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小話. ヘタレ王の婚約 最終話

5話同日投稿の五つ目です。これで最後です。

「全く…陛下は、母国語になると口が悪くなりますね。シエナ姫も言葉が分かっておりますね?ご覧なさい、脅えてしまっている」


「アゲット…」


「陛下、ユークレースがこの場にいたならば、感情的になるのは王として相応しくないと貴方を叱っていたでしょうね」


「……」


常に冷静でいなければならないと、俺を叱責していたユークの声を思い出す。

震えていた拳をゆっくりと開けば、かすかに血が滲んでいた。


それを見たアゲットが、俺の両手をハンカチで押さえてくれる。

そして、優しく背中を撫でられれば、王女に向けていた怒りの感情が、ぐんぐんと萎んでいく。


王女を見やると瞳にたっぷりと涙を浮かべ、すっかり眉尻を下げてしまっていた。

当たり前だ、十も年上の男に怒鳴られたら、どんなに気の強い女性だって恐怖を感じるだろう。


途端に申し訳なさが込み上げてくるが、今の俺には何も言葉が出てこなかった。

王女が気兼ねなく話が出来るようにと人払いをした結果がこれとは、情けないにも程がある。




「シエナ姫、昨日の昼に貴女のお父上であるマラカイト王が、私の所へやって来ましたよ」


「と、父様が…?」


「ええ。貴女が無事にこの国に着くのか心配で、分からぬ様に後をついてきたそうです」


「まさか、父様がそんな事を…」


「貴女様は、マラカイト王国の為に幼い頃から力を尽くしてきたそうですね。兄である王太子よりも頭が良く聡明で、国や民の事を誰よりも想っていたと。女性である事が悔やまれてならないと、国王陛下は嘆いていらっしゃいましたよ」


「……私と二人きりの時は、いつも言っていたわ。私が男で第一子だったなら…って」


「王太子が無能な訳では無いようですが…貴女は、それを上回る才能を持ち、努力もして来たのでしょうね。それも全ては、マラカイトの王であるお父上の力になりたい一心で。そんなシエナ姫を、誰よりも愛していると仰っておりましたよ」


シエナ王女の頬に、一筋の涙が流れる。

父に捨てられた、邪魔になったなどと、やはり違っていたのか。




「アゲット、昨夜使者が来たと言うのは嘘だったのか?」


「正確には、使者ではなくマラカイト王本人でしたね。陛下には、ああ言ってくれと頼まれたのです」


「父様は今どこに…?」


「話すだけ話を終えて、今朝方に国へお帰りになりましたよ」


「待ってくれアゲット…俺は一国の王をもてなす所か、存在すら知らされていなかったぞ!」


「マラカイト王が絶対に言うなと仰るので」


「お前は誰の臣下なんだ!」


「まあ陛下、お聞きなさいな。シエナ姫、貴女様のその頭脳と志を、我が国で存分に奮ってはいかがですか?」


「え…?」


「お恥ずかしい話になりますが…我が国では、未だ正式な宰相という者が居ないんですよ。私が司書部長と兼任で宰相という立場を賜っておりますが、どうにも、歳も歳ですし…色々と不都合な事ばかりでして」


「…と、歳?」


「シエナ王女、彼はこう見えて六十を過ぎている立派な老人だ」


「嘘……」


「やや若く見られる様ですが、今年六十三になるのです。もうそろそろ、隠居をさせていただきたいのですよ」


幽霊でも見ているかの様な顔をしたシエナ王女が、首を傾げたまま固まっている。

だが、俺が何も否定しない所を見て、無理矢理に納得をしたようだ。


「そこで!シエナ姫、ヘリオドール陛下の右腕として、手腕を発揮してはどうでしょう!建前上は王妃としてこの国に嫁いでいただく事になりますが、ヘリオドール陛下は性別や身分に、然程こだわりはありません。王妃として、この国の宰相として、どうか腕を奮ってはもらえませんか?」


