パーティー成立
僕は金貨一枚を手にギルドで紹介された宿屋へ向かった。なんでも駆け出しの冒険者がよく利用する宿らしく、値段もお手軽らしい。
まずリーダーの人に言われた通りお金をためておかないといけないから、素直に従うことにした。
ちなみに銀貨二枚は装備の借金の返済に充てた。装備は剣と鎧込みで金貨五枚だそうだから、このペースなら一か月弱で返せる計算になるな。
武具が壊れず、僕が怪我しなければだけど。
宿はギルドから歩いて五分くらいの場所にあり、二階建てのレンガ造りの建物で宿屋を示す看板が店の前にぶら下がっている。隣にある店は食堂だろう。炊事の煙とおいしそうな匂いが道にまで漂ってきていた。
僕は入口の扉を開ける。
入口はロビーとカウンターがあり、僕と同じく冒険者らしい人や一般人っぽい人たちがテーブルに座って談笑したり、チェスのようなボードゲームをしたり、軽食を食べたりと思い思いの時間を過ごしていた。
カウンターに白髪交じりのおじいさんが座っていて、彼に泊まりたいというと返事が返ってくる。
「朝食付きで一泊銀貨三枚。昼飯と夕飯はそこらの食堂で食べられる」
とりあえず二泊分の代金を払うと、手元には銀貨が四枚だけになってしまった。
本当は千円札分の価値があるんだけど、百円玉みたいですごく心細い。
懐がさみしいっていう言葉があるけど、その意味が身にしみてわかった。
とりあえず鍵をもらって部屋に行く。部屋は二階だ。
鍵は差し込み式の外国映画に出てくるみたいなやつで、針金を曲げたらすぐに似たようなものが作れそうだ。
安いせいか、あまりセキュリティはしっかりしていないらしい。
お金がたまってきたら宿を変えることも考えたほうがいいかもしれない。
何しろここは異世界だ。治安がどれくらいなのかはわからない。
部屋の中はベッドが一つだけで、テレビもタンスもないけど整頓はされている。シーツも白く清潔そうだ。中世は衛生面に無頓着と聞いたことがあるけどさすが異世界、そんなことはないらしい。
それから一週間は同じように過ぎていった。朝起きて、ご飯を食べてからギルドに顔をだし、先輩方と一緒にクエストをこなして夕方ギルドに帰って報酬を受け取る。その中から借金を返していく。
ドロップアイテムで一日の報酬が上下するのが面白い。
銀貨数枚程度の差だけど、一度だけ金貨一枚と銀貨九枚の報酬だったときは思わず拳を突き上げてしまった。
やっぱり頑張った分お金をもらえるのはいいものだ。
ブラック企業よりよっぽど良心的だ。ギルドでもいくらかは手数料がとられるらしいけど、残業代ゼロとかじゃなく稼いだ分はちゃんとくれるし。
今日もいつものようにドロップアイテムをカウンターに出し、ルーシーさんのところでギルド認定証を提出する。ルーシーさんが目をつぶり、右手をギルド認定証にかざすと文字が浮かび上がり、戦闘経歴を記していく。
大きめのスマホに文字が入力される感じだ。違うのはタッチパネルもキーボードも存在しないところだけ。
ここまではいつもと同じだけど、カードから電子音のようなものがなったかと思うと、ギルド認定証に書かれている「F」の文字が「E」へと変わっていた。
「これは……」
ゲームでいうレベルアップのファンファーレのような音が、僕の胸の奥からせりあがるような喜びの感情を与えてくれる。
「おめでとうございます! ヒロシさん、Eランク昇格ですよ!」
僕は思わず拳を握りしめてしまった。こうして目に見える形で成長がわかるっていうのはやっぱり嬉しい。
