Aパート
『別にヒイロを助けたわけじゃないぞ』
少し時間は遡り。
クールスノー VS ヒイロ。その最中に、姿を見せてクールスノーを退かせたシットリの思惑にどのような事があったか。
『ルミルミ様がお1人では心配だ。あのお方に自由を与えては何をなさるか、分からない』
自分の采配ミスを責め、
『万が一、ルミルミ様にもしもの事があれば、傍を離れた私に責任がある。私はルミルミ様を探す。粉雪も、おそらく私を確認すれば、ルミルミ様のことは後回しにするか、そもそも気付いていなかっただろう』
ヒイロを助けた理由にはなっていないが。
クールスノーを退かせる方法ではあったと、説明した。
『ヒイロはアジトで待機していろ。もしルミルミ様がお疲れになれば、アジトに戻ってくるはずだ。私はその前にルミルミ様と合流するつもりだが、アジトにルミルミ様が帰って来た次第で連絡をしてくれ』
くれぐれも、白岩と一緒になるなって念を押された。
シットリにとって幸いだった事は此処野も白岩も、アイーガも寝手も。不安要素になる奴等がアジトから出払っていたこと。
ともかく、見つけて保護さえすれば。SAF協会のトップであるルミルミは安全だろう。
シットリはヒイロとは別行動で、ルミルミを探しにいった。
「というわけですよ」
一方で、ヒイロは……。少し困った顔で、自分の頭の上に乗っている……
「ルミルミ」
ルミルミに説明していた。
なんというか。どうやら、ルミルミはシットリと自分のことを見ていたらしく、シットリが自分を探すために別行動するまで、狙っていたらしい。
「こら、ヒイロ!今は2人だぞ」
「その言い方、印の前では言わないでくださいよ。嫉妬される」
マイペースぶりは白岩と同等。むしろ、厄介具合はルミルミの方が上かもしれない。
何故、ルミルミが自分にアプローチをかけてくるのか?理由はまず1つ
「それはこっちだよ!久しぶりじゃん。昔みたいにあたしを呼んで」
「……ルミルミ姉さん」
「そーそー!ヒイロくん、良くできましたー!」
「…………」
この2人。……実は親戚関係であった。
赤子のルミルミが義姉であり、騎士のヒイロが義弟。元々、近い種である妖精だ。驚くべき事ではない。ちなみにだが、同期であるシットリもダイソンも、ヒイロとルミルミの関係を知っている。
「久々に姉って呼んでもらって嬉しい」
姉姉って言ったら、今度は赤ちゃんなんだから優しくしてとか。昔から本当に周りを振り回すんだよなーって、ヒイロは思い出していた。
それで、
「なんでシットリに連絡を入れちゃ、ダメなんですか?」
「だってシットリは、あたしの自由にさせてくれないんだもん!あたし、SAF協会の統括だよ!一番偉くて強いんだよ!」
シットリがいなかったら、あんたは何回も死んでる代わりに。いくつも世界を滅ぼしているかもしれないというね。強さだけならサザン様以上の最強の妖精がこんなんだからな。
「世界を滅ぼす作戦をシットリから聞いてる?」
「聞いてませんけど」
「それはねー」
「ルミルミ姉さん。俺、言いますけど!1週間前は敵だったんですよ?分かってます?」
SAF協会の企みを聞きたいけど、自身満々の理由がある作戦とは思えないので、ヒイロはあえて聞かないことにした。ここはあえて、聞いてますって答えた方が良かったかもしれない。
鵜呑みにもできないし。
「えー、でも!あたしが頑張るんだよ!」
「ジャネモンの"発生源"になっている、ルミルミ姉さんが頑張るのは分かっておりますよ」
「待機ばっかりなのが、うんざりしてたの!アイーガとか、ダイソンみたいに、暴れたいのに」
あいつ等は隠れてやれるのに対して、あんたはメチャクチャだから。
しかし
「……分かりました。ただ、シットリに連絡しない代わりに。このヒイロ。あなたを護らせてもらいます」
「うん!それでこそ、ヒイロくん!シットリとは違う意味で優しいよね!」
◇ ◇
「えええーーーーっ!?今、因心界の本部に入れないんですか!?じゃあ、あたしはまだこの病室を自室にするんですか!?」
「いや、表原ちゃんは家に帰ればいいじゃないですか……」
古野は表原に率直な事を言う。
こんな集まりが病院で当たり前になるのだろうか。が
