Aパート
「誰だよ、飛島華って……」
「……………」
薄い灰色の埃が舞っている地下鉄のプラットホーム。
「ホントの飛島華は、あの日から失った」
ピュアシルバー VS ナチュラルズーン。
「家族を殺し、仲間を殺し、住民を殺し……ダイソン、お前に裏切られてから飛島華は一人、死んだ」
左手で頭を掻き毟りながら、
「家族の誰一人、この頭に名前が残せないんだよ。顔も姿をギリギリ残しているだけなんだ!」
目玉をひん剥くくらい、怒りを表情に出す。苦い苦い思いのまま、生きてきた。
「ミックスして、飛島華という男にみんながいるんだよ。お前を含め!!お前を殺すために忘れないように!少ない思い出を残してる!」
お前のせいで生まれたとも言える事だが、
「テメェを殺すためだけに俺は意識を取り戻したんだ!!この"飛島華"にいる俺はな!!」
激昂の声と共にラクロがナチュラルズーンに突進する。
体格差を活かしたゴリ押し。向かってくるラクロにナチュラルズーンは目を瞑って
「なるほど」
ラクロの太い右腕。切り裂くであろう爪。そこにカウンターを合わせて、倒す。そーいうイメージはあったが
ヒュパァァッ
崩壊やら破壊やらの影響で舞っていた埃が、ダイソンの後ろの方から消えていった。そして、その空気の消えた穴をまた別の空気が埋め込むように、空間が歪んでナチュラルズーンを後ろに運んでいく。
ピュアシルバー達との距離をとった。
「捨て身の戦闘スタイルになったのは、俺を倒すため」
ダイソンに触れてしまうと、消えてしまう。
その能力を扱い、家族なども消している飛島だからこそ。恐怖を知り、それに対抗する戦略をとった。
「相討ち覚悟で攻撃を食らわせれば、俺の大ダメージは必死」
「御託はいい」
ナックルカシーのような回復手段を持たぬ者にとって、恐怖でしかないダイソンの攻撃。
それにビクつかず、攻めてくるピュアシルバーの覚悟。修羅場をこの時まで潜ってきたのが伝わる。その成長で自分の命を狙いにくるのだから
「ふふ」
ナチュラルズーンの口を、借りたくはなかったが……笑ったダイソン。
自らの体である箒を振り被る体勢!
「!!ラクロ!」
『ああ!』
接近しても間に合わない。そこでピュアシルバーはラクロに命じて、ホームドアをぶち壊して盾のようにしつつ、投げつけた。
ブオオオォォォッ
箒が撫でられるように振られると。
空気中にあるわずかな汚れ、埃が瞬く間に消されていく。扇状に消滅する領域が広がっていくが、ピュアシルバーが保護していたホームドアは投げられた状態を保ちつつ、ダイソンの消滅効果にさほど影響を受けずに直進する。
ドゴオオォォッ
「っと……」
シャボン玉が割れたみたいに、一部の消滅領域は無効化される。その領域にピュアシルバーとラクロは入り、ダイソンの遠距離攻撃に対処していた。
ナチュラルズーンは投げられたホームドアを避けたが、少々攻め手を欠く。本来、狭いエリアなら有利な方だが……。対処法をとられると決定打に欠ける。
「行け!!」
「ちっ」
ナチュラルズーンは素早く上に逃げる。箒を地上に向かって翳し、容易く空まで見えるほどの穴を開け、さらには空間移動で自らの身体を移動させる。
『上に逃げやがった!』
「構わない!上に戻るぞ!」
今の移動も強力な分、消耗が激しい。ピュアシルバーは奴が攻める事に能力を使えないのであれば、有利になっているのを分かっている。
ラクロと共に駅構内の出口から地上に出る。
タッタッタッ
「地上に出たはいいが……」
駅の近辺は高層ビル群だった。
