Film.009 コントライバンス
礎室で今後のダンジョンについて話し合う2人、【鳳龍】オリンクルシャとリネラ リーバスタビオ。
「やっぱり虫はやめた方が良いいじゃないかしら。共食いするから」
「う〜ん。確かにそうだよねー。それに繁殖力強いのはいいけどダンジョンが魔物で溢れてに美学に欠けるし……」
相変わらずダンジョンに美学を求める2人の話し合いは難航していた。
どんな魔物を選ぶのかはダンジョンを運営していく上で最も重要といっていい要素だ。
その分判断は慎重になるし2人は安易な案は出せなくなっていた。
そんな時、突然リネラが閃いたという風に耳をピンと立ててとある提案を出した。
「そうだマスター。コアちゃんの意見も訊いてみようよ」
「あ、それはいい考えね。ということでダンジョンコアちゃん、あなたはどんなダンジョンがいいかしら?」
リネラの名案に賛同しオリンクルシャが青黒い金属結晶、ダンジョンコアにそう問いかけた。
ダンジョンコアはダンジョンの専門家、アドバイスをもらうのにこれ以上の適任者はいなかった。
ダンジョンコアはオリンクルシャの質問に無機質な声で答えを返した。
『畏ながら申し上げます。御二方の意見から私が最も最適と判断したのは機械種です』
ダンジョンコアの答えに2人は頭上に疑問符を浮かべた。
機械種という魔物の種族系統など、これまで聞いたことがなかった。
そんな2人の心情を察したのかダンジョンコアは機械種の説明を付け加えた。
『機械種は比較的近年に産み出された新たな魔物系統です。現代魔導工学の発展により偶発的に誕生した機械生命体です。広義では魔物の為、DPで購入可能です。機械種は種類が豊富で、素早い個体から攻撃力重視の個体まで様々です。食料は不要で寿命は無く、繁殖力はありませんが技師械と呼ばれる個体を購入頂ければ材料次第であらゆる機械種を造り出す事が可能です』
オリンクルシャとリネラはダンジョンコアの説明を興味津々に聞いていた。
そして、2人は互に視線を交わすと頷いた。
「マスター、機械種にしようよ!」
「ええ、そうね。とっても面白そうだわ」
2人はまるで新しいオモチャを貰った子供のような表情をしていた。聞いたこともない魔物は、2人にとってまさに絶好のプレゼントといえた。
「機械種かぁ。新種らしいし、人工的に生まれた魔物って、なんか楽しそう!」
「そうね。色んな種類があるみたいだし、材料次第で面白そうなのも出来そう。それに斬新だわ。そうと決まれば早速召喚しましょ。ダンジョンコアちゃん、機械種の一覧を表示して」
オリンクルシャのお願いに即座に開かれた新たなウィンドウ。スクロールになっていて名前と画像、特徴、1体にかかるDPが表示されていた。
その種類は本当に数多く、オリンクルシャはその量に一瞬後ずさるがすぐに興味深く眺めだした。
「それでマスター。1階層はどうするの?」
「これなんかよくないかしら」
そういってオリンクルシャが選択したのは絡繰スライムという機械種だった。
1体50DPする機械種の中でも弱い部類の魔物だ。
しかし普通のスライムが1DPで買えるところ50DPかかっている時点で普通とは少し違うのだろう。
オリンクルシャは試しにと礎室に絡繰スライムを1体召喚した。
すると白光の粒子が輝き2人の前に集まり、やがて光が収まるとともになにやら物体が現れた。
物体は半透明の水銀のような身体をした、体長1メートル程のスライムにしてはデカいものだった。
半透明の身体の中には、なにやら複雑な部品で構成された球体型の金属がカチカチと動きながら漂っている。
スライムの核だ。この核が破壊されればスライムは死ぬ。
「うっわぁ〜、デカいねマスター。これってビッグスライムくらいの大きさじゃん。これ1階層に配置するの?」
魔物は原則、同系統の場合大きい程上位種であることが多い。
そしてその原則通りこの絡繰スライムはかなり強かった。
