Film.023 アルケミー
モネク ウリィンフィリーのはいた溜息は呼吸を整えるためと、彼彼女らに対する呆れが多分に含まれていた。
「名前を知っているならわかると思いますけど【北夜の魔王】には関わらないほうがいいですよ。いえ、関わらないでほしいです」
モネクの切実な願いにリネラ リーバスタビオとシグレナリア フォーは小首を傾げ頭上に疑問符を浮かべた。
「なんで?」
「もしお客さん達が【北夜の魔王】の機嫌を損ねた場合、この街が滅ぶからです!」
魔界に関する噂は数多くある。尾ひれがついた話も多いが、しかし噂がある以上元ネタはどこかに必ずあるものだ。
1匹の魔物に滅ぼされた小国の話もしかり。
モネクは幼い頃からとある話を聞いて育っていた。
それは今より49年前に実際に起こった出来事だった。
現在、ニヴルヘイムと北サントメリアは隣り合わせに存在する。北サントメリアの首都の西北西に位置するニヴルヘイム。
その最も近くに存在するのがモネクの住むここ、ダラの街だ。
しかし昔……正確には49年前。
ダラの街はニヴルヘイムに最も近い場所ではなかったし、さらにいえば北サントメリア自体、ニヴルヘイムの隣国ではなかった。
ニヴルヘイムと北サントメリアに挟まれるように存在した小国、マフィリア市国。
ある日マフィリア市国で1位2位を争う実力の冒険者が、酒に酔った勢いで【北夜の魔王】ヴァローチェ カタレプシーを引きこもりの年増とバカにしふれ回った。
不運にも吸血種は耳がいい。
その夜、マフィリア市国は灰塵と化した。
「せ、先輩達……やややっぱり行くのやめた方が……その、いいんじゃない……かな?」
ミルド カリリスが弱々しくながらもモネクの意見に賛同したことで、モネクはこのまま何事もなく3人が帰ってくれるのではと期待を抱いた。
「ププッ! ミーくんビビりすぎ‼︎ 大丈夫だいじょーぶ、そんな事なんないって!」
「そうですよミルド。それにどの道マスターからの指令ですし、引くわけにはいきません」
「うっ。ま、まぁそうだけど……」
ええ、弱っ! とモネクは心の中でツッコみ落胆した。
どうもこのハタ迷惑なお客達は、どうしてもヴァローチェに会うのだろうと最早モネクは諦めかけていた。
だがそれにしても、とモネクは考えた。
この3人は一体何者なのか。
しかしそれを訊くことはどうにもはばかられた。
モネクは直感的に3人の素性は知り得ないだろうと考えていたからだ。
「まぁ教えてよ店員さん。別に店員さんが教えなくってもノヴルヘイムに行く事は決まってるんだから」
リネラの無垢な笑みが、モネクにはまるで今まで何事もなく享受していた平穏を取り上げようとする、意地の悪い笑みに見えて仕方なかった。
しかも抵抗する意味を奪われたことも相まって、仕方なしにモネクは3人の要求に屈っすることにした。
「はぁ……分かりました。しかし私自身ニヴルヘイムへの道は詳しくなくて──」
モネクは紙ナプキンにツラツラと何かを書き込むとリネラにそれを差し出した。
「案内人を紹介します。店を出て右上を見ると時計塔が見えます。その塔の横の教会にシスター・ロロという黒髪眼帯が居るはずなので、モネクからの紹介だと言えばノヴルヘイムまで連れて行ってくれるでしょう」
「ホント? ありがとー、助かった!」
爛々とした瞳をモネクに向けてはしゃぐリネラに、モネクは対照的に呆れた眼を向ける。
「私からもお礼を言わせてください。あ、それと言い忘れていましたが焼き鳥とても美味しいです」
シグレナリアがモネクにニコリと輝かしい笑顔を向けた。
「あ、あの、モネクさん……だったよね? 僕もこの焼き鳥好きだよ。追加でモモ5本欲しいんだけど……いい?」
「ミーくんって意外とマイペースだよね〜。あ、じゃモネクちゃんアタシもモモとハラミ3本づつちょーだい! あとビールおかわり!」
「えんがわ5本ください」
モネクは本日何度目か分からない溜息を吐いた後、厨房に向かって歩き始めた。
◆
──同時刻 鳳龍の大宮殿、141階層──
デイヴィッドはベッドの上で仰向けに寝転び、天井の装飾をボンヤリと眺めていた。
『ご主人さま、今日はなにもしないの?』