飛島にも知られている事だが、適合者はダイソンに跨ることで魔法少女っぽく、箒で空を飛ぶ事ができる。ただし、この形態になると広範囲の消滅能力が使えない。空飛んで逃げ切れそうに思えるが、ラクロは垂直な壁を直線的ながらダッシュで駆け上がってしまう。空中戦での逃亡は厳しい。さらに、アイーガを見捨てるわけにはいかない。
ひとまず、ピュアシルバーとラクロが昇ってくるだろう。地下鉄の出入り口を消滅させていく。まるでモグラ叩きだ。これで容易く、ピュアシルバーが喰らって消滅してくれればいいが。そうはいかないか。
ドゴオオォォォッ
ダイソンに良い情報をあげるなら、契約をした黛の実力がかなり高いこと。消滅能力は危険かつ強力であるため、連発は苦手。特に広範囲に能力を使えば、消耗はデカイ。
すでに何度も使っているが、まだ底が見えていない。
「よほど、邪念を溜め込んでいた奴で良かった」
使えば使うほど、適合者の邪念が消えていく。病み付きになりそうな爽快感を与えてくれる。
だが、今はそんなことまでしなくていい。ピュアシルバーに集中しなければならない。
昇ってくるところをとにかく消して回るが、
ドゴオオォォッ
「!!」
『おおおぉぉっ!!』
ラクロがまだ消し切れなかった出口から地上に出てきた。そして、ナチュラルズーンの方へ向かってくる。
ここからなら、2、……いや、3回!!消滅領域を放てる!当てれば勝つ!
力を溜め、振り翳し。自らを薙ぐ!
形も方向も見えない消滅領域がラクロに飛んで来る。
ズパアアァァァッ
『!!』
回避!あと、2つ!
ズパアァァァッ
『うごおぉっ!』
ラクロの前足の2つの一部が消され、さらに最後の一撃が飛んで来る。
ズパアァァァッ
『!』
腹部を抉られるように消される。致命傷過ぎる一撃をもらい、あともう少しのところでダイソンに届く爪、届かず!
「!!」
ラクロに放った3発で確かめていた事が分かったが、すでにその結末は変わらない。
姿の見えないピュアシルバーの顔が出てくると思っていたが、どこにもない。ラクロとは右腕に付けられたリードで繋がれ、行動範囲は共に10m前後のはず。
必ずいるはずなのにいない事。
「っ!!」
泣いている鬼の形相。
左腕一本にし、ナチュラルズーンの死角から距離を詰める。情報を知っている事を逆手にとったピュアシルバー達の捨て身の特攻。
この拳が、この自分が届くその時まで。
「死ねぇぇぇっ!!ダイソンっ!!」
ダイソンとの全てを断ち切る声と、左手の拳がナチュラルズーンの頬を捉えて、地面に叩きつけた!
「ごほぉっ」
み、右腕を犠牲に……。
ラクロを自由にさせ、囮に使うだと……。
あの飛島がここまでの捨て身をするとは。
「うあああぁぁぁっ!!」
頭に染み付くんだ。お前と一緒にいて、喜んだ記憶がお前を殺すことを邪魔するんだ。
家族を奪っても、仲間を奪っても、お前だってその仲間なのかって……俺の記憶はそう見せてくるんだ!!
ふざけんな、ふざけんなよ!!
こうまでしないと、ラクロもいないと。もっともっとお前を本心から殺せないんだよ!!
ドガアァアッ
地面に倒れたナチュラルズーン。その頭を容赦なく踏みつける!一発、二発。ラクロが噛み千切った右腕から死に近い激痛と血を流しつつも、これまでの怒りと今の緊張感。そして、飛島とラクロの2人が命を賭けている行為に、肉体は復讐のままに動かせた
ナチュラルズーンの胸元で馬乗りとなり、残していた左腕でナチュラルズーンの顔面をさらに殴りつける。
「うううぅぅっ!!」
涙が出るほどの痛みだからだ。
ラクロの犠牲も許すな。
こうして、こいつをボコボコにして、殺してやるのが、この飛島華の命なんだ。やりたかった事なんだ。殴れ!蹴れ!!壊せ!!ダイソンを殺すんだ!!
こんな、……こんなことのために……。俺は生きてきたんだろうが!!