核が破壊されれば死ぬスライムは、逆にそれ以外の場所ならば攻撃されようと絶対に死なないということだ。
ただしスライムの柔らかい身体は剣や魔法に対して殆ど無抵抗に通過するため世間一般でスライムは魔物最弱という認識があった。
ようするにスライムの核に攻撃を与えるのは簡単なのだ。
しかし絡繰スライムの身体は頑丈で、魔法に対してはほぼ無効化。物理もある程度防ぐことが出来る。
さらに絡繰スライムは身体の一部を硬質化することも可能。
防御力はより高くなり、また身体の一部を高速で飛ばす〈銃弾〉という魔法はかなりの攻撃力があり射的範囲も広く厄介な魔法といってよかった。
そのスライムにしては異常な強さを誇る絡繰スライムを1階層に配置することがリネラにははばかられオリンクルシャにそう訊ねた。
「リネラの言いたいこともわかるわ。でもそもそもこのダンジョンがあるのはイール大森林奥地だし、本当の初心者はこのダンジョンに辿りつくことさえできないわ。だからこのくらいでいいんじゃないかしら」
イール大森林は魔物の強さはそこそこだが多種多様な魔物が数多く生息し、変異種の発生頻度も他の場所と比べ高かった。
だから初心者冒険者は鳳龍の大宮殿がある奥地に来ないだろうとオリンクルシャは考えた。
リネラもその意見に納得し、オリンクルシャがウィンドウをイジり絡繰スライムをダンジョンに配置するのを眺めていた。
「ひとまず1階層から10階層まで、各階層ごとに100体くらいでいいかしら。合計5万DP。結構かかるわね」
「他はどうするの? スライムだけじゃ面白くないよ?」
「スケルトンマシン400DPと鋼鉄コウモリ400DP。それと技術械10万DPでいいんじゃないかしら」
スケルトンマシンは歯車やピストン機関が剥き出しに繋げられた、白鉄の機械と骨格標本を組み合わせたような機械種だ。
スケルトンマシンは中級までの闇魔法や呪術を使うことが出来た。
そして闇魔法の1つである〈反射〉を常時展開しているため物理攻撃の場合、威力のほとんどが反射されてジリ貧になる率が高い。余程高い攻撃力がなければ物理攻撃単体で破壊することは難しいだろう。
その上弱点の光魔法や聖術に関しても、機械で動くスケルトンマシンには通常の半分程度しか効果がない。
それでも倒せないことはないが魔力の消耗が激しくなるだろう。
それはダンジョンという環境において致命的だった。
鋼鉄コウモリは機械仕掛けのハネと身体を持ち、外装が黒く塗装されたミスリルの機械種で体長は50センチくらいある。
鋼鉄コウモリはとにかく疾い。ソナーと座標測定で相手の正確な位置を割り出し、大気中の魔素に干渉することで無音かつ高速で飛び回る。
攻撃力はそれ程ないが嫌がらせのような魔法を多く使い、相手の攻撃も滅多に当たらないため嫌な敵認定されるのは確実だった。
技師械は人型で、9本の腕があり身体の腰あたりに工具らしき物が取り付けられていた。
ちなみに身長は2メートルを超えている。
技師械は非戦闘員だ。オリンクルシャも技師械をダンジョン上層部に配置する気は毛頭なかった。
オリンクルシャは3階層から10階層まで各階層ごとにスケルトンマシンを20体ずつ、5階層から10階層まで各階層ごとに鋼鉄コウモリを20体ずつ配置する。
技師械は141階層にとりあえず配置した。
これまでで総合計26万2千DPかかったが、まだ200万DP近くあった。
魔物を購入する前のDP合計は正確には220万6千94DP。
購入後の現在のDP合計は194万4千94DPだ。
「うわぁ〜! 一気に賑やかになったねマスター。1階層から10階層までだけど。それでもさっきまでより随分マシだし」
ウィンドウに表示された1〜10階層を眺めながらリネラがそう言った。
鳳龍の大宮殿はまさに迷宮だ。
1階層が10万平方メートル程の広さを持ち、高さも7階建のビルに相当した。
