Film.035 ディストラクション
エスクリヤード ルーゼンドットはリネラ リーバスタビオがいることに一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに無機質な微笑みを浮かべた。
「いやぁ、リネラさんじゃないですか。久しぶりですね。もしかして彼と知り合いですか?」
「そんなことはどうでもいい! 答えろルーゼンドット……なんで今更この街に戻ってきた⁈」
世間話のように殊更な感情を含まないエクスリヤードの話し方とは対称的に、リネラの声には相当な怒気と嫌悪が含まれていた。
デイヴィッドは状況を理解できず、エスクリヤードとリネラを交互に忙しなく見交わしそしてとうとう我慢できなくなってリネラに訊ねた。
「ねぇ、なにどーしたの? エスクリヤードさんとリネラって知り合い……ってか仲悪いの?」
するとリネラより先にエスクリヤードが応じた。
「仲が悪いなんて、そんなことないよ。リネラさんとはいわゆる旧友だよ。でもまさかこんなところで再会するとはね…………シグレナリアは元気ですか?」
「チョーシこくな裏切り者! 仲間ヅラするな!」
リネラのセリフでデイヴィッドはますます混乱した。
エスクリヤードの口からシグレナリア フォーの名が出てきたことも予想外だったが、裏切り者とは一体どういうことなのか、デイヴィッドの頭はたちまち疑問で溢れかえった。
するとエクスリヤードはリネラの言葉には反応せず、デイヴィッドを見やると困ったように話し出した。
「リネラさんの連れということは、つまり君もあの方の身内なわけだ……だが僕のことは知らないだろ?」
デイヴィッドが頭上に疑問符を浮かべたままでいるとエクスリヤードは再び話し出した。
「僕は【鳳龍】の眷属だよ。正確には元、眷属。色々あって見捨てられたけど」
「見捨てられたぁ⁈ ふざけるな、あんたがトチ狂っただけだろーが!」
エクスリヤードの発言はデイヴィッドに衝撃を与え、リネラは再び喰ってかかった。
「──見解の相違ですね。それはそうと……そろそろ時間です」
エクスリヤードがそう言った次の瞬間、轟音が響き地が揺れた。
床が徐々に傾き、それまでは無骨ながらも強固にみえた天井はいとも容易く崩落し、崩れた天井の合間から差し込む光を遮って巨大な赤黒い生物が顔をのぞかせていた。
「なっ──【暴怨龍】リスガンギドラ⁈」
リネラの驚愕と畏怖のこもった声が聞こえた。
赤黒い生物は龍だった。体調はおおよそ30メートルはあり、巨大な双翼を持ち、鋭い棘が背中を覆い、鈍い光を反射して輝く黒く荒々しくい鱗とその隙間からは熔岩のような高温を放つ筋が見えていた。さらに恐竜を彷彿とさせる恐ろしい顔からは2対の巨大なツノが前方に向かって生えている。
冒険者ギルドが過去に確認された魔物の中で特に危険性の高い魔物をまとめたブラックリスト、その最上位に位置する朧龍種が1柱。
【暴怨龍】リスガンギドラだ。
「え、ドラゴンっ! なんでこんなところに⁈」
デイヴィッドはあまりの超展開に動くことさえできずにいた。
「それでは、再び会う機会があることを願うよ。さよなら」
エクスリヤードはそう言い残すとリスガンギドラの背中に飛び乗り、崩れる鐘楼を余所に空へと飛び去った。
「待て、ルーゼンドット! 逃すかぁ!」
「ちょっとリネラっ──それよかここ切り抜けないとやばいって!」
去っていくエクスリヤードを追撃しようと武器を取り出すリネラにデイヴィッドが制止の声を上げる。
リスガンギドラが飛び去った衝撃で鐘楼の根元の柱が折れたらしく、鐘楼が倒壊し始めていた。リネラもデイヴィッドの制止で事態に気づき脱出を優先するべきだと考えた。
「階段は⁈」
「ダメ、崩れて使えない──完全に崩れる前に隣の建物に飛び移ろう!」
ゆっくりと、しかし確実に床の角度は急になりひび割れやがれきの落下が増えていく。階段はもうすでに使える様子ではなく、そもそも降りている途中で生き埋めになる可能性も高かった。そのためリネラの提案に従わざるを得ず、リネラはもうすでに飛び移る準備を進めていた。
一方デイヴィッドはというと躊躇していた。
それもそのはず、一歩間違えればがれきの山に押しつぶされて死ぬ可能性もあるのだから。
しかしそうも言っていられなくなった。