「おめでとう! お前がEランク一番乗りだな」
ギルドのカウンターにいたザックさんが、僕の方をバシッと叩いた。
「祝いとして、その鎧と剣はお前に贈ろう。わしが借金をたてかえてやる」
「そんな! 悪いですよ」
借金とはいえ、返せる当てがある。借金の残額が少しずつ減っていくのは面白くもある。それにザックさんにお世話になりっぱなしというわけにもいかない。
「いや、受け取っておけ。代わりにお前が先輩になった時、同じことをしてやればいい。わしもEランクになった時は武器と鎧の借金を返してもらったんだ」
ザックさんは軽く僕の肩をたたいて、笑いかける。ここまで言われて断るのも、悪い気がした。
「ザックさん…… ありがとうございます」
ギルドから拍手が鳴り響く。
椅子に座った人、カウンターのルーシーさん、一緒に講習会を受けたエルマー達まで、祝ってくれた。
「あ、ありがとうございます……」
僕は感激のあまり目がうるんできた。
僕はスポーツもパッとしなかったし、何か賞をとったこともない。
人前で褒められることは滅多になかった。
小学校の頃の思い出は、人前で貶められることばかりだった。
でもそんな僕が、いまはこうして命を共にした人たちから賞賛の嵐を受けている。
「……私も」
隣のカウンターで僕と同じように手続きを行っていたグレーテルが、ぼそりとつぶやいた。
グレーテルのギルド認定証にもEの文字が浮かんでいる。
「おお! 一日に二人もEランクが出たか!」
グレーテルに対しても拍手が沸き起こった。
グレーテルの表情は一見変わっていないが、よく見ると気色満面なのがわかる。グレーテルと毎日顔を合わせているせいか、彼女の微妙な表情の変化がわかるようになってきた。
グレーテルの方が明らかに拍手の音が大きいのは、やっぱり美少女だからだろうね。
べ、別に悔しくなんかないんだからねっ!
ちなみにEランクになったので、先輩の護衛なしで一人でもクエストを受けられるようになる。これでやっと一人前だ。
「でも初めから一人でクエストを受けるのは危険ですよ。チームを組むことをお勧めします」
チームか。エルマーあたりに頼んでもいいけど、あいつはもともと仲良かったやつらと一緒にチーム組んでるっぽいしな。先輩たちとも仲良くなって、一緒のチーム入らないかって誘われているらしい。
やっぱり同じ体育会系同士、ノリが合うんだろうな。僕は何度かロビンソンさんたちとクエストに行ったけど、まだ仕事の関係っていうやつから抜け切れてない。
そこそこ気心は知れてきたけど、それだけ。僕がコミュ障気味なだけかもしれないけど。
他にチームを組めそうな相手は……
僕は先輩と話しているグレーテルを横目で見た。
グレーテルはこれまで、女性の先輩だけのチームで一緒にクエストを受けていたらしく、今もその先輩から勧誘を受けていた。確かリーリャ先輩というらしい。
「どうする? あんた結構やるし、このままウチらとパーティ組んでくれるとこっちとしてもありがたいんだけど」
「……ありがとう。先輩たちに世話になりっぱなしっていうのも悪い」
グレーテルは軽く頭を下げて断っていた。先輩たちもそれ以上追及せず、
「そっか。でも気が向いたらいつでも言いなよ。パーティは空けとくからさ」
それが終わったら、今度は別の子たちから声をかけられていた。
「俺らとパーティ組まない? 君のクエストや旅に付き合ってあげるよ。マジ優しくね?
