Film.015 バースデー
──1ヶ月後 鳳龍の大宮殿、140階層──
その日は珍しく【鳳龍】オリンクルシャとリネラ リーバスタビオ、シグレナリア フォーそしてデイヴィッドが全員揃い部屋にいた。
オリンクルシャとリネラ、シグレナリアは円卓に向きあって座り、デイヴィッドはオリンクルシャの膝のうえにのせられていた。
オリンクルシャは近ごろダンジョン防衛に忙しく、リネラもその手伝いと相変わらずデイヴィッドの世話で忙しく、シグレナリアは……と、そこまで考えてデイヴィッドはあれ? と思った。
デイヴィッドはシグレナリアが一体何をしているのか知らなかった。
シグレナリアが働いている姿をデイヴィッドは見たことがなかった。
デイヴィッドがリネラに拾われ鳳龍の大宮殿にきてから1年。
それまで考えていなかった衝撃の事実にデイヴィッドは気づいてしまった。
そう、シグレナリアが、いわゆるニートだということに。
だがデイヴィッドは、そんなはずないとシグレナリアの方へ顔を向けた。
その表情は愕然が隠しきれずに表れていた。
デイヴィッドの心情など知るよしもないシグレナリアは急に向けられた、どこがあわれみをふくんだように感じるデイヴィッドの視線に気づくと振り向き、どうしたんですか? と優しく問いかけるように首を傾け笑顔を返した。
その笑顔が、この時ばかりはなにか裏があるのではないかと疑い、デイヴィッドはすかさず視線を逸らした。
デイヴィッドはなんとか気持ちを整理しようとした。
例え居候の穀潰しでもデイヴィッドは決してシグレナリアを見捨てないと1人、心に誓った。
だがやはりにわかには信じ難かった。
シグレナリアの人柄はよく理解していた。
その上でシグレナリアがNEETという立場に甘んじるとは思わなかった。
デイヴィッドは記憶を掘り起こし、シグレナリアが働いている姿を思い出そうとした。
しかしデイヴィッドはいくら考えてもシグレナリアの働いている姿を思い出すことができなかった。
ただ、ミルド カリリスがシグレナリアの仕事についてなにか言っていたことを思いだした。
ミルド曰くシグレナリアはオリンクルシャの〝矛と盾〟らしい。
ダンジョンの防衛やダンジョン外での任務が多く、部屋から出たことないデイヴィッドが目撃することは少なかっただけだとようやく気付いた。
つまりシグレナリアの仕事は自宅警備員。
……やっぱり働いていなかった。
デイヴィッドがシグレナリアに再度同情の視線を送ったろうとしたその時、ようやくオリンクルシャが口を開いた。
「それじゃ、それそろお祝いをはじめようかしら。デヴィくん……お誕生日おめでとう」
「デイヴィッドくんやっと1歳だねー! ショートケーキ買ってきたけどデイヴィッドくんにはまだ早いからアタシが食べるね!」
「あ、リネラずるいです……っではなくて、それは坊ちゃんのです! それはそうと、坊ちゃん。私は感動しています……あんなに小さかった坊ちゃんがもう1歳だなんて……信じられません」
先述の通りデイヴィッドはこの世界にきて、正確にはリネラに拾われオリンクルシャの養子になったあの日から1年が経った。
つまりデイヴィッドは1歳になっていた。
実際の誕生日とは数日ズレていたがそんなことは些細なことだ。
デイヴィッドは3人に囲まれて誕生日を祝ってもらえること、それだけで嬉しかった。
欲を言えばミルドもいて欲しかったのだが、ミルドは仕事が忙しく来れなかった。
ちなみにこの世界の暦はデイヴィッドが元いた世界と全く同じだ。
この1年、生まれた当初と比べるとかなり成長したなとデイヴィッドは自分でも思った。できることが目にみえて増えた。
「リネラ。ショートケーキ、たべる」
まず第1にデイヴィッドは喋れるようになっていた。