ひときわ大きな衝撃が走り、どうやら根元の柱が粉砕したらしい。それまでの数倍の勢いで倒れ傾く鐘楼の最上階で、リネラが叫ぶ。
「デイヴィッドくん! 今だよ!」
「あぁ〜! もうやるしかない!」
目下には迫り来る建物があり、数秒後にはぶつかるであろう。
デイヴィッドも覚悟を決め、今や垂直に近くなった床を蹴ってリネラが立っている水平になった柱に飛び移った。
そしてそこからさらに5メートル程下にある建物へと飛び移った。
2人は見事に建物の屋上に着地した──が、2人のすぐ近くに折れた鐘楼が突き刺さり、2人のいる建物の壁やら天井やらをぶち抜いていく。
「リネラ、ここも崩れる!」
「──っ向こうへ走るよ!」
2人は建物を屋上づたいに走っていく。
その度先ほどまでいた床にヒビが入り陥没していった。
やがて崩落がなくなったところで、2人はようやく足を止め後ろを振り向くと、そこには悲惨な光景が広がっていた。
倒壊した鐘楼はいくつもの建物をなぎ倒し、無数の瓦礫が道路や家を破壊していてあちらこちらで砂塵が舞っていった。
「なんてことを……」
リネラが顔を歪めながらそう呟き、デイヴィッドはショックのあまりなにも言えなかった。
ただその光景はすぐさま一変した。
といって潰れた家屋や鐘楼が元どおり直ったのではなく、2人の見ている景色が変わったのだ。
そこは白く無機質な部屋。目の前には中央に浮遊する巨大な金属結晶。
そして金属結晶に立つ見慣れた女性が、しかしこれまでに見たことのないような怒気をはらんだ鋭い表情をして立っているシーンだった。
2人は顔を強張らせ冷や汗が背中を伝った。
【鳳龍】オリンクルシャがそこにいた。
◆
──1時間前 冒険者ギルド──
デイヴィッド達が冒険者ギルドを後にしてからしばらく経ち、いつも通りの喧騒に戻っていた冒険者ギルドの最上階。そこはこのギルドの長たる存在、ギルドマスターのオフィスだった。
ギルドマスターの名前はパタスティー。
「フォッフォッフォッ、元気にしとったかのぉ、アトクスよ」
温厚そうな老人という見た目の通り、柔らかな口調のパタスティーがそう挨拶した相手はS級冒険者でA/2パーティである【オーディナリー】のリーダー、クロード アトクスだった。
「はい。ただ、最近はミーシャのお腹の子供のことで不安もありますね」
「フォッフォッ、そういえばお主らの初子がそろそろ生まれる頃じゃたっのお」
クロードは幼馴染で【オーディナリー】のパーティメンバーでもあるミーシャ アトクスと結婚しており、現在ミーシャのお腹には妊娠5ヶ月になった2人の子供が宿っていた。
クロードとパタスティーはしばらく雑談をしたて、それからいよいよパタスティーが本題を切り出した。
「クロードよ、お主ら【オーディナリー】に頼みたいことがあるんじゃ。内容は盗賊退治、難易度はAランク相当といったところかのぉ」
依頼はその危険性、労力、達成困難度などを含めた基準によってG〜SSまで難易度が分けされており、冒険者は自身か所属パーティのランクより1つ上かそれ以下の依頼しか受けられない。
現在この街にいる冒険者の中でAランク以上の冒険者パーティは3組だけ。
そのなかでも【オーディナリー】はパタスティーから厚い信頼を受けていた。
クロードは真剣な表情でしばし考え込み、そしてパタスティーに訊ねた。
「盗賊退治……それもAランクとなると相当の巨大組織なのでしょう。いったいどんな輩なんですか?」
パタスティーは重々しい表情でクロードの問いに答えた。
「賊は近年サンタナと他都市の貿易路を主に狙い、食料輸入を妨害しておる。組織の規模は不明じゃが被害は甚大。我々はこの盗賊団を【グラトニー】と名付け、頭領に500万ヘズの賞金をかけた」
「【グラトニー】……そういえば聞いたことがある。近ごろの食料品値上げには魔物の増大の他に【グラトニー】という組織の影響もあるとゲイルが愚痴っていました」
クロードの話にパタスティーは重々しく頷き肯定する。
「そうなのじゃ。奴らはサンタナへの食料輸出車をことごく潰しておる。これ以上野放しにはできん」
「それはそうでしょう。明らかにサンタナへのダメージを想定した強奪。単なる盗賊ではないのかもしれませんね……ギルドがAランクとする理由がわかります」