俺って前衛系だし、君の魔法と相性いいと思うんだけどー」
グレーテルに軽い感じで誘いをかけてるのは、確かトーマスとか言ったっけ。ランクはD。槍での戦いを得意とするらしい。
イケメンで体つきもスポーツマンタイプで、見るからにモテそうだ。彼のパーティーメンバーらしい女性冒険者がトーマスにキラキラした視線を送ってきても、トーマスはそれが当然のような顔をしている。
「……いい」
だがグレーテルはイケメンの誘いを切って捨てた。
さらに、その場から立ち去ろうとする。だが、トーマスはグレーテルの肩をつかんで動きを止めた。
「なんでだよ! 理由くらい聞かせてくれたっていいだろ!」
断られるとは思っていなかったらしい。まああの顔だし、女子が自分の誘いを断ることなんてめったになさそうだしね。
「……気が合わなさそう」
グレーテルはトーマスのことなどまるで眼中にないような感じで呟き、手を振り払う。
トーマスは石像になったかのようにその場で固まってしまった。
「そうだぞ、トーマス。女子を無理に誘うなんてギルドの罰則に引っかかるぞ」
リーリャ先輩がそう言うと、トーマスは未練たらたらと言う感じで、グレーテルにねっとりとした視線を向けていたがすごすごと引き下がった。
その後もグレーテルは色々な人から誘いを受けていたけど、理由をつけてすべて断っていた。
中にはグレーテルの顔しか見ない人もいる。あからさまに下心丸出しの人もいて、見ていて気分が良いものじゃない。
人の波が落ちついた後、グレーテルは僕の方に歩いてきた。
「……ヒロシは誰とパーティーを組む予定?」
「僕? 僕はまだ決まってないけど」
だが僕がそう言うと、グレーテルは明らかにほっとしたような表情を浮かべた。
「……未定ってこと? 良かった。私とパーティを組んで」
ギルドのみんながあっけにとられる中、グレーテルは僕の手をつかんで足早にギルドを出た。
冒険者ギルドを出でしばらく歩いたところで、グレーテルは口を開いた。
「……ありがとう。こうでもしないと、無理にでもパーティに入れられそうだったから」
「僕で役に立ったなら嬉しいけど」
掴まれていた手が、ゆっくりとほどかれる。
ロマンチックな握り方でなかったけど、離すのが惜しいと思ってしまった。それくらい、グレーテルの手はすべすべで柔らかかった。
「でも、リーリャ先輩のパーティーに入ればしつこい勧誘も収まったんじゃない?」
「……先輩は良い人。でも、それだけじゃ駄目。私は魔法使いの家系。まだ見ぬ魔法を見てみたい。ヒロシは、ファイアハンドというレアな魔法を持っている。だから、Eランクになって先輩について行かなくてもよくなったら、ヒロシと一緒にクエストを受けてみたかった」
「そうだったの? だったら、早く声をかけてくれれば良かったのに」
「……こういうのは、男の子から声をかけるもの。講習会が終わった時からずっと待ってたのに、声をかけてくれなかった」
グレーテルは口をとがらせて拗ねるように呟いた。
「ご、ごめん。なんだか声をかけづらくって」
そう言えば、前にもこんなことがあったな。
中学二年のころ、いいと思ってた子がいて、委員会も同じだったから結構親しくなって、好きになった気がした。でも告白しようとは思わなかった。本当に好きかわからなかったし、なにより好きと言って断られた場合に気まずくなるのが嫌だった。
でもそうこうしているうちに他のクラスの男子に告白されて、結局そいつと付き合うようになってから僕と疎遠になってしまった。
今思えば、気持ちを伝えないでいれば今のままの関係でいられるなんて、なんで思ったんだろう。
変わらない関係なんてない。手に入れなければ奪われるものもある。
失ってから、初めて好きだって気がついた。
グレーテルを好きかはまだわからないし、グレーテルは僕じゃなくて僕の魔法に興味を持ってるだけかもしれないけど。
グレーテルを他の男に奪われないようにだけはしたい。
「じゃあ、僕からお願い。グレーテル、僕とパーティーを組んで下さい」
僕はそう言って右手を差し出すと、グレーテルの白磁の肌がほんのりと赤く染まる。
「……喜んで」
グレーテルと僕は、固く握手をかわした。
その時のグレーテルの手はさっきつないだ時よりもずっとずっと熱くて、燃えるような熱を持っていた。