「アゲット、お前は本当に…」


「ああ、返事はすぐでなくとも構いません。陛下の大声に、さぞお疲れでしょう。本日は、これにて失礼しますゆえ、ゆっくりとお休みください。さ!姫を頼むぞ!」


両手をパンパン、と叩いたアゲットが、侍女達に指示を出していく。

どこかやりきった様な清々しい顔をして。


謝らなければと足を留めた俺は、部屋から引っ張り出されて、何も言えないまま私室へと戻ってきた。

何も口にしていないでしょうと、軽い夕食が用意される。





「…アゲット、最初からこうなる事を予測していたのか。マラカイト王と密約を交わし、自身が宰相を下りる事が出来るよう企てたな?」


「はて?最近耳が遠くなりましてね」


「年寄りぶるんじゃない!」


「…シエナ姫の能力は、本物ですよ。あの才能を手離す訳にはいきませんから」


「だったら何故、マラカイト王は才能ある娘を手離したんだ」


「親の愛でしょうね」


「愛…?」


「あのままマラカイトに居たとしても、いくら研究室に入ることが許されたとしても…いずれどこかに嫁ぐ事になりましょう。未だマラカイトでは、女性が職を持つことは良しとされておりません。そうやって姫の才能が潰されていくくらいならば、我が国で思う存分やりたい事をやって欲しいと、思ったのでしょう」


「確かにアイオライトは近年、女性も社会に進出しているが…だからと言って、宰相を任せるなど…」


「今度、陛下がマラカイト王国へ行ってみるといいですね。あの国の農業、動植物の研究施設は、他国には無い貴重な物ですよ。選ばれた人間しか入ることが出来ない場所に、王女だからといって許された筈がありません。全て、あの方の努力と才能でしょう」


「しかし…研究ばかりをしていた様だが、国の事が分かるのだろうか…」


「これもマラカイト王が仰っておりましたが…姫は何か一つの事に集中すると、それに向かって全力で取り組むんだそうです。だからと言って、周りが見えなくなる事も無く、柔軟な姿勢もお持ちのようで。彼女はまだ十八歳です。世継ぎも欲しい所ですが、あと二、三年は宰相として学ぶ時間もあるでしょう。若さと姫の能力、努力があれば充分に陛下の力になれるかと」


「…それならば、あとはシエナ王女がこの国に来ることを了承するかどうか、か」


「陛下に対して一切、物怖じしないあの姿勢、民を想う王族としての志…あれほど優れた方は、世の中に何人いるのでしょうね?」


「…俺達の話を聞いていたのか」


「ええ。もう少し穏便に話が進むかと思っておりましたけれど」


ユークの事を言われた瞬間から、王女の声も怒りも何も見えなくなってしまった。

喪が明けてしばらく経つと言うのに、まだ心のどこかに、しこりがあるのかもしれない。


こればっかりは、時間が経つのを待つしかないか。

今はシエナ王女に謝罪し、王妃としてアイオライトへ来てもらうよう、説得をするべきだな。





「シエナ王女は、俺を許してくれるだろうか…」


「許されなくとも、嫁いでいただかなければなりませんよ。…陛下は気の弱い所がありますが、あの姫は、貴方様の弱さを補ってくれる強さを持っていますね」


「……」


「…アリー嬢は、貴方様と似ていらっしゃった。彼女では共に涙を流し、弱さを分かち合う事しか出来なかったでしょう。それでも国は回るでしょうが、再びいらぬ争いが起きてもおかしくはありません」


「何故、急にアリーの話をするんだ」


「おや、もう吹っ切れたのですか?」


「とっくにフラれているんだ、当たり前だろう」


「また強がりを…まあいいでしょう。陛下の優しさは人を幸せにするばかりとは限りませんが、今の姫には、よく効くのではないですか?明日、必ず婚姻の約束を取り付けて下さいね」


