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選択枝② ヘレナとの出会い

 キリの話を断ると、再び視界が切り替わった。トーマスに剣を振りかぶった体勢のままだ。トーマスの様子や、周囲の野次馬の位置から見るとさっきからほぼ時間は経過していないらしい。

「そ・こ・ま・で!」

 マルガリータの号令がかかった。

 だけど僕は、まだ剣を下ろさない。いわゆる残心というやつだ。

 トーマスが立ち上がり、下って一礼する位置に戻るまで構えたまま警戒を怠らなかった。

 なにしろさっきまでトーマスとディープキスをかましていた女子が、冷めきった視線でトーマスを見ているのだ。恥をかかされたトーマスがどんなことをしてくるかわからない。

 この町を離れることも考えた方がいいかもしれない。

 一礼した後、トーマスは仲間に付き添われて逃げるように訓練場を去っていった。

「グレーテル、フランチェスカ、じゃあ行こうか。まずはフランチェスカの治療を頼みたいところだけど……」

「……ギルドにも治癒魔法の使い手入るけど、さすがにこの状況じゃ無理そう」

 グレーテルの言ったとおり、ギルドの訓練場では僕が一日でランク昇格したことやトーマスを倒したことで大騒ぎになっていた。

 さらに別の人たちが、こちらは純粋な腕試しをしたいみたいで相次いで決闘を申し込んできたけど、こっちも疲れていたので断りを入れて早々と退散してきた。

「決闘を申し込まれているのに、避けるなんて貴族の名折れですわ」

 とフランチェスカは意気込んでいたが、

「……こっちも疲れてる。連戦は避けた方がいい。さっきヒロシが倒れたの、もう忘れたの?」

 とグレーテルが諌めたので残念そうに引き下がった。エリート・オークとの戦いぶりといい、フランチェスカは結構好戦的なところがあるらしい。

「……しょうがない。もう夜近いけど、別のところで治療してもらう」


 

 教会へ行くために夜道を歩きながら、僕はさっきのことについて考えていた。

どうして朝とあそこまで動きが変わったのだろうか? この世界にも表示されないだけでレベルの概念が存在するのか、それとも純粋に僕が強くなったのか?

 キリの話を断ったのは、トーマスとの戦いで思ったのが、自分より弱い人間に威圧されても大丈夫だけど、自分より強い人に威圧されても同じような態度をとれるだろうか? 戦闘で勝てなくても、別の手段を使ってグレーテルを守れるだろうか、と考えた時に自身が持てなかったからだ。

 それができない以上、元の世界に戻ってもまた同じ過ちを繰り返すと思った。自分より強い相手に言い寄られたら、また震えて怖くて何もできずに縮こまるかもしれないと考えたからだ。

 だから、心ももっと強くなるまでは帰れないと思った。

 それにグレーテルや、フランチェスカとこのまま別れるのは寂しすぎる。危ないけど楽しいこともあった。もう少しこの世界を楽しんでみようと思う。



教会に着いた。もうすっかり日が落ちて、教会の外装は茜色に染められている。教会の周りの畑でさえ茜色に染められていた。

僕は教会の戸を開ける。僕の身長の倍以上もある教会の門が苦もなく開いた。

以前出あったおばさんシスター、ハンナさんが中にいて、祭壇の掃除をしていた。僕たちが戸を開けた音で気がついたのか、水の入った桶と布を置いてこちらを向く。

「いらっしゃい。今日は遅くに…… どうされたんですか、その格好は?」

 僕たちのボロボロの格好を見て、慌ててこちらに駆け寄ってきた。

「クエストでけがをしたので、治療を頼みたくて……」

ハンナさんは頷き、祭壇の方に声をかけた。

「娘を呼びますね。ヘレナ!」

 祭壇の横の扉が開いて、ハンナさんと同じデザインの修道服を着た少女が出てきた。

 修道服のベールからのぞく髪はこちらの世界には珍しい黒髪で、ややくせっ毛。

 といっても東洋系の顔立ちではなく、彫りの深い外人風の顔立ちだ。目は黒く大きくて、大粒の宝石をはめ込んだようだ。色白で肌のきめは細かく、修道服に隠されているけど出るところは出ていて、十分に女の子している体つきだ。

「ヘレナと申します」

 手を体の前で組んで、お辞儀してくる。背中の丸まっていない、綺麗なお辞儀だ。

 彼女にならって、僕たちも自己紹介をする。

「では早速治療したいと思います。まず、そこの黒髪の方」

「いえ、僕は大丈夫です。それより、そっちの金髪の子をお願いします」

 僕はそう言って断ろうとした。

「いえ、駄目です。見たところあなたが一番体力を消耗しておられますし、今日は一度魔力を枯渇するまで消費したでしょう? 体力・魔力が十分でないと自然治癒力は十全に発揮されません」

 僕はグレーテルとフランチェスカに目で助けを求めるけど、

「……今日一番頑張ったのはヒロシ。ならヒロシからでいい」

「あなたはエリート・オークに接近戦を挑み、倒しましたわ。それくらいは問題ありません」

 二人ともそう言って、譲ろうとしない。

 僕はこれ以上断るのも悪い気がして、お言葉に甘えることにした。

 ヘレナが祭壇の脇に置いてあった丸椅子に座るよう促したのでその通りにする。ヘレナは僕に対面する形で腰かけた。

膝をぴったりと閉じているその姿は、貞淑という言葉がぴったりだ。腰かけたことで足首を隠すほどの長さだった修道服のスカートが少し上がり、ふくらはぎが少しだけ見えてドキッとした。

「どうかしました?」

 ヘレナが首をかしげて僕の目をのぞきこんでくる。勘が鋭い子だな…… 

「ではじっとしていてくださいね」

 彼女の細い腕がゆっくりと持ち上げられる。

「スキャン・ヒーリング」

 ヘレナの詠唱とともに彼女の眼球が白い光を帯びる。ヘレナの目が白い光を帯びるとともに、僕を凝視する。服の奥まで見ようとするかのような熱っぽさをもった視線に心が落ち着かない。

 やがて、目の光がおさまって行く。

「今のは……?」

「スキャン・ヒーリングといって治癒魔法の初歩です。打撲や切創の位置、出血の具合などを見ることができます。負傷個所が分からないと、魔力を集中させることができませんので」

 日本で言うと、レントゲンとかCTみたいなものか。それを大がかりな機械なくできるなんて、さすがはファンタジーだ。

「ヒロシさまは右腕に五か所、左腕に七か所の浅い切り傷があり、その他にも多くの負傷があります。後は頭蓋骨に強い力が加わった形跡がありますね」

 ヘレナは診察を終えると、僕の額に向けて両手をかざした。

「ルカ・ヒーリング」

 ヘレナの両手が白く淡い光を放った。

 僕の体が白い光に包まれる。同時に、さっきまで断続的に鈍い痛みを放っていた傷から痛みが消えて、暖かさに包まれる。

 暖かな布団にくるまれているような心地がして、眠たくなってきた。


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