そしてデイヴィッドの訴えにリネラが不平不満の抗議をしていた。だが今回の主役はデイヴィッドだ。そのデイヴィッドを差し置いて食べようなど言語道断だ。
それにデイヴィッドは実のところ甘い物好きだった。
そのうえケーキなど、前世も合わせて1年以上食べていない。
だから欲しいに決まっていた。
「ホント、往生際が悪いですよ。ちゃんと坊ちゃんにあげてください」
そう言ってシグレナリアはデイヴィッドに切り分けられたショートケーキを渡した。
「それと坊ちゃん、食べきれなかったら無理しなくていいですからね。私が食べますから」
「ちょっ、シグレこそズル! デイヴィッドくんまだ小さいから全部食べれるわけないじゃん‼︎ なに自己犠牲みたいな感じでショートケーキ食べようとしてんの⁈」
「いいじゃないですか。それに先にズルしたのはリネラです」
「なっ、そんなの関係ないよ!」
激しい口撃、にらみ合いをしながら喧嘩をする2人。そんな2人の激闘などデイヴィッドにはどうでもよかった。
ただデイヴィッドは余ったとしても2人にあげる気にはなれなかった。
「……ケンカ、ダメ」
「うぅ、すみません」
「っごめんデイヴィッドくん!」
デイヴィッドが涙目で制すると、2人は即座にケンカをやめた。これも新たにできるようになったことの1つではあった。
デイヴィッドの持っている現在最強の武器、泣き落としだ。
そして次に魔法。
デイヴィッドはすでに下級クラスの魔法を3人に見せていた。
反応はひと言でいえばいつも通りだった。大袈裟なほど驚かれて喜ばれて泣かれて、といった感じ。
しかしデイヴィッドは少し怒られた。
魔法は危ないから1人でやるな、ということだ。
それからはシグレナリアの監視下……もとい指導下で、基礎知識を知るための座学と、実技的な修行をすることになった。
先生がいた方がデイヴィッドにとっても嬉しかった。
「ふふ、デヴィくんは優しいわね。喧嘩を止めてくれたご褒美をあげるわ」
「いやマスター、それってご褒美じゃなくて誕生日プレゼントなんだけど……しかもアタシがあげるつもりだったやつ」
この世界にも誕生日プレゼントというものが存在した。
ただ毎年誕生日を祝う平民は滅多にいない。金持ちならば毎年祝っていても支障はないが、生活の厳しい平民では1歳と5歳と10歳、それと成人の16歳くらいなのだ。
その後、個人で祝う祝い事など結婚と出産くらいしかしない。
ともかくデイヴィッドは事前に、世話役のリネラには誕生日プレゼントは何がいいのかと訊かれてた。
なのでデイヴィッドはリネラからのプレゼントがなにであるかを知っていた。
「それにしてもデイヴィッドくんは本当賢いね! というか子供らしくないっていうか……普通なら本なんて欲しがらないよ」
そう、デイヴィッドが頼んだのは本だった。それも歴史や外国語の本だったり、リネラの言ったとおり絵本のような子供らしいものではなくガチの本だ。
ちなみにデイヴィッド達が今話してる言語は旧セレスナ帝国が広めたこの世界で最も広範囲で使われているセレスナ語だ。
セレスナ語以外にも大亜連合では大亜語が使われていたり、北の方にある聖教国では神語が使われている。
他にも種族や民族でバラバラなのだが、デイヴィッドは代表的な大亜語と神語くらいは覚えておきたいと思っていた。
3ヶ国語使えます、とか言ってみたかった。
前世では日本語とたどたどしい英語しか使えなかったため、デイヴィッドは複数の言語を使いこなせる人に憧れていた。
リネラがデイヴィッドにプレゼントした本は全部で4冊あった。紙の質感はプリント用紙よりあらく和紙に近い印象。
革の表紙には刺繍で題名が書かれており、中のページは手書きだった。
