Film.013 グロウス
──3ヶ月後 鳳龍の大宮殿、140階層──
デイヴィッドが初めて魔法を使ってから3ヶ月。デイヴィッドはとうとう悲願を達成させた。
思えば長く険しい道のりだった。
孤独な戦いだったがデイヴィッドは戦いぬいた。
デイヴィッドは遂に歩くことに成功したのだ。
しかも元大学生のデイヴィッドが歩くと言えば、それは完全なる二足歩行のことを指す。手すりを持って数歩、たどたどしいく……というレベルの話ではない。その段階はとうの昔に超えていた。
デイヴィッドが毎日欠かさなかった筋トレが意味をなしたかどうかは不明だし、デイヴィッドの知識に子供の平均成長速度はなかったし、あったとしてその知識が異世界でも通用するのかはわからなかった。
しかしデイヴィッドは自身の成長速度は早いと思うことにした。でなければあまりに報われない。
それに、当初目標としていたハイハイは筋トレを始めてから5日で出来たため、それ程すぐに目標を達成できたのはなんらかの影響があったかはではと考えた。
結局のところ気持ちの問題なので深く考える必要はない。
ただし問題はあった。
それはデイヴィッドが出来るようになったになった諸々を【鳳龍】オリンクルシャやリネラ リーバスタビオ、シグレナリア フォーに一切明かしていないことだ。諸々とはつまり二足歩行や会話や魔法のことだ。
なぜ隠していたか。それには深いわけがあった。
3人がデイヴィッドの歩く姿を見たいであろうことくらいデイヴィッド自身も想像がつかないわけではなかった。
しかし、デイヴィッドは普通に見せるだけでは面白くないと思っていた。
元々、二足歩行や会話を秘密裏に練習していたのは劇的にカミングアウトするつもりだったからなのだ。
また、会話や魔法に関していえば、なるべく基礎的な知識を身につけてから見せたかった。
基礎ができていればその分、早いうちから色々教えてくれるだろうと考えたからだ。
文字の読み書きや、魔法理論を教えてもらうのになんの予備知識もない状態では学んでも意味がないと判断され、後回しにされれば幼少期からの修行チートができなくなる。
そういうわけで今まで隠れて修行してきたのだが、そろそろ打ち明けてもいい頃だろうとデイヴィッドは思った。
試しに2ヶ月くらい前、オリンクルシャをママと呼んだ。
するとオリンクルシャは泣いて喜んだ。
あまりの大袈裟な反応にデイヴィッドは固まったがまんざらでもなかった。
またあんなふうに喜んでもらえるのかなと思うとデイヴィッドの心は自然と弾んだ。
「え? デイヴィッドくん……歩いて、ます?」
そして念願の歩行能力を手に入れた喜びとオリンクルシャの喜ぶ姿を想像してテンションの上がっていたデイヴィッドは、部屋に入ってきたシグレナリアに気が付かなかった。
デイヴィッドとシグレナリアの目を交差させ、たがいに動きを止めた。
瞬間、デイヴィッドはヤバイと思った。
いや、何もヤバイところはないのだ。
そのうち見せる予定だったのだから、今見られたところで問題はないはずだ。
しかしデイヴィッドは出来ればシグレナリア単体に見られることは避けたかった。
シグレナリアはどうもデイヴィッドを溺愛しているフシがあった。
そのこと自体はデイヴィッドとしても嬉しかったが、シグレナリアは親バカがヒドかった。
デイヴィッドはオリンクルシャをママと呼んだ後、リネラとシグレナリアの名前も呼んでみた。
リネラは嬉々とした声をあげ軽いハグをしただけだったのだが、シグレナリアはオリンクルシャ同様涙を流し、デイヴィッドが天才であるという内容の文句を長々とタレ流しつづけ、その後シャレにならないレベルの力でデイヴィッドに抱きつき離れなかったのだ。
ようするにシグレナリアのオーバーリアクションは、デイヴィッドにとって非常に面倒くさいものだったのだ。
デイヴィッドが歩いてたことが衝撃的すぎたのか、シグレナリアは普段の無表情からは想像もつかないマヌケな表情を顔に貼りつけフリーズしていた。
あまりに微動だにしないのでデイヴィッドが不安を抱きはじめたあたり時、ようやく脳が再稼動したのか歓喜の涙を流しながら1歩ずつ噛みしめるように動き出す。
「……デ、デイヴィッドくんが歩いてます! しかもしっかりとした足取りで‼︎ い、いつの間に出来るようになったんですか⁈ 見逃しちゃったじゃないですか初めて歩いたところ、絶対見ようと決めてたんですよ、なんで見せてくれなかったんですか⁈」
シグレナリアはデイヴィッドに無茶苦茶を言ってきた。
デイヴィッドは子供になにを要求しているんだと批難の目をやるが今のシグレナリアには伝わらない。
「はっ! そうです、マスター達に知らせないといけません! 今日はお祝いですね‼︎」
シグレナリアは普段絶対に見せることのないような笑顔を浮かべ部屋から出で行った。
それにしても歩いただけでもこれ程喜ぶなら、デイヴィッドが魔法を使えると知った暁にはどのような反応するのか。デイヴィッドには想像がつかなかった。
魔法といえば、デイヴィッドはこの3ヶ月で相当な進歩を遂げていた。
まず魔力の扱いが上達した。
