異世界生活一年生・ご都合主義の虫メガネ
途中にあるみっちりした長文は読み飛ばしても大丈夫です。
俺はおっさん。見ての通り童貞さ。
そう、見ての通りの童貞だ。
雑に撫で付けた黒髪。イマイチもクソも、露骨にパッとしない醤油顏。トッピングの無精髭が非モテを物語っているようだ。
体は……年の割に中肉中背だが、腹はだんだん垂れてきている気がする。無残。
「はぁ……」
深いため息を吐き出して、俺は泥で濁った水面から顔を逸らした。
転生が完了して早々、俺はこの何処とも知れぬ小汚い町の片隅に転がされていた。
人気の無い……恐らくは貧民街みたいな場所の端っこ。いや訂正、無いのは人通りであって、人気はある。
車輪の跡を何重にも残した道には、糞尿や吐瀉物の類に混じって、半裸の老人が転がっている。シラミが寄生でいるであろう髪と髭は、信じられ無いくらい伸び放題で、身に纏ったものは服なのかボロ布なのかわからない。
そんな老人だ。
恐らくは、歳で働けなくなり、日々物乞いをしているのだろう。兵役か何なのか、片腕が無い。
上記の条件を半分以上満たすような人影が、この周囲にはチラホラ見かけられる。
さっきからしばし、舗装もされていない町の中を歩いてきたが、どうにもザワザワと明るい喧騒が聞こえてくる方角がある。
多分、こことは違う、まだ活気のある人々の声だろう。
明らかな貧民街といえど、建築に石が多く使われている点から、ここは大きな都市。
となれば、都会人だな。
自由市民だ。加差別者階級だ。
俺の中世時代の知識が正しければ、この不平等が至極一般な中世ヨーロッパの姿。
比較的穏やかに暮らすには、まず市民権の確保が大事。被差別者階級になると人生が詰みゲーと化します。
はい、第一目標決定。
名誉を持った、自由のある市民になります。
へい、おっさんによる中世知識。第一弾。
中世ヨーロッパにおける完全な市民権の獲得要項は【土地を所有すること】でした。(違うところもあります)
この異世界においてどうかは知らんがな。
目標を決定したところで、俺は再び歩き出した。
「どぇー、すっげ……」
目の前に広がりたるは、まるでGoogle検索で【中世ヨーロッパ 街並み】で検索をかけた時にヒットするような、炒り豆の香りとかがしそうな感じの、いかにもって風な景色。
石材と木で組まれた家々が軒を連ね、赤茶色い家根が異国情緒を引き立たせる。
整備された舗装路。衛生的な灌漑用水。昼の陽光うけてキラキラ光る川には、石で組まれた立派な橋が架かっている。
そしてその彼方此方を、布や麻の服に、木靴や革靴を履いた市民の方々が闊歩していらっしゃるのだ。
「都会だ」
凄いぞ。絶対にここは都会だ。
疫病や飢餓の蔓延する農村部じゃない。領主による重税と農奴としての暮らしを余儀なくされる田舎じゃない。
「ここなら、いけるやないの?」
ーーー異世界冒険ライフ!
花開くんじゃない?
俺は年甲斐もない希望を胸に、まずは仕事を探すために街を見回る事にしたのだった。
****
ーー冒険者、あるいは侵略者、あるいは殺戮者と呼ばれる人々について。
この大陸には、近年、《冒険者》などと一般に揶揄される人々が跋扈している。
彼らはその心を野望と欲に染め上げ、一攫千金だけを目的として《西大陸》へと進出し、現地民を追い立て、殺し、捕まえて酷使し、土地を奪い、金銭に変えている。
前時代に用いられた武具を安値で買いあさり、《西大陸における生存圏の拡大運動》と称した現地民への殺戮。それがまぎれもない彼らの真実である。
その野蛮極まる行為を、人々は《冒険》と呼び、さも夢と正当性に満ちあふれているかのように言うのだ。
なんたる下俗な行いであろうか。たとえ住む場所が違い、異教の神を信仰していようとも、それらの人々を虐殺し、土地を奪う行為は神の名の下において至極不当なものであり、文化的な人間としての品位を欠くものである。
我々はルフトの神々の下々として生きる事を許された人間である。ともなれば、我々の心には、月の神々の教えに従い、寛容さと理性が伴われるべきであり、よって彼ら《冒険者》と呼ばれる人々は、神への信仰を忘れ、同時に人間としての理性をドブへと投げ捨てた愚者である。許してはならない。
著者: マーナン=クレプト=ヴァレン
契印社出版の雑誌、西見誌より抜粋ーー
「………」
どうも、おっさんです。
実に長ったらしい文章。読み飛ばしても、読み飛ばさなくても、この文章はタイトルだけで大体の察しがつく優秀な文だ。
冒険者、あるいは侵略者、あるいは殺戮者と呼ばれる人々についてーーーー
もうこれだけで、察しの良い奴は理解するだろう。
この世界は、いま地球の歴史でいう【大航海時代】に突入しているのだ……と。
「暗黒の時代じゃないですか、やだー」
まぁね、そうだね、暗黒期にしてって言ったね。大航海時代にしない? とも言ってたね。
文句はないよ。
「しかし、この虫眼鏡がないと文字が読めないのは不便だな……」
そう独り言ちる俺の手には、100均で売ってる感じの虫眼鏡が握られていた。
先ほど、文字が読めなくて四苦八苦していた時、ポケットの中に見つけたのである。
恐らくは、パンダからの餞別であろう。
どういう理屈なのかは知らないが、この虫眼鏡は古代ルーン文字みたいなこの世界の書き文字を、日本語と英単語の入り混じった……要は現代日本語に変換してくれる。スグレモノだ。
「こっちは……冒険者募集、か。洞窟の探索とかお宝探しとかなら兎も角、いきなり人の土地に押し入っての虐殺じゃあな……」
似たような事はするだろうし、いっそ宝探しでもしなきゃ今日食う金にも困る有様だが、別にそこまでして一攫千金狙いたい訳じゃない。
それに、船旅って死ぬほど危険だしな。
俺は街中に貼ってある張り紙を、片っ端から虫眼鏡で解読していた。
周りからは洒落にならんレベルで、チクチクと『なんだあいつ……』的な視線が注がれているが、なんとか頑張る。
「なんかこう……ないの? ゴブリンとか手軽に倒して、サクッと数日分のお金が稼げちゃうようなの」
てか、いるのか? ゴブリン。
なんかこの世界、お手軽感が薄くない? 適当でいいよ世界観設定とか。
重要なのはチートと無双とハーレムだから。あとレイプ。
俺のチートはいつ目覚めんだろうね。
「……ぉお?なんだこれ」
張り紙を巡る俺の目に、ふと、少し毛色の違う内容が入り込んできた。
「錬金術士クレミィ……助手募集中……?」
ここにきて初めて、異世界的なワードを発見した俺だった。