ガランッ
「!」
ナチュラルズーンの右手からダイソンが離れる。すると、ナチュラルズーンの妖人化が解除され、黛波尋に戻った。
その影響を見て、ピュアシルバーの狂気は落ち着き。冷静に物を見るようになった。立ち上がり、もう自力で動けないダイソンを見下ろした。
まだこいつは少しの傷しか付いていない。
『飛島、聴こえぬだろうが。やはり、俺の思った通り。人間も妖精とさほど変わらない。復讐に囚われれば、狂気を纏って世界を壊す。ルミルミ様は正しいんだ』
殺されることを分かっているダイソンは、聴こえないだろうが。飛島を利用して因心界を追い込んだ理由を語った。彼は飛島を通して、妖精と人間の違いというのを見たかったのだ。結果、やはり感情を持てばどれも同じ。文化の違い程度にしか差はなかったんだろう。
バギイイィィッ
『!!』
飛島の踏みつけによって自分の中央部分を壊され、先端部分と持ち手の部分が分かれてしまう。そして、飛島はもう消滅能力を使えなくなったダイソンの先端を踏みつける。こちら側に意志があるのを知っている。
『ぐっ』
「苦しめ、苦しんで死ねよ。ダイソン!」
『い、……構わない……。俺はその痛みを受ける義務がある……なら、ルミルミ様の怒りを、人間達が受けるのも然り……』
2度、3度……。ダイソンの先端部分は短い枝のように剥げていく。その度に自分の意識が遠のいていく。
「俺の"家族"の全てを奪ったお前を、殺したって許さねぇけどなっ!!」
『!……』
"そうだな"って……。
わずかに薄れていく意識の中で、ダイソンは思った。そして、飛島華はその言葉の中に自分自身を入れていると……。
まいった、完敗だ。そう納得できる諦めの瞬間。
カアアァァンッ
「!?」
『っ!?』
飛島も、ダイソンも。予想していなかった出来事が起こった。
それは特に飛島にとっての事だ。
右腕を失い、ラクロも戦闘不能かつ重体。もしこの場に、ダイソンを助けるような奴がいればマズイ事だ。あまつさえ
「はぁ~~~~?」
それが、"人間"だとすれば……だ。
「"家族が死んだからってなんなの?"」
飛島の後頭部を襲ったのは、ダイソンの持ち手の部分を持って殴ってきた黛波尋であった。
「それで私が殴られる理由ないと思います」
それも込みであろうが。意識をダイソンに奪われつつも、そのやり取りは知る事ができ。飛島という人物が復讐鬼を無理に演じながら、家族を好んでいたという。
「冗談じゃない!!」
自分の不幸過ぎる家庭と比べたら、なんだこの生れ落ちたところの差は!?って、言いたいぐらいの事だ。黛の家族に対する価値観もまた歪んでおり、それがダイソンにとってもっとも幸運だったくらい。邪悪過ぎた。
ドゴオオォォッ
「っ!」
力量では飛島が遥か上を行っているが、狂気な思考力がものを言う死地の修羅場。戦闘未経験ながら、彼女はすぐにそこに順応していた。
可哀想とも思わず、怯えることすらなく。むしろ、嬉々として。今、飛島が失っている右腕。その箇所を踏みつけたり、ダイソンの一部で叩くのだ!