中枢源髄から魔力を取り出し、末梢源髄に魔力を流す流動速度が最初は20秒すこしかかっていたのだが今では全行程を1〜2秒でできた。
他にも役立つかはさておき、魔力を圧縮したり、体外に出ると霧散する魔力の形を留めたりなど、用途のない特技まで身につけていた。
次に魔力量だが、やはりネットノベルのテンプレ通りに魔力を使い枯渇するたび増えていった。
しかもその増加率は前日の倍。
だから3ヶ月間、毎日ずっと枯渇させつづけたデイヴィッドの魔力は以前と比べ途方もなく増えていた。
比較対象もステータスのような数値化もデイヴィッドが知る限り存在しないため、自身の魔力量が一般と比べどの程度かは知らなかったが。
しかし魔力は人外レベルに多い方がいいとデイヴィッドは思っていた。
いずれこの倍々の増加も頭打ちはくるだろうことをデイヴィッドは予期していた。
際限がなけば誰もが無限に近い魔力量を持つことができる。
しかし今のところデイヴィッドの魔力量増加がストップする気配はなかった。
これに関しては感覚の問題で確信をもった直感だった。
デイヴィッドがミルド カリリスから聞いた話では魔力量は源髄の格で決まるようだ。
つまりその個人の源髄が許容できる範囲までは、魔力の増加は止まらないということ。
デイヴィッドの源髄の限界までは今の増加速度は止まらないはずだ。
同じくミルドから聞いた話によれば、源髄の格は生まれた時点で決まってるらしい。
しかしデイヴィッドはこれが間違いではないかと思っていた。
根拠はオリンクルシャの存在だった。
これはデイヴィッドが源髄の存在を感じ取れるようになってから薄々そうなのでは、と推測していたこと。
デイヴィッドの源髄の格はオリンクルシャから授乳を受けるたびに高くなっていた。
デイヴィッドがこの仮説にいたった当初は半信半疑だった。
俺はスキルポイントを交渉スキルに全振りしたコミュ障か! ……とも1人自分自身にツッコんだりもした。
しかし思えばこれは至極当然のことだった。
オリンクルシャは朧龍種、ついでにダンジョンマスターだ。
朧龍種は数いるドラゴン系の最高峰、トップに君臨する世界の覇者だ。
そんな朧龍種は全てが規格外で涙1滴、髪の毛1本、薄皮1枚でさえあらゆる魔導具や武具、秘薬に使われるほどの魔力が込められている。
そしてそれは母乳に関しても例外ではない。
むしろ生まれて間もない子供の成長にかかわるソレが、ただの母乳なはずがない。
授乳を受けた後に身体が熱くなる感覚と眠気は、末梢源髄の格が上がったことによる火照りと中枢源髄の格が上がったことによる一時的な思考低下の結果だろう、とデイヴィッドは考えていた。
そういうわけでデイヴィッドは今でもオリンクルシャから授乳を受けてた。別に名残惜しいからではない。
最後に魔法。
いまだショボい魔法しか使っていなかったが、今のところ試しにと発動した魔法は全て無詠唱、つまりイメージのみで発動できていた。
デイヴィッドはあのオドオドした男を思い浮かべながら間違った知識を教えられたことに憤慨した。
しかしその理由も仮説の域は出ないものの想像出来た。
この世界は科学技術が進んでない。
それは技術の話だけではなく理論や概念そのものがだ。
前世で理系の大学に通ってたデイヴィッドのように、火が物質の急速な酸化による現象で、プラズマやイオン化が関係していることをこの世界の住人は知らず、熱くて実体がない程度の認識しかもっていない。
だから火の正確なイメージができずに余計で膨大な魔力の使用が余儀なくされるのだ。
そして膨大な魔力を使用する代わりにイメージを補正する役割として鍵が必要になってくる。
デイヴィッドは火の正確なイメージができた。
その結果、少ない魔力で魔法が発動し、鍵も必要なくなった。
しいていうならばこの知識が鍵なのだ。まさに知識チート。
デイヴィッドは将来、冒険者ギルド辺りで絡んできたチンピラに対して余裕の表情を浮かべながら無詠唱の魔法を行使して撃退し、チンピラにマヌケ面を晒させると決めていた。
しかし今のところ、チンピラを撃退するような強力な魔法を行使することは不可能だった。
理由は一度に体外へと出せる魔力の量が少なく、強力な魔法が使えないからだ。
こればかりは身体のサイズ、つまり年齢の問題で今はどうしようもなかった。
時間が解決してくれるので焦る意味なかった。
それと精霊術や錬金術は魔法系統のなかでもすこし特殊な技術体系で、そのあたりも追い追い覚えていきたいなとデイヴィッドは考えていた。
「デヴィくん! シグレナリアにデヴィくんが歩いてたって聞いたわ! 本当なの⁈」
魔法についてデイヴィッドが思考していると、突如部屋の扉が開きオリンクルシャが入ってきた。
その顔は我が子の成長を喜ぶ親そのものだった。
その表情が嬉しくて、デイヴィッドはオリンクルシャの頼みを聞きいれオリンクルシャの方に歩き出した。
オリンクルシャは案の定泣き出したが今日のデイヴィッドは機嫌がよく、サービス精神にあふれている。
オリンクルシャの方に辿り着くとオリンクルシャの足にしがみつき、あざとい上目遣いをしながら「ママ、大しゅき」と言ってみた。
その日、オリンクルシャは終始デイヴィッドを抱きしめ可愛がり離さなかった。




