Film.010 オールドテイル
──約700年前──
【鳳龍】オリンクルシャは繋がりを求めた。
母親が鳳凰種で父親が朧龍種だったオリンクルシャは、朧龍種の中でも特に力が強かった。
本来、鳳凰種と朧龍種ほどの強大な力を持つ種族は互いに干渉はしない。
というより他種族と交流を持つことが極端に少なかった。
そんな中でも変わり者は存在し、オリンクルシャの両親がそうだった。
強大な2種族の間に生まれたオリンクルシャはやがて朧龍種の住処で暮らし始めた。雲の上にある、誰も見たことがないといわれる天空都市で。
そんな場所にいてオリンクルシャは、なお凄まじい力を持っていた。
〝神龍〟だの〝陰陽の架け橋〟だの……〝鳳龍〟だの。色々な呼び方で呼ばれたが、オリンクルシャはそんな称号など欲しくなかった。
オリンクルシャが求めたのはただ1つ。
繋がりだった。
朧龍種は世界の観測者だとオリンクルシャの父親は口癖のように言っていた。
だからこの世界に朧龍種は干渉してはいけない……とも。
オリンクルシャは毎日父親にこの世界の歴史を教えられた。
だがオリンクルシャは興味がなかった。
どこの国がどこの国と戦争したとか、魔法の起源とか、古代種が研究してた異世界アースのことだとか。オリンクルシャにはどれも取るに足らないことだった。
いい加減父の話にウンザリとしてたオリンクルシャは、やがて朧龍種の住処を去った。
時間という概念に無頓着な朧龍種ゆえにいつ頃去ったかは忘れてしまった。
去ってから数百年は世界を見て回った。
しかしオリンクルシャにとって世界はあまり楽しいものではなかった。
いつの時代のどこの場所も同じことの繰り返し。父親に教えられた歴史と何も違わなかった。
何度かヒトと関わりを持とうともした。
オリンクルシャにとって父親のいう不干渉は耐え難く退屈で、自分のサガには合わなかった。
しかしいつもうまくいかなかった。
いくら外見を変えてもいつも何かしらのきっかけで朧龍種であることがバレ、朧龍種であることがバレればオリンクルシャは人々に恐れられるか敬わられ、浮いた存在になり真に関係を持つことなどできなかったのだ。
思えば朧龍種の住処でも同じだった。
周りからは敬われられ、誰もが一歩引いていた。唯一近くにい父親とも考え方の違いからうまくいかなかった。
同種族ともうまくいかないのに、ヒトと関係を持つことなどできるはずがなかったのだ。
やがてオリンクルシャは世界に飽きた。
生きる意味もなかったが死ぬ理由も見当たらず、無気力と惰性で日々を過ごし始めた。
そんなある日、オリンクルシャはイール大森林の奥地にあるダンジョンのことを聞いた。
〝智慧の砦〟と呼ばれるダンジョン。
それを聞いたオリンクルシャは閃いた。
ダンジョンに引き籠もろうと。
今更天空都市に帰る気もなかったし、このまま世界を旅しても得られることなどないと思ったから。
父親の話によるとダンジョンにはダンジョンコアがあり、それと契約すればダンジョンマスターになれることをオリンクルシャは知っていた。
だから今あるダンジョンを打破してダンジョンコアと契約し、だれも最深層に来れないような難関なダンジョンを作れば後はダンジョンに引き籠りゆうゆうと隠居生活が出来る。
オリンクルシャにその考えが浮かんだときにはもう行動に移していた。
ダンジョンはカルカ峰の山麓に入り口があった。
中に入るとそこは飾りっ気のない横と高さが3メートルくらいの白い通路で、その通路はしばらくすると分かれ道になっていた。
オリンクルシャは特に警戒もせずに奥へと歩いていった。
なにせ警戒する必要がないのだから。
世界基準でオリンクルシャに勝てる者などそうそういない。
その時のオリンクルシャの姿は人間種の姿をしていた。ドラゴンの姿では色々面倒だったからだ。
外見はどんな風にでも変えれたが、オリンクルシャはこの時どこだかの街で見たキレイな人間種の外見を模していた。
記憶が不確かなせいで恐らく少なくなくない相違点はあっただろうが別に気にすることでもなかった。
ただし雪のように輝くプラチナブロンドだけは印象深く残っていた。
それはそうと、オリンクルシャがしばらく歩き続けて分かったことはここは迷路だといことだった。
行き止まりが多く、分かれ道がそこかしこにありまさに迷路。
魔物も時々出て来たがオリンクルシャにとってはザコばかりで、力の差を感じたのかもれなく逃げていった。
だからオリンクルシャの敵はこの複雑な道だけだった。
「はぁ〜、めんどくさいなぁ……ダンジョンなんて、魔物が湧くだけの変な建物だって思ってた」
