混じったような表情を浮かべるバカップルは、複雑そうな表情で顔を逸らした。
言葉こそ発しないものの、これは了解した、と見ていいだろう。
ふぅ……なんとかなった……いや焦ったわ、まじで。
調子乗って威勢良く出てきておいて、何もできないとかシャレにならん。
「お客様!! お待たせいたしました!!」
「ん?」
密かに胸を撫で下ろしていると、いつの間にか俺と明里の隣にいる店員さんが声を張り上げた。
「こちら、レモンペパーミントソースのパスタになります。大変お待たせしてしまい、申し訳ありません!!」
レモンペパー……なに? それ。おしゃれすぎてよく分かんないんだけど。
こいつら、顔に似合わずこんなの頼んだのか。……だから注文間違えたんじゃねぇのか?
「……いえ。どうも」
てか急に素直だな。おい。
気まずそうに軽く頭を下げる男を見て、心の中でビシッとつっこんだ。
絶対恥ずかしくなったんだろ。だったらあんな騒がなきゃいいのに。
「では失礼します」
そう声をあげてこの場を立ち去ろうとする店員さんの姿を見て、俺たちも頭を下げる。
「「あっ、失礼します」」
店員さんに連れられるようにして店の奥へと引っ込もうとしたのだが……
「ん?」
腰の辺りに違和感を感じ、首だけ捻って後ろを向く。
「あの……」
そこでは、俺の後ろを歩いていたはずの明里が、俺の制服の裾をぎゅっと掴んで俯いていた。
制服と言っても、高校のものではなく、このカフェのものだ。
慣れてないから変に感じたのかとも思ったが……違和感の原因はこれみたいだ。
「ど、どうした?」
ただでさえ、さっきから柄にもなく塩らしい顔して戸惑ってるっのに……それに、そんなにくっつかれると……
「……ありがと。怖かった、から……」
「……」
俺のそんな思考は、明里の言葉を聞いて、一時停止した。
顔を上げてこちらを見上げる明里は、ほっとしたようにも、まだ少し緊張しているように見えた。
「……気にすんな。俺だって、明里に助けてもらうことはあるしな」
気恥ずかしさを誤魔化すようにそう言って、再び俺は歩みを進めた。
ともあれ、これで本当にトラブル解決だな。
本日の収穫は、レモンペパーミントなんてものがあると知れたことです。