褒めているのか、けなされているのか…

よく分からない激励をくれたアゲットは、少しでも何か口にしてから眠るようにと言って、部屋を出ていった。





明くる日、どうやって謝ろうかと頭を抱えていた俺の元に、予想外の人物が訪ねてきた。

アゲットに連れられたシエナ王女が、執務室の扉の前に立っていたのだ。



「…シエナ王女」


「少しお時間をいただけますか、陛下」


「あ、ああ…入ってくれ」


「シエナ姫、本当に私が同席せずともよいのですか?」


「はい、陛下と二人きりでお話がしたいのです」


「分かりました、私はここで控えておりますね」


昨日までの気の強さは鳴りを潜めて、穏やかな表情をしたシエナ王女が部屋へと入ってくる。

俺の方が心の準備が出来ておらず、無理矢理に表情を保つだけで精一杯だった。




「陛下、数々のご無礼、申し訳ありませんでした。マラカイト王国から来た私を皆様暖かく迎えて下さったにも関わらず、子供の様に喚き散らし…本当に、ごめんなさい」


何か飲むか…と言おうとした俺を遮って、シエナ王女が深々と頭を下げた。

ど、とうなっているんだ…?


「アゲット殿に、戦の話を聞いたのです。昨夜の私は、貴方に言ってはならない事を言いましたわ。失礼な言動はそれだけではありませんが…今は、なんて事を言ってしまったのかと、後悔してもしきれません」


「い、いや…あれは、私が勝手に怒ってしまっただけだ。シエナ王女の言い分はもっともだった。私の方こそ、貴女に声を上げてしまったこと、申し訳なく思っている。すまなかったな」


「いいえ、今回の私のしてしまった事に対して、如何様な処分も受ける心でおりますわ。しかし、全ては私一人の責任として、どうかマラカイト王国とはこれからも友好な関係をお願いしたいのです」


「その様な事は考えていない。貴女にも、マラカイト王国にも責を問うことはしない」


「ですが…」


あれは、俺の心の弱さのせいだ。

触れられたく無い部分を突かれ、王という立場も忘れて怒りをぶつけてしまった。


「俺も、シエナ王女に同じ事をしてしまった。だから、あいこだ。な?」


自然と出た笑顔で、シエナ王女にそう告げる。

眉を下げたままだった顔が、年相応の少女の笑みに変わる。


こうして見ると、まだどこか幼い。

どんなに気が強くて頭が良くても、十八歳の彼女はこれから大人になっていく。


それを側で見ていきたいと、どこか素直にそう思ってしまった。

良かった、これで婚姻が決まりそうだ。


「では陛下、本当にご迷惑をおかけ致しました。これからも、アイオライト王国の発展を祈っておりますわ」


…ん?

何かおかしいな?


「つきましては、やはり王妃に相応しいのは姉様だと、国へ帰って父様に進言いたします。姉様ならば、私とは真逆の淑やかな女性ですので必ずや王妃として…」


「待ってくれ!貴女は俺では嫌なのか!?」


「はい?嫌とは…」


「だから、俺と婚姻を結ぶのは、やはり嫌か」


「…陛下、私の言動をご覧になりましたでしょう?こんな私では、王妃には相応しくないかと」


いきなり雲行きが怪しくなってしまっている。

何故だ、先程まではこのまま婚姻へ…と言う流れだったはず。


まずい、このままだと第一王女と婚姻を結ぶことになってしまう。

そんなのは……嫌だ。


「王妃として相応しくなんか、なくていい」


「えっ?」


「アゲットも言っていただろう。貴女は、この国の宰相として俺の元に来て欲しい。王妃としての執務も出来る限りやっては貰いたいが…なるべく、貴女のやりたい事を優先させよう。まだ研究がしたいと言うなら、この国にも施設を作ろう」


「研究施設は…魅力的ですが…それで、よろしいのですか?」


「ああ。貴女は、とても聡明で民の事を一番に考える人だと聞いた。どうか、我が国も愛して欲しい。今この国に必要なのは、国を想ってくれる執政者だ。貴女ならば、それが出来ると期待している」


「……国と、民の事だけを考える人物ならば、私でなくとも、他にもいらっしゃるわ」


うっ…そうか、そう言われると…。

やはり、この話は無かった事になるのか…?