オリンクルシャは不機嫌に1人つぶやいた。
オリンクルシャのダンジョンの認識はその程度で、だから魔物さえ倒していけば簡単にダンジョンコアにたどり着くと思っていた。
しかしいざ入ってみれば身体よりも頭が疲れた。
行き止まりも多いため来た道順を覚えていなければいつまで経っても下の層にいけない。
オリンクルシャは先ほどから全く下へと向かっていなかった。
それに面倒なことは他にもあった。
それは今、オリンクルシャの目の前にある通路を進むと必ず現れるドア。
その向こうにある部屋だ。
「あ〜あ、また部屋かぁ〜。次は……ボードゲーム……うぇ、ニガテ分野」
この部屋は入口と出口2つの扉があり、中に入ると扉の鍵が閉まった。
そして部屋にあらかじめ用意されてる課題をクリアしないと時間切れになるまで入口の扉は開かず、クリアすれば出口が開く仕掛けになっていた。
これまでにも何部屋か同じようなものがあり、ナゾナゾのような問題や宝探しのような課題があった。
この部屋はボードゲームに勝てばクリアのようだ。
このボードゲームは箱庭という名前で、人類の戦争の中でうまれた戦略ゲーム。
ゲーム盤の上に何種類かのコマがあり、コマによって動ける範囲や進める方向が違う。
コマの全滅か、ポイントと呼ばれるマス目を全て取られれば負け。
オリンクルシャは箱庭がまったく下手で、箱庭に限らず知的遊戯はとんとダメだった。
オリンクルシャは大抵のことに深く頭を使わず、基本は力のゴリ押しで解決してきたから、頭を使うことに慣れていなかったのだ。
そしてそう考えた時、オリンクルシャは思いついた。
今回もそうすればいいのだと。
わざわざ相手のやり方に合わせなくてもいいのだと。
オリンクルシャは自分の閃きに従いこのダンジョンを力ずくで制圧することに決めた。
オリンクルシャは肺に魔力を貯めた。
大きく息を吸う反射発動の鍵で発動する魔法、〈吐息〉を床にめがけて発動する。
白熱とした烈火が口から吐き出された。
本来、ダンジョンの設備は破壊不可能だ。
最高英知の持ち主である古代種が作ったシステムなのだから簡単に壊れないのは当たり前なのだが。
しかし朧龍種のオリンクルシャにとってはちょっとばかし頑丈、程度でしかなかった。
実際〈吐息〉をはき続けているとみるみる床が溶岩のように煮えたぎり、とうとう下の層へと繋がった。
オリンクルシャは最早正攻法で進むことがかったるくなっていて、このまま最深層まで床を溶かし進むことにした。
結果、このダンジョンは10階層までしかないことが分かった。
目の前には1階層でオリンクルシャを苦しめつづけた扉があった。
おそらくこの向こうにダンジョンマスターがいるであろうことを、オリンクルシャは魔力察知をつかい予測した。
いよいよ終わりということで、オリンクルシャは意気揚々と扉を開け中に入った。
そこはドーム型の天井をした部屋だった。壁際には複数の扉があったが入口と対面にある扉は一際豪華で目立っていた。
そしてドーム天井の部屋中央に、少女はいた。
◆
──30分前 智慧の砦、10階層──
礎室に置かれた革張りの椅子に腰掛け、デスクに行儀悪くも両足を乗せてくつろいでいた少女のキツネ耳がピクリと動いた。
赤茶色の髪に茜色の瞳、豊満な胸がラフな服装から覗く狐人族の獣人種、リネラ リーバスタビオはダンジョンに侵入者が入ってきたことを感知したのだ。
リネラはダンジョンコアに命令し、侵入者の映像をウィンドウに映し出し興味深げに眺めた。
このダンジョンがある場所はイール大森林奥地。
つまりこのダンジョンに来れる者は、イール大森林の魔物を危うげなく倒し、かつその後ダンジョンに潜れる力量を持つものだけだ。
だからここにくる冒険者は大抵中級クラス以上。
ただし魔物ではなく智慧で侵入者を撃退する智慧の砦は筋肉ダルマ以外にも、いかにもな風貌のメガネもやってきた。
そんな風変わりな侵入者が多く現れる智慧の砦でも一際おかしな来客。
防具もつけず、ダンジョンにも限らずなんの警戒もせずに道を突き進む、どこかの令嬢と言われれば信じてしまいそうなプラチナブロンドの可憐な少女、オリンクルシャがそこにいた。
いくら魔物が少ないといってもここはダンジョンだ。魔物はいる。
一見さんがこれ程無警戒に歩き、ましてや防具の1つもつけていないなど余程腕に自信があるか、やはり温室で育てられた頭がお花畑な令嬢のどちらかだ、とリネラは思った。
それに冒険者の基本として冒険者はパーティを組み依頼に挑む。それが単独で行動している時点でおかしいのだ。