キッスは涙メグがこれからする事を知っており、別の拠点に主力メンバーを集めていた。他の構成員達にも、本部にはなるべく来るなと。必要な人数のみ本部に残していた。
実際に、涙一族の連中と関われば、そういう士気になるのは分かる事だろう。
「メグさんは強いからな」
「変態だけどね」
因心界の三強の2名が認める妖人。強さを買う上で、必要な対応だった。
「革新党を仮の本部にするか?あそこは広いもんな」
「やめてくんない、キッス。私はあんたと違って、部外者とか変態は入れる気ないんだけど。南空も許さないから」
「粉雪さんが言いますか……」
「だからって、この病院を仮の本部にします?」
拠点の管理を担っている古野からしたら、ちょっと迷惑な話。
余計にここが戦場になりやすい。しょうがないでしょって、キッスの顔。
野花のご自宅も、本人が酷く拒絶するだろう。とはいえ、粉雪が浦安をボコボコにしてしまったのも、幸いとして。この病院にメンバーを集めて、対策するのは良いだろ。その前に
「本部の事は私の両親と録路の3名に、基本は任せている」
メグの好き勝手にさせないためにも、メグをよく知っていて実力もあり、本部にいた方がいいナギとカホ。単純な戦闘能力ならメグにも引けをとらず、こちらも未だに扱いに困る録路に任せるのは適任。
ガチャッ
「キッス様。皆さんもここにいましたか」
「飛島……蒼山はどうした?」
「さぁ?分かりませんが、自分の部下達を率いて、どっかに行きましたよ。録路の奴は戦う構えで、本部の中に居座るため突撃してます」
本部にはいなかったが、涙一族の様子を外から監視している任についていた飛島がここに来て報告。蒼山が部下達を連れて、どこかに行った事が少々不安だ。こちらが戦いをする時、あいつにはどうしても来てもらわないと計画が狂う。
考えるポーズをとりながら、キッスはこの主力メンバーに指示を出す。
「これからの私達の役目は、SAF協会の殲滅だ。知る者は多いが、改めて言う。死ぬな」
生死に関わるほどの戦い。それも予測できない混戦になるのは、分かっていた。
「野花、表原、ルル。3人は引き続き、浦安くんを頼む。粉雪は革新党を動かしてくれ。全面戦争になる」
「しょうがないわね……。受けよりかはいいけど」
「飛島と古野さんはここにいてくれ。私は蒼山達を呼んでくる。今回の戦いは完全な戦争だ。蒼山の力がないと、勝てるものも勝てない」
キッスと粉雪が描いている戦場図では、
攻め役に、因心界と革新党、ブルーマウンテン星団。
守り役に、涙一族。
SAF協会がどーいう風にバラけて戦いを挑むかは分からないが、涙一族が目立つように因心界の本部を使うというのなら、性格と因縁から言って、ルミルミが因心界の本部に攻めて来るのは確か。戦力の比重をどっちにするかだが。
「我々が倒す相手として想定してるのは、シットリとダイソン、此処野だ」
単純な戦闘力だと、ルミルミが一番だが。それより厄介なのは間違いなく、シットリ。続いて、ダイソン。人格の凶悪さから言って、此処野が3番目だろう。
ルミルミは必ずと言っていいほど、自分の傍に信頼できる仲間をおく(シットリがそうさせているけど)。
「シットリならば、私達を狙うはずだ。私達も奴を想定し、戦う」
「半々で戦力を割る連中とは思えないんだけどね」
「ルミルミとシットリの実力は……強さだけならルミルミだが、総合力ならシットリだろう。伊達にヒイロの好敵手をやっていない。二人は五分と見ていい」
「うへ~……」
あの気持ち悪いナメクジの怪物と戦うのかーって、表原は結構嫌な顔。見た目が完全に敵の親玉って言ってもおかしくない。
「2人共、ルミルミって妖精に詳しいんですね」
「私達と一緒に戦っていた仲だからな」
「どんな見た目なんです?」
「赤ちゃんよ。天使の赤ちゃんって言ってたかしらね」
軽口で教えてくれる粉雪とキッス。
シットリの怖すぎる容姿。イメージではあるが赤ちゃんの妖精が、互角の強さ……。ルミルミって奴もとんでもない気がする。想像を絶する姿なんじゃないかと、妄想する表原。
「ヒイロと白岩、佐鯨。それと、北野川も離脱と考えれば……。シットリはおそらく、ジャネモンを出しつつ、戦力となる私達から狙っていくだろう。余計な邪魔をさせないためにな」
ルミルミの意志を尊重する奴だ。できる限りは、涙一族以外の相手を奴が担うと見ている。だからこそ、シットリを倒しさえすれば。SAF協会は瓦解すると見ている。