最初にデイヴィッドが手に取ったのは魔物図鑑とめいうたれた黒革の本だった。
中には魔物の種類、特徴、生態、生息域なんかが書いてあるらしかった。挿絵も多かった。
次に手にした大亜語文法書は大亜語の勉強ができる本で白に金色の糸で刺繍された表紙がきれいだった。
魔法基礎という題名のサファイア色をした、4冊の中で最もくたびれ古そうな本は下級から中級、それに少しだけだが上級の魔法が載っており、魔法理論も書いてあった。
カンタン世界史という本は子供向けの歴史書で、この国を中心に噛み砕かれた世界の歴史が載っている青表紙の本だった。
「リネラ、ありがとっ!」
「いやいやいーよ。デイヴィッドくんのためなら誕生日以外でも本くらい買ってあげるよ」
リネラのその言葉をデイヴィッドはしっかりと記憶し言質を取っておくことにした。
この世界の知識を知りたいデイヴィッドにとって本はいくらあっても困らない。いくらでも欲しいものだった。
もちろんだからといってリネラに際限なくたかるつもりはないが、いくらか期待は持っていた。
今回のリネラのプレゼントはデイヴィッドにとって本当に嬉しいものだった。
「リネラは本ですか。坊ちゃんにはいいプレゼントだと思いますが私にはかないませんね」
シグレナリアが自信満々にそう告げた。
どうやら1人ひとつ、デイヴィッドにプレゼントを用意していたらしくデイヴィッドはワクワクしながらシグレナリアのほうをみた。
「私からのプレゼントは、精霊さんです」
「えっ、シグレそれって良いの? 精霊術の譲渡は森艶種以外は絶対ダメなんじゃ……」
「確かに精霊術とそれに準ずる技術の秘匿は全森艶種の義務ですけど、最近はその義務に従わない者も少なくないですし、長老達も外交手段の1つとして使ってますから。坊ちゃんならいいと思います。それにどのみちバレません」
シグレナリアはなんでもないふうにそう言ったが、デイヴィッドはそれでいいのかと森艶種の掟のゆるさが心配になった。
しかし精霊術に興味があったのも事実。
想像はついたものの精霊種についてさえ深くは知らなかったデイヴィッドはそのことも訊こうと思った。
「せいれー?」
「そうですよ坊ちゃん、精霊さんです。精霊さんは大分すると妖精種に分類される種族の1つで、人類では基本、森艶種と矮鉱種にしか存在を感知出来ません。たまに人間種や魔人種でも感知出来たらしいですけど。なんでも魔力察知能力に優れていると普通の人間種とかでも見えるのだとか。
そして精霊術です。精霊さんはその優れた……優れ過ぎた魔力流動能力から、精霊さん単体では魔力を生み出すことが出来ません。そこで、魔力の生み出せる別の種族と契約することによって魔力をもらい魔法を発動するのです。これが精霊術です。言ってしまえば自動で魔法を発動してくれる鍵のようなものですね」
シグレナリアの話を聞き、デイヴィッドはすぐに精霊術のメリットに気がついた。
魔法は複数同時には使えない。
相当イメージ力があれば可能になるのだが少なくともデイヴィッドには無理だった。
だが精霊種と契約すれば、例えるなら脳が2つになるようなものだ。
だから2つ同時に別々の魔法が使えるようになる。
しかし契約といっても、見えない精霊種とどう契約するのだろうとデイヴィッドは疑問に思った。
それが森艶種と矮鉱種以外の人類が精霊術を使えない理由なのだから。
そうデイヴィッドが考えたことがシグレナリアにも分かったのか、シグレナリアがない胸を張って得意げに説明し始めた。
「人間種、つまり坊ちゃんがお1人で精霊さんと契約することはこの上なくむずかしく面倒です。それでも坊ちゃんならお1人でも契約できそうですけど……ですが私がいればあっという間に契約できます。仲介すればいいのです。まず私の手に触れてください」