これを無秩序に配置された階段と複雑な通路と所々に置かれた広間や部屋で区切られていた。
宮殿と呼ばれるように内装はまさに王宮や城のようで、多くのダンジョンにある不気味さや陰湿さは皆無だが、この複雑に入り組んだ巨大迷路のような造りが迷宮であることを主張している。
そんなダンジョンの様子を確認していたリネラがふとあることに気がついた。
「そう言えばマスター。フロアボスいないけどいいの? 10階層にあるボス部屋、空っぽなんだけど」
「あ、本当ね。せっかく部屋があるんだし、配置しないと勿体無いわね」
リネラの指摘にオリンクルシャはボス部屋の存在を思い出した。
鳳龍の大宮殿は10階層ごとに巨大な部屋があった。
部屋は140階層の部屋に似たドーム天井で、2つの扉が向きあい設置されていた。
その部屋は次の階層に進む階段の前に存在し、その部屋は特別な魔物を配置する想定でつくられたものだった。
不可侵協定を結んだため、そして協定制定前にボス部屋に辿りつけた者がいなかったために活用したことがなかったのだが。
そういったこともあり、今までその存在を忘れかけていたオリンクルシャは早速10階層に配置するフロアボスを選ぶことにした。
「そうねぇ、これなんかいいんじゃないかしら」
しばらくウィンドウの一覧をスクロールしていたオリンクルシャがそう言って選んだのは、巨大な蜘蛛だった。
タランチュラに似た姿形で装甲ように身体を覆う赤黒い金属のガワはアダマンタイト。
関節部分や装甲の隙間からの覗かせる黄金色の細工はその独特の輝きから、魔力誘導性の高い特殊合金であることがうかがえる。
この体長3メートルはある巨大な蜘蛛。
オリンクルシャが20万DP払い配置したそれは機蜘蛛と呼ばれる機械種だった。
この機蜘蛛の最大の特徴。それは頑丈さだった。
物理魔法問わず並大抵の威力では傷1つつかないアダマンタイトの装甲と、ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしない特殊合金の内部構造。
金属繊維を利用した糸で巣を作り、巣の中ならば変則的で立体的な動きが可能。
ボス部屋と言う限定空間とは相性バツグンだった。
さらに厄介な機蜘蛛の能力、それは鉛中毒だ。
鋏角という口のハサミから鉛を流し込むことで急性鉛中毒を引き起こす。
これを治すには相当高位な解毒魔法か、中和魔法、薬草、または錬金術が必要だった。
「うっわ〜、黒と黄金の身体ってカッコイイね。でも相当DP使ったっぽいけど残りどれくらいあるの?」
「今の機蜘蛛が20万DPだったし……そうね、192万くらいよ」
その後も落とし穴や転移魔法陣、時間によって階段の繋がる場所が変わったり、壁が移動し間取りが変わる仕掛けなどの罠を配置したり、魔物が来ない安全地帯やアイテムの入った宝箱などを配置したりした。
2人がダンジョンらしいと思うものを全て配置し終えた後、結局残ったDPは150万DPと少しだった。
「ふぅ〜! 疲れた疲れた。やっぱりダンジョン改築は楽しいね」
10階層までの改装が全て終了し、リネラは背伸びをしながらそう呟いた。
その時のリネラの表情はどこか遠くの、存在しないなにかを見ているようで、オリンクルシャが少し真剣な顔でリネラに訊ねた。
「どうしたのそんなボーッとしちゃって。ダンジョンマスターに戻りたくなったの、リネラ?」
オリンクルシャの突然の問いかけにリネラは一瞬キョトンとした。
そしてすぐさまオリンクルシャの意図を理解し、苦笑混じりの笑顔で否定する。
「まっさか〜。確かに懐かしいけどさ。今はマスターの眷属やってるのも楽しいからね。今更ダンジョンマスターやる気は全然ないよ」
「…………そう」
リネラの返事に、オリンクルシャはかたい微笑みを浮かべそう答えることした出来なかった。
リネラに対する今も消えない罪悪感が、オリンクルシャの胸をチクリと刺した。