集団で固めてくるよりもゲリラ戦や、別行動で動いてくる方がシットリ達には有利だろう。まだ動きが不気味なほど、静かであるため。戦力の調整が優先。
浦安をこちらに引き込まないといけないのも確か。
そして、
「表原。今回の戦いは想像以上になる」
建前として使って、
「自分の家に帰って話そうぜ」
「うぅー……レゼンまで……」
表原はまだ体が無事な内に、家に帰ることを決めた。正直、嫌なんだが。
病室はまた何度でも使いそうなので、渋々帰ることを決めた表原。野花とルルに2日ほど、浦安を任せることに。
粉雪は自分の勢力である、革新党に強い働きを呼びかけに。古野はいつも通り。
そして、
「飛島」
「分かっていますよ」
「ルル達の警護を頼む」
病院を任せるという名目は、ルル達以外で周囲を見る目が必要であるため。浦安の警護はより厳重にしたく、浦安の年頃を考えての二重の作戦。
「蒼山はすぐに私が呼び戻す」
きっかけとなるのは、浦安或だろう。
戦局を動かす存在なのは、因心界もSAF協会も分かっていた。
◇ ◇
お菓子店の中で響いた打撃音。
ドガアァァッ
「ぐぼらぁっ」
バギイィィッ
「げふぅっ」
鉄拳制裁の言葉が相応しい、効果音が鳴り響く。その被害者は此処野であり、相手は白岩だった。
「もーぅ!人を襲わないって言ったでしょ!此処野くん!!」
いや、あんたのやってる事の方が凶悪に見えるんだけどって……周囲の人達は、この2人を見ていた。騒ぎ起こしてやろうかと、此処野が口を走らせたと同時に、制裁をかましている白岩。
「て、テメェな……」
「君のような人は根本から改善しないとダメです!」
「お前の天然ぶりもなんとかしろや!!」
超危険人物は一体どっちなのか分からなくなる光景。ジャネモン作りもしない、殺人もできない。フラストレーション溜まりまくりの此処野であった。
ヒイロと離れているのに、こいつがこんなに強いのがまったく納得できない。
「体が鈍るだけだっ。クソ……」
「君は体を傷つけ過ぎだよ!いっつも噛み付いては、虐められてるもんね!」
「!!テメェ、言葉を選べや!!」
弱い者虐めのレッテルを貼られ、なおかつ現在進行形で白岩にボコされながら行動中。自分達のやり方を貫こうとしている白岩だ。此処野という危険人物を抑える事に、それなりの役目を果たしているとは想いつつ。
パクッ
「おいひーね、このシュークリーム」
「俺の金で食うお菓子は旨いか?」
「誰のお金でもなく、お菓子は美味しいよね」
まるでカップルのように、食べ歩きを続けている2名。
SAF協会でこの2名が因心界と戦う事はまだ考え辛い。現在、シットリもまたルミルミの事を探しつつ、ムダな働きをしている最中。
「…………ったく、アイーガの野郎。あと1人は誰だ?」
「?なんのこと?」
「気付かねぇか、このアホ……。納得いかねぇー。ダイソンじゃねぇのは確かだ」
「??」
別の地点から2人のデートっぽい雰囲気を監視している輩がいる。此処野はその気配に気付いたようだが、白岩はまったく気付いていない。危機感に差があって、強さに差がある。
これまでの価値観を狂わす存在が近くにいるのは鬱陶しい。って思ったが、ルミルミもこの手のタイプか。
此処野と白岩を監視する目。
遠くからではあったが、確かであった。
カップルでパフェを食っているところではなく。中華料理店から
「へいっ、お待ち!」
ラーメンと餃子、炒飯を食べるという豪快な女性2名。
と思いきや、頼んでいるのは一人だった。
「わーーっ、ありがとうございます」
味覚が男よりなのは、これまで得られた経験からだ。多くの経験も男性から得ているものであり、この濃い味の筆頭であるラーメンと餃子の味が病みつきな、アイーガ。
女子っぽくないとか、言わないお約束である。
「………………」
嬉しそうな表情で昼食を頂くアイーガ。そんなアイーガに飯を奢ったのは、……。
「元気ないねぇ、北野川」
「当たり前でしょ」
なんと、北野川話法であった。
ちょっと前までは敵同士の関係ではあったが、その遙か前からは
「共に因心界と戦った仲が、こうして食事するなんてさ」
「………ふんっ……。白岩が心配だったからね」