「わかった」
デイヴィッドはこれから何が行われるか少し不安だったがシグレナリアに言われた通り、シグレナリアの差しだした右手に触れた。
「今回は元々私が契約していた精霊さんの1人と契約してもらおうと思います。それでは契約を始めますが、いいですか坊ちゃん?」
「うん、いいよ」
「それでは……聖なる精霊、紅き液体を介し導き、契りをちぎり誓いの譜を紡ぎ伝える──……」
シグレナリアがうつむき目をつむり、歌うような不思議な言語でゴニョゴニョひとり言をつぶやき始めた。
すると突然シグレナリアの手に触れたところがあたたくなった。
しかしその感覚はすぐに消え、かわりにある変化が訪れた。
デイヴィッドの目の前に突然、身長15センチくらいの小さな少女が現れたのだ。
少女はクセの激しい濃い青髪をショートカットにしており瞳の色はクバルトブルー。
ジト目で無表情、というより眠そうな表情。服装は民族衣装のようなものだった。
少女は今にも眠りに落ちそうな雰囲気だったが、ジッとデイヴィッドの方を見つめていた。
「その子は水の精霊さんです。無口ですけど人見知りなだけでとっても可愛い子ですよ。1度精霊さんと契約すれば精霊さんは見えるようになるので、次からは坊ちゃんだけでも契約出来ます」
原理はわからないがどうやらデイヴィッドは精霊種が見えるようになったらしい。
試しにと辺りを見渡してみたがたった今現れた少女以外精霊種らしき姿は見当たらなかった。
精霊種は自然に寄り添い存在するが数が少ないため、こうして部屋を見渡しても見つかることはない。
また複数の精霊種と契約しているはずのシグレナリアの周りにも精霊種はいなかった。
これは精霊種が次元の制約に縛られず、普段は別の次元にいるためだ。
デイヴィッドはとにかく、目の前の小さな少女に挨拶することにした。
「なまえは?」
『…………ナギサ』
「ナギサ、よろしく」
『……ん』
どうもコミュ障同士の会話みたいになってしまった。
元来のデイヴィッドはおしゃべりな方なのだがまだあまり滑舌がよくなくろれつが回らないため口数が少なくなっているのだ。
精霊少女はナギサというらしい。
和風な名前から、デイヴィッドはシグレナリアが名付けたのだろうと推測した。
「私からは以上ですね。改めてお誕生日おめでとうございます」
シグレナリアは最後にそう締めくくり、目線をオリンクルシャに向けた。
当然、オリンクルシャもプレゼントを用意していた。
「私からはこれよ」
そう言ってデイヴィッドに手渡されたのは一辺5センチかそれより一回り小さなキューブ型の何かだった。
「これ、なに?」
「それは昔、私が古代種の墳墓から盗ん……貰ってきた〝方舟〟というアイテムよ」
オリンクルシャは咄嗟に出かけた言葉を言い直した。しかしどう言葉を選んでも、実際はただの墓荒らしだ。
「この国では一般的に、5歳になるとアイテムボックスという時空間系統の魔導具を贈るのよ。アイテムボックスはある程度の量なら重さと大きさを無視して収納出来て、収納量はモノによってバラバラなの。収納量が多いほど値段も高くなるわね。でもアイテムボックスは時間停止もできないし、生き物も入れられない点、方舟は無限収納だし時間経過を止めたいモノは止められて、生物も収納出来る優れものなのよ」
オリンクルシャの説明からデイヴィッドはようするにアイテムボックスの上位交換だと解釈することにした。
「リネラ、シグレ、ママ……ありがと」
デイヴィッドは心の底から感謝の言葉を口に出した。
それはこのプレゼントのことだけではなく、この1年間ずっとデイヴィッドを育ててきてくれたことにたいする感謝も含めて。
単純な言葉ではあったが、3人にもその想いは伝わった。