クロードは【グラトニー】の計画的とも思えるサンタナへの攻撃に気付き、Aランクという高難易度であることへの納得を得た時、パタスティーがクロードの推測を否定した。
「いいや、そう言うわけではないのじゃ。確かに【グラトニー】は危険な組織じゃ。しかし最も重要な問題は頭領にある」
「……というと?」
「いうたじゃろう。頭領の首には500万ヘズの賞金がかかっていると。それに魔物増加も恐らくやつが関わっておる」
500万の賞金首。それがどれ程の危険を示す数値であるかはクロードにもわかった。
しかし魔物増加の件と盗賊がどう関係しているのかはわからなかった。
「頭領の名はエクスリヤード ルーゼンドット。〝魔物使い〟じゃ」
魔物使い──魔物を召喚もしくは契約し服従させることで使役する特質な魔法使いを指す。その特異性から地域によっては闇の魔術として忌み嫌われ存在でもある。
「魔物使い……それは厄介ですね」
「やってくれるかの?」
「もちろん、サンタナは俺の大切な家族と仲間の住む街です」
そうしてクロードは巨大盗賊組織【グラトニー】退治の依頼を承諾した。
それからオフィスを出て2階にいるパーティメンバーのところへと戻った。
メンバーは酒場の一角に集まり談笑していた。
「あ、リーダーお帰り〜。ギルマスの話ってなんだったのー?」
最初にクロードに気付いたエマ シーヤがそう声をかけてきた。
「新しい依頼についてだ。先に言っておくがかなり厄介で危険な依頼だ」
クロードのセリフと表情から相当な依頼なのだとエマ、アレックス、エイシャは真剣にクロードの言葉に耳を傾けた。
「難易度はAランク、内容は盗賊退治。【グラトニー】と呼ばれ規模は不明。頭領はエクスリヤード ルーゼンドットという魔物使いだ」
クロードの魔物使いという言葉に一同驚きと怪訝の声を挙げる。
「オイオイ、魔物使いっていやぁおとぎ話に出てくるような架空の悪者じゃねーかよ。そんなやつ実際にいるのか?」
「魔物使いの伝説は聞いたことがありますが、まさか現代にも存在するなんて……」
「そんなやつ相手にして大丈夫なのー? ただでさえ盗賊退治は大変なのにさー」
3人が一斉にクロードへと詰め寄り、クロードは宥めるように皆へ言い聞かせた。
「大丈夫だ、と断言はできない。相手の実力は未知数で危険は高い。だがこれはこの街存続をかけた戦いだ」
クロードの言葉に3人は押し黙る。
「それに魔物使いってことは敵はあくまでも戦い慣れている魔物だ。未知の存在ってわけじゃあないだろ」
クロードがそう説明し、3人はようやく納得したようで先ほどよりまえむきなしせいをしめした。
「わかったよ、やりゃいいんだろ」
「まぁそもそもギルマスに頼まれた時点で引けないしねー」
「そうですね。ですが、それにしてもミーシャさんのことはどうするんですか?」
エイシャの質問にクロードは顔を落とし、沈黙した。
やがてゆっくりと頭を上げ、まっすぐな目で問いに答える。
「あいつの参加はこれまで通りなしだ。俺もこんな時期にでかいヤマなんか抱えたくないが、俺らが【グラトニー】を止めなきゃこの街の存続に関わる。これは俺たちのための戦いだ」
クロードの強い意志が篭った言葉に、一行はもはや追求することはなかった。
そうして【グラトニー】退治の依頼の話がようやくまとまった丁度その時、突如地響きが鳴り響いた。
「な、なんだ! 地震か⁈」
「いや……っおい! 外を見ろ!」
「なっ……なんだよあれ……」
周りの冒険者たちもにわかに騒ぎ、窓辺にいた冒険者たちは外のある一点を見つめて唖然としていた。
クロードは突然の揺れに足元をふらつかせながらも状況を把握しようとあたりを見渡し、いつ何が起こってもいいように武器へと手をかけていた。
「ちっ、何が起こった?」
クロードが窓辺で遠くの何かを呆然と見つめる冒険者たちにそう訊ねる。しかし冒険者たちは口をあんぐりと開いたまま硬直していてクロードの問いに答える余裕はないようだった。
「おい、クロード。とにかく外へ出て様子を見よう!」
アレックスがそうクロードに伝え、4人は冒険者ギルドの外へと飛び出した。
地響きは未だ断続的に続いており、到底普通の状況ではなかった。
そして外に出た4人はその振動の原因をこの目に収めた。
そこには崩れ去る鐘楼と、その上を飛ぶ巨大な黒いドラゴンが映し出されていた。