北野川はかつて、因心界と敵対した組織を持っていた。抗争に破れて仲間は全滅……。因心界に下ったわけだが、それは白岩がいたからだ。今、彼女がいない組織に従う理由はまるでない。
どうしようかと悩んでいる最中。
かつて失った気持ちを取り戻すには、あまりにも痛いダメージ。
仲間と思っているかどうかは置いといて、かつての知り合いに会って見て。気持ちの整理をしたかった。
「またメチャクチャにしてやろうかしら、因心界……」
佐鯨を倒した録路を加入させる。それ以外にも、キッスや粉雪に下につくという屈辱もある。
内に秘めている不満、憎悪はあったが。どれもこれも自分を甦らせるには足りない。
「SAF協会に入ろうよ!カミィは心強いし!」
「嫌よ。だって、シットリは見た目がキモイし。ルミルミのお世話に。此処野っていう、うぜぇのいるし。あんたは能天気だし」
「そんなにディスらないでよ」
「まともな性格してんの、ダイソンくらいじゃない」
「"十妖"にも、まともな人達はいましたか?」
とはいえ、アイーガの言葉は冗談が多かったし、見抜かれていた。
そもそも、SAF協会は妖精がメインとなっている上に、あの面子が北野川を信じるとは到底思えない。アイーガだってそうだ。
それに北野川がやろうとしている事は、新しい風を起こすかどうかの事。
何をするにしても、目的を決めねば育たない。その目的作りだ。
「ふぅ…………」
「どーしたのよ、ホント」
「餃子食いながら、喋らないで」
「うっ……」
らしくない。分かっている。
それに今までとは違った感情なのだ。
「やるか、やらないか。なのよね……」
「ふーん」
キャスティーノ団との戦いを終えたら、自分は現場から離れようと思っていた。それはカミィも了承済みであり、佐鯨と一緒に歩もうとしていた自分がいた。それが始まろうとしていた中での、死去。自分の居場所をどこにすればいいのか、分からない。
ズズズズズズズ
「!」
アイーガの本体であるカチューシャから、不気味な目玉がいくつも現れ、蠢く手も伸びてきた。
「悩んでるなら、一度忘れてみるのも良くない?」
本来は人間と同化している妖精であるが、本性はどうかしているような不気味な姿であったアイーガ。実は、シットリのことをあんまり言えない。
可愛く偽装することはできるため、この姿を見せるときは対象を洗脳する時くらいだ。
「お断り」
「へーっ」
その言葉を聞いてすぐに本性を引っ込める。意識のある存在を洗脳するのは困難であり、速攻性があるものでもない。アイーガも敵らしからぬ事を言った。
「元気じゃない奴を見るのは、こっちも気分悪いからね」
「洗脳が特技であるあんたが言うと、違和感だらけなんだけど」
別れてからアイーガと再会したのは、これが初めてだった。元々、人間に良い印象を持っていないアイーガ。それを利用して、対当な関係でいた北野川とカミィ。
また再び。大きな組織を作ろうかと思い立つ自分もいたが、その協力者最有力であるアイーガにその気がない時点で、もはや頓挫した夢物語。
白岩がどんなことを思いながら、SAF協会に身を寄せているのか。心に影響を与えた存在の今が気になっているところ。
「此処野なんか死んでもいい人間でしょ」
「だろうね。シットリ的には」
「あたしが代わりに監視してあげるから、好きにすればいいじゃない」
「ふーん。ま、そうするよ。特別、白岩を見張る任は大事じゃないからね」
シットリがヒイロを警戒して組んだように、白岩も警戒すべき人間。サンドバックになってくれているのが、此処野であるのでまぁいいが。これからの作戦に支障が出るのはマズイ。
敵とは言え、かつての仲間。アイーガからすれば信頼できる人間。
「じゃ、お会計よろしくね。ゴチになりました」
「話ししただけでも安いものよ。せいぜい、頑張りな」
SAF協会の仕掛ける一番手は、アイーガと……。
ガチャッ
『アイーガ。早く、俺の適合者を見つけに行くぞ』
「そうだねぇ」
『駅のコインロッカーに俺を入れやがって……』
「だって、北野川がサシで喋ろうって言うから。ダイソンだって、此処野を警戒して彼を見張ってたでしょ。結果オーライ」
『まぁな。白岩も含めて、人間達には警戒すべきだ』
箒の妖精、ダイソンである。
戦力は半減したと言える、因心界を相手に。彼等2人が何をしてくるか。