「人を巻き込むな!顔を殴るな!」
「ぐぅっ!っ!」
「死ねって言うなら、自分も死んでいいって事だよね!」
「!!」
「復讐したいなら、殺されたって構わないよね!!」
『!……こ、こいつ……』
ダイソンにとっては、立場とするならば喜んで黛を応援するものだが。彼女の行動理念は決して正気を持っている一般人ではなかった。だからこそ、適正もあるわけだが。
「あははははは!!必死にやって死んでたら、世話ないねぇ(笑)」
命を落とす覚悟で戦う飛島に対し、そんなやり方を笑いながら黛は。もう動けない飛島を甚振りつくした。もっとも、彼女が飛島の生死を賭けるほどのダメージを負わせたわけではないのだが。
この戦場で勝敗を決定させたのは、彼女の狂気だった。
ピュアシルバーVSナチュラルズーン。
勝者、ナチュラルズーン。
飛島、ラクロ。戦死……。
ダイソンとアイーガの生死は不明。
◇ ◇
ブロロロロロロ
「網本党首。東京駅で、あのルミルミが暴れたようです。何かを始めているようですな」
「分かってるわよ。でも、馬鹿みたいに突っ込むわけないでしょ。ジャネモンがウヨウヨ出ているらしいしね」
革新党の本部から急いで車を出し、東京駅の様子を生で確認するために向かっているのは粉雪と南空。少し前に野花からの連絡で、東京駅に自分がいること。ルミルミが現れたことを含め、気が気でない。だが、もう遅すぎる。
無事を祈りながら、粉雪は連絡をいれた。当然、相手は
「キッス!あんた、今どこ!」
『私も東京駅に向かっているところだ。ルルとの連絡はとれたが、飛島から連絡がない』
「……野花からは?」
『まだ分からん。ともかく、一旦合流したい』
「いや、私達。もうすぐ着くんだけどさ……」
『私達ももうすぐだ!』
「?」
なんか嫌な予感を感じつつ、粉雪は車の窓を開けて周囲を見渡すと……。キッスと一緒にいる人物がこちらに気付いた。
「あーーー!キッス様、革新党の車!あれ、粉雪ちゃんの乗る車ーーー!」
ビル群の上を跳びながら、具足を纏った女武者が移動している。そして、その人物が何かをお姫様抱っこしているのは人。声を裏返して、この車に指をさす人物は、
「お前かいーーー!蒼山!!」
珍しい粉雪のツッコミ。キッスがお姫様抱っこをする側で、蒼山がされる側という男として情けな過ぎる構図。キッスもその車に気付き、とんでもないダッシュ力と腕力を維持したまま、南空が運転する車と並走する。
「なんでキッスがお姫様抱っこを蒼山にするのよ」
「いや、これは違うんだ。粉雪。たまたま、一緒にいたから」
「僕達、お姫様抱っこするほど愛し合ってるんすよ~」
「蒼山……」
蒼山はにんまりとして粉雪と、少々焦りを出した顔のキッスに対してももちろん言った。それに両者は少しイラッとしたマークを出しながら、キッスは道路に彼を転がし
「ぶほぉぉっ!」
サッカーボールと見立てるように、蹴飛ばしながら、道路を走る車と並走するという新手の拷問を開始。苦しむ蒼山の悲鳴を気にせず、
「あー、とりあえず。あんたの考えは?」
粉雪は胸ポケットにあるガムを口に入れながら、キッスの考えを聞く。
「ルミルミが本格的に動くと見ていいだろう。奴が睡眠期に入るまで、粘っていこうと思う。粉雪はどうする?」
「ん~……」
やっぱり、ルミルミと正面から戦うのは得策じゃない。
「ま、私達が駆けつける頃には拠点を作られてると見ていいかも。東京駅を取り返す算段で行くべきね。解決方法とすればだけど」
野花が心配だから、すぐにでも取り返しに行きたい感情。
それでいて冷静な考え。
「素晴らしい考えですよ、網本党首」
「南空。あんた、五月蝿い」
運転席からの賞賛を一蹴する粉雪。どっちも同じ回答だろうって事。
「現状の把握が大切ね。このまま、因心界としては私とキッス、蒼山で東京駅の奪還作戦をやるとして……」
「本格的に戦争をする準備と作戦を持って挑むべきか」
まだその詳しい情報が流れてきていないが。現状、因心界がSAF協会によってやられている状況。こっから、因心界の反撃が始まるか!それとも……
「ともかく、ルルと表原ちゃんの2人に合流する。ついてきてくれ」
「平然と車よりも速く前に走られると困りものね。それも蒼山のドリブル付きで」
「べぼらぁぁっ。せめて、車に乗せてください!キッス様、粉雪様ぁぁぁっ!」