突如目の前に現れてデイヴィッドの焦点をボヤけさせたのはナギサだった。
「だってしょーがないじゃん。母さんにダンジョン潜るの禁止されてるしやることないんだから」
『う〜ん……確かにそうなの。でもヒマなの、遊びたいの!』
ユラユラと宙を舞うナギサをボンヤリと見ながらデイヴィッドは何をするか考えていた。
暇つぶしのためのダンジョン潜りが禁止されれば暇になるのは必然なのだ。
さらにいえば修行にしても潜って実戦を積んだ方が効率的であることが判明しているだけに、今更この部屋で修行をする必要性も見出せなかった。
『ご主人さま、れんきんじゅつ実験するの! 火花バチバチとってもキレイなの!』
「火花バチバチって……あれ失敗したから爆発しただけなんだけど。でも別にいいか。それ以外やることないし」
かくしてデイヴィッドは錬金術の実験をして時間を潰すことにした。
錬金術とは4大元素系統魔法の土と魔法陣学の複合魔術で、魔法工学はこれに数学的知識とマナ結晶力学の分野が絡む。
錬金術は物質の分離、融合、変型、変質の4つの柱を基本とし、万物創造を究極的目標に掲げている。
錬金術には絶対的決まりというべき約束事が存在する。それは錬金する際には魔法陣を使用することだ。
魔法は使用者の魔力を、鍵という名の変換装置を通すことで魔法に変化させる行為だ。
一方錬金術は既に存在している物質に指向性を与えることでより正確に細密な加工を行う。
そのため精密機巧の製作には魔法ではなく錬金術が多く使われるのだ。
それはそうと、デイヴィッドはベッドから起き上がり部屋の隅にある工房へとむかった。
デイヴィッドの部屋はデイヴィッドが試作品と呼ぶ不燃ゴミで散らかっていた。
『ご主人さまきょうは何をつくるの?』
「刀だよ」
『かたな?』
「そ、刀。ナギサは知らないだろうけど。見てたらわかるから」
この世界には刀がないのかとデイヴィッドは思いながら、頭に疑問符を浮かべるナギサをよそに刀の製作に取りかかった。
まずデイヴィッドはガラクタの中からデメロガンダの詰まった瓶とアダマンタイトのインゴットを取り出した。
今回デイヴィッドが作ろうとしている刀は普通の刀とは少し違った。
デイヴィッドはある構想を持っていた。
普段は液体だが魔力を流すと凝固する刀だ。
何故そのようなことをするかというと、デイヴィッドはカッコいいと思っているのだ。
某メガネの美少女に憧れているのだ。
実際、デイヴィッドはすでに1度、血を水系統で操り刀を精製しようとしたことがあった。
しかし実際にやったところ貧血で戦うどころか強烈なめまいに襲われ動くことさえままならず、自らの血を使うことは断念していた。
その妥協案が今回の刀製作であった。
「まぁフツー考えたら自分の血使うのってリスク高いしな。かっこいいから憧れるけど」
そう呟き、じゃっかんの未練を残しながらも魔法陣を刻いていくデイヴィッド。
魔法陣は形により指向性が変化する。
そのパターンは複雑で、専門家の間では魔法陣が与える変化は無限に存在すると言われていた。
しかし今回デイビッドが刻いた魔法陣はそれほど複雑ではない。物質の融合は錬金術の基礎だから当然だ。
刻き終えた魔法陣の上にデメロガンダとアダマンタイトのインゴットを置き魔力を込める。
すると2つはみるみる形を変えていき、まるで2色の絵の具をパレットでかき混ぜるようにして1つの融合した。
「で、あとは液体から刀の形に変化する指向性を与えなきゃだけど……これはたしかデメロガンダの加工法が本に載ってたからいけるはず」
デイヴィッドが腰に下げた正方形の物体に手を触れ集中すると、デイヴィッドの手に本が現れた。
この立方体の箱は1歳の誕生日にオリンクルシャから貰ったアイテムボックスの上位交換、方舟だ。
デイヴィッドはこの方舟を常に腰からぶら下げていた。
「加工法加工法〜……っと、このページか」
デイヴィッドが取り出したのは錬金術入門書という錬金術の基礎的な知識や学習内容がのっている本だ。
その後半の方のページにデメロガンダの加工法が載っていた。
「ふんふんなるほろ。凝固条件と融解条件の設定が必要なのか」