どうしたら婚姻を決意してもらえるのかと頭を掻いていると、気づけば目の前に赤い髪が揺れていた。

出会ってから初めて、至近距離でシエナ王女と視線を合わす。


徐に、腰に当てていた片手を取られ、小さな掌で包み込まれる。

一瞬何が起きたのか分からず、口を開けたまま固まってしまった。


「私はマラカイト王国の王女という前に、シエナという一人の女なのです。生まれて初めて、生涯たった一度の求婚の言葉がそれなんて…」


俯いて俺の手を握っていたシエナ王女が、意を決した様に、俺の瞳を射ぬく。

そして、声を震わせ消えそうな声で呟いた。



「私自身が欲しいって言ってくれなきゃ、嫌よ」



顔を真っ赤にして、すぐに視線が反らされてしまった。

が、なんだこの可愛い生き物は。


これがあの、昨日まで噛みつくような姿勢をとっていた人物と同じなのか!?

嘘だろ…だめだ、可愛い過ぎて言葉が出てこない。


「シエナ王女…」


「…アゲット殿に、こうも言われたわ。陛下は押しに弱い所があるから、私から迫っても構わないって」


「なっ…!!」


「でも駄目よ、これ以上は私からは何も言わないわ。陛下がこのままなら、私は国へ帰ります」


「…無理だ」


「え…?」


「貴女を帰すことなど、絶対に無理だ」


「…陛下」


「シエナ、俺の妻になってくれ。宰相や王妃はついでで構わない。今はただ、貴女が欲しい」


思わずついでだなんだって言ってしまったが、この部屋には俺達の他に誰もいない。

構うものかと、シエナ王女をきつく抱き締めた。


赤い髪を優しくすけば、くすぐったそうに腕の中で小さく笑っている。

よろしくお願いします、と呟いて。






「やれやれ、これで私は楽になりますね」


「アゲット殿、此度は本当にご迷惑をおかけしましたな…」


「ああ、構いませんよ。姫はまだ十八歳なんですから、大人の振る舞いなど、この先いくらでも学んで行けばいい。陛下も見事に策にはまってくれたようですし」


「策、ですか…?」


「人間誰しも、自分自身に無いものに惹かれるものです。シエナ姫のあの気の強く凛とした姿は、おそらく陛下の心に深く突き刺さったことでしょうね」


「…そうですか」


「加えて最初の出会いが最悪なものだった分、今日のしおらしい姫は、抜群に効き目があったでしょうね。フフッ、姫も心は年相応の乙女なのですね!可愛らしいことです」


「…あの、アゲット殿……」


「どうかしましたか?」


「いや…何故そんなにも悪そうな顔を…?」


「外交部長殿、貴方もお疲れの様だ。私はようやく隠居の道が開けたのだと、楽しくて仕方ありませんよ!こんなにも嬉しい事は、久しぶりです!」


「……そうですか。で、では、私は先にマラカイトへ戻ることにいたします。侍女と護衛たちは残して行くので、後を頼んでも?」


「ええ、勿論です。マラカイト王にも、陛下から正式な婚姻の知らせを送るよう、手配いたします」


「はい、どうぞよろしくお願い致します、それでは」





「……さて、いつ部屋へ入りましょうか。まあ、若者の恋を邪魔するのもなんですし。年寄りは引っ込みますかね」





その後、王女を一度もマラカイトに帰すことなく婚姻を済ませた俺は、アゲットに新たな一面が見れたと嫌味を言われた。

俺自身、こんなにも独占欲が強かったのかと驚いたのだが。


けれど、ようやく自分の幸せを噛み締める事が出来るようになったのは、全部シエナのおかげだ。

横に眠る愛しい妻の柔らかい頬を撫で、いつか誓った想いを、再び心に刻む。


愛する妻と、皆が愛してくれるこの国の王として、俺はこれからも生きていこう。













どうにか年内に番外編をあげることが出来ました。本編で色々と残念だった陛下ですが…やっぱり微妙に残念ですねw

三十路女~はこれにて完結と致しますが、また新しい物語を書き始めたら、のぞいて下さると嬉しいです。

皆様、よいお年を!

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