そもそも智慧の砦は大森林奥地にあるため、街にある冒険者ギルドとは情報のやり取りが困難になる問題があった。
後ろ盾のない森の中でより安全に活動するためには横の繋がりを広くする必要があり、その結果このダンジョンに冒険者がくるのは数週間に1度、10日間程度でその間に一斉に数多くの冒険者がやってくるのだ。
つまり智慧の砦には冒険者がこない日があり今日は休日。
ようするに冒険者が全く来ない日……のはずだった。
そんなわけでリネラは謎の訪問者を興味深く観察していた。
最初は暇つぶしのような興味だった。
特に危機感もなかったが、やがて状況は変わりリネラの頬に冷や汗が流れた。
「これ、ヤバいんじゃないの?」
リネラがそう呟くに至った映像。
それはこのダンジョンに配置された数少ない魔物が、オリンクルシャと相対した瞬間に尻尾を巻いて逃げたシーンだった。
ダンジョンの魔物はダンジョンマスターに絶対の服従を違い、命令は何があっても必ず従うはずだ。
その敵を発見次第撃滅せよという命令を受けている魔物が、命令無視で逃げ帰った。
まるでそれが呼吸をするがごとく当然の様に、本能レベルで逃げるべきと判断したその行動。
それはオリンクルシャの力の巨大さを表していた。
リネラは心中穏やかではなかった。
不安と焦りが毒の様に広がった。
ただしそんな言い知れぬ恐怖に襲われたリネラだが、オリンクルシャを止めるために今更ダンジョンに手を加えるコトはリネラの矜持が許さなかった。
リネラはたった10階層しかないこのダンジョンで鉄壁を誇った。
【竜殺し】と呼ばれたAランク冒険者や宮廷魔導師、果ては帝国軍部隊にさえ5階層より深く侵攻されたことはなかった。
どんな強敵が来たとしても知恵のみで切り抜けてきた実績と経験が、リネラにダンジョンを強化しようという考えに至らせなかったのだ。
しかし、どちらにせよ結果は変わらなかったのだろう。
オリンクルシャの吐息がその一切合切を無慈悲にブチ壊したのだから。
リネラは信じられない面持ちで自らのダンジョンが圧倒的暴力によって蹂躙される映像を見つめていた。
リネラは唖然とし、絶望していた。
あれはバケモノだと。
自分とは違う次元に生きる力と破壊そのものだと、思いっきり突きつけられた。
呆気なく全階層が打破された事実に、リネラは呆然としていたが、それでもなんとか気持ちを奮い立たせてふらつく足取りながらダンジョンコアを守ろうと、置いてあった両手剣を掴みとり礎室の前にあるボス部屋へとくり出した。
リネラがボス部屋に行くとすぐ、オリンクルシャが扉を開けてやってきた。
直接向き合い始めてわかった威圧感に押し潰されそうになりながらもリネラは帯電合金の両手剣を握りオリンクルシャへと向き合った。
オリンクルシャがリネラに訊ねた。
「あなたがここのダンジョンマスター? なんだか思ってたのと違うけど……あなたただの獣人種じゃないの?」
「アタシはれっきとしたダンジョンマスター! そっちこそ一体何者⁈ ダンジョンの床溶かすなんてありえないでしょ‼︎」
「えぇ〜、しょせんは古代種が作った過去の遺物だし。古代種そのものならまだしもそんなんじゃ朧龍種の私は止められるわけないじゃん」
朧龍種。
リネラはオリンクルシャの言ったその言葉に多少驚いたものの、それほど動揺することもなく何故か一瞬で信じることが出来た。
むしろ腑に落ちた。
それはおそらくオリンクルシャの圧倒的破壊力が、そうでもない限り納得できなかったからだ。
リネラは朧龍種と言うオリンクルシャの言葉に猜疑心は湧かず、代わりに畏怖の念に駆らた。
加えてオリンクルシャの力に根拠を見つけ納得したことでリネラはどこか冷静に状況を判断していた。
リネラは持っていた両手剣を、手離し捨てた。
リネラは、諦めなければいつか必ず報われる、という言葉を信じる程バカではなかった。
いや、信じていないわけではなかったがその言葉が役に立つとは思えなかった。
確かにこの状況も、剣を捨て戦いに勝つことを諦めなければいつかは勝てたかのかもしれない。
だがそのいつかは一体いつくるのか。
数日後? 数年後? 数百年後?
そのいつかを敵は待ってくれるのか?
答えは否だ。
ダンジョンコアが壊されたならばダンジョンマスターは死ぬ。
どのみち死ぬななら最期の最後まで足掻いて死ぬべきなのかもしれないが、リネラの心は完全にへし折られていた。
もう闘う気力も残らないほどに。
だがそうして何もかも諦めたリネラにオリンクルシャが近づき言った言葉は、リネラの予想の外だった。
「ねぇ、闘わないならここに住んでもいいよね?」