デメロガンダは通常液体で、この状態を融解状態とする。
融解状態であるデメロガンダはある特定の条件を設定することで凝固状態に変化する。
この条件設定を行うのに必要な魔法陣は錬金術入門書に載っていた。
条件設定は錬金術の4つ柱の1つ、変質の応用で少し複雑な魔法陣を使用した。
デイヴィッドは本に載っていた魔法陣を紙に刻いていく。その時に魔力を流した時凝固する、という条件を刻き加えるのだ。
これで通常時は融解状態の液体金属が魔力を流した時は刀になる。
デイヴィッドは、鈍い光を放つ赤黒いオリハルコンとデメロガンダの合金を先程刻いた魔法陣の上に乗せ魔力を流した。
すると合金はみるみる刀へと変化していった。
刃文は紅く妖しく棟は黒く光っていた。
「ふぅ、ひとまず成功か」
『これがかたななの? 長いナイフみたいなの』
「長いナイフって……でもそんな感じだ。あとこれたぶん研磨とか色々しなきゃいけないんだけど。そういや名前つけなきゃな。ナギサはどんなのがいいと思う?」
刀には絶対に名前がついていると思っていたデイヴィッドはナギサに名付けを任せることにした。
『んん〜……じゃあ黒いから黒鳳蝶なの』
「おお、なかなかオサレなネーミングセンスだな。じゃそれで決まり。これは今日から妖刀・黒鳳蝶だ」
ナギサの思いのほかに厨二なネーミングはデイヴィッドのツボを刺激したらしく、黒鳳蝶を掲げながらそう宣言した。
『クロアゲハは妖刀なの?』
「いや全然。でも妖刀って響きカッコイイじゃん?」
『妖刀じゃないと妖刀って名乗ったらダメだと思うの……』
「うっ、確かにそうだけどさ」
ナギサに指摘され苦い顔をするデイヴィッド。
妖刀の定義などデイヴィッドは知らないが、少なくとも素人が作った刀を妖刀とはいわないだろう。
液体になる、という点で確かに物珍しいが、妖刀と称するには微妙な特徴だ。
しかし妖刀という響きはデイヴィッドにとって相当に魅力的で、うんうんと悩んでいると突然神のお告げともいうべきアイディアが閃いた。
「そうだ! 妖刀じゃないなら妖刀にすればイイだけじゃん」
そう言うとデイヴィッドは液体状の黒鳳蝶を床に垂らし、空中に魔力を使って魔法陣を刻きだした。
『ご主人さまなにするの?』
「闇魔法と重力魔法の付加」
デイヴィッドはナギサに説明しながら魔法陣を刻いていく。
付加は柱の1つ、融合の応用だ。
そして物質に属性そのものを付加するには物質に直接魔法陣を刻かなければいけない。
しかし当然ながら液体に直接魔法陣を刻き込むことは不可能だ。
また、刀状態の黒鳳蝶に魔法陣を刻くことも極めて難しい。
それは刀のサイズの問題からだ。複雑で細かい魔法陣を刀に刻くには相当な器用さが必要になる。
そこでデイヴィッドは魔法陣を埋め込むことを考えた。
錬金術は魔法陣に魔力を流し物質に影響を与える技術だ。
その魔法陣自体を魔力で作り出すことで、魔法陣を刻きこむ作業と魔力を流す作業を同時に行うことが出来るというわけだ。
通常魔力は体外に出した瞬間に雲散して消えてしまう。
しかしデイヴィッドは昔から、体外に出た魔力を操るというムダな修行をよくしていた。
それは魔法を使う際には全くもって意味をなさなかった。
しかし液体に魔法陣を刻き込むことにおいては画期的な方法だった。
デイヴィッドは知らないが、これは錬金術学的に偉大な発見だった。
デイヴィッドは魔力を使って刻いた魔法陣を液体の黒鳳蝶に押し付けた。
すると黒鳳蝶は一瞬輝き、すぐに物言わぬ状態に戻た。
ちなみになぜ付加させたのが闇魔法と重力魔法かといえば、妖刀といえば闇魔法だから。
しかしデイヴィッドは闇魔法が苦手で闇魔法単体の付加ではショボい効果しか得ることができない。
よって闇魔法と性質の似通った重力魔法で補助したわけだ。
「これで黒鳳蝶は魔力を流すだけで闇と重力操作系の魔法が使えるっていう優れものだ」
『でもでもご主人さま。ご主人さまは自分で魔法がつかえるのに、わざわざ魔法がつかえる刀をつくる意味があるの?』
「ない! けどカッコいいからイイじゃん!」
そうしてナギサは微妙な表情で、デイヴィッドは満足げな表情で妖刀・黒鳳蝶の製作は完成をみたのだった。




