いなくなってたんです
◆
「サクヤ君、約束通り、来たよ」
午後六時半過ぎ、部活終了時刻に合わせて先輩が図書館に現れた。
俺はずっと勉強していたのだが、霧生木さんのことが頭から離れず、あまり捗らなかった。
「出ましょうか」
「そうだね」
図書館は私語厳禁というわけでもないのだが、今日は一般の方が何人か見えている。ここでクラスメイトが落ちたとか話すわけにもいかないだろう。
俺と先輩は図書館を出て、生徒玄関まで来る。
「先輩の家ってどっちですか? 電車とかだと長話するわけにもいきませんよね」
「ああ、それは大丈夫だよ。君の方こそ、どうなんだい?」
互いに聞いてみると、かなり家が近いことが判明した。完全に徒歩圏内だ。
もしかしたら、中学校も一緒だったのではないだろうか。
俺は中学からずっと、帰宅部だったので上級生との関わりなど皆無だった。知らなかったとしても不思議ではない。
「それにしても、君、四葉ちゃんのことが好きなのかい?」
「は? え、あの、いきなりなんですか?」
歩き出した直後、柳先輩が突拍子もないことを尋ねてきた。
「いや、なんとなくそう思ってだけだよ。普通、なにかあったとしても、わざわざそれを確かめようとするかな? 自分に関係のない事柄なら流してしまいそうなものだけれど」
「いえ、流せるレベルの事柄でもありませんし……」
「んー、君の言い分だと、そうだったね」
クラスメイトが屋上から落ちるところを見て、知らん振りという方がどうかしているだろう。
信じてもらえていないから、反論しようもないが。
「じゃ、そういうふざけた会話はやめにして、本題に入ろうか。できるだけ詳細に、起こったことを全て語って欲しい。いいかな?」
「はい」
家までの距離は約十五分ほどだ。
雑談をしているとすぐに時間がなくなってしまう。
俺は昨日起こったことを思い出し、説明する。
「俺は普段から、図書館に篭って勉強することが多いんですが、昨日は……そうですね、図書館内にはほとんど誰もいなかったと思います。で、俺はひたすら集中して勉強していました。ただ、七時半頃に集中力が切れて、ぼんやり窓の外を眺めていたんです。そうしたら、屋上に人影が見えました。最初は不審に思いつつも、特によく見ようとはしませんでした。でも、その人影が、屋上のフェンスを乗り越えたんです。そこでさすがに俺も焦って、窓に近寄ってよく確認しました。暗かったので、なかなか分かりませんでしたけど、学校内もまだ真っ暗というわけではありませんでしたし、シルエットで分かったんです。霧生木さんだな、って。毎日クラスで顔を合わせていますし、前髪の一部が風で揺れることはあっても、あまり動いていませんでした。ヘアピンをつけていたからだと思います。それ以外に情報はありませんけど、たぶん、霧生木さんで間違いないと思います。
ただ、問題はその後なんです。俺は霧生木さんだと気付いた時点でマズイと思って図書館を飛び出しました。まず、屋上へ向かいました。反対側ではありましたけど、校舎内を走っていくより断然早いと思ったので……。けど、俺が屋上へ着いたと同時くらいに、彼女は落下したんです。声を張り上げる暇も、なにもありませんでした。その後、俺は彼女が落ちたであろう場所を目指して、走りました。最初に反対側の校舎へ向かって、二階まで駆け下りました。そこで、一度、確認しようと二階の窓から下を見下ろしたんです。そうしたら――」
一度、そこで言葉を切り、俺は言った。
「いなくなってたんです」
柳先輩は、眉を寄せる。
「いなくなっていた?」
「はい。確かに、そこに落ちたと思ったんですが、誰もいなかったんですよ。見回しても人影はありませんでしたし、落下地点になにかないかと思ってしっかり確認したんですけど、なにもありませんでした」
最後に、「だからなにがなんだか分からなくて、気になっていました」と付け足す。
こうして、口に出してみると、幻覚を見ていたと思った方が正しい気がしてくる。不確定要素が多すぎるのだ。
柳先輩も、そう思ったのか、開口一番、
「わたしは、怪談でも聞かされているのかな?」
と言った。
「図書館には他にほとんど人がいなかったということだったね? 騒ぎになっていないところを見ると、君以外に目撃者はいないはずだよ。それに、四葉ちゃんだと確定するには根拠が乏しいんじゃないかな? 図書館は五階だし、反対側と言っても視認できない距離じゃない。だけど、夜遅くで明かりも言うほどなかったはずだ。君の視力がどれくらいかは知らないけれど、誰かを判断するのは難しいと思う」
顎に手をあてて、先輩は続ける。
「なにより、落ちたところに誰もいなかったんだよね? 妖怪やら幽霊やらを信じるのもどうかと思うけど、まだそっちの方が確率は高いよ。なにせ御櫻の校舎は六階建てだ。屋上は七階部分の高さになる。そこから落ちて、すぐに動ける人間なんかいるわけがない。どんなに運が良くても、骨折以上の怪我はしているはずだ。君が駆けつけるまでの僅かな間に移動するなんて無理だよ。しかも、血痕もなにも残っていないのだから、本当に誰かが落ちたのかさえ怪しくなるよ」
起こった事柄を一から順に、先輩は整理しながら推理する。
俺以外に目撃者がいないこと、霧生木さんだと判断するには情報があやふや過ぎること、落ちた地点に誰もいないということを踏まえると、幽霊かなにかだと思った方がまだ可能性があるということ。
「もう一度聞くけれど、君は本当に、四葉ちゃんだと思ったのかい?」
「……」
詰まる。
自信がなくなってきた。
昨日は混乱しすぎて疑わなかったが、こうして冷静に考えてみると、シルエットが彼女に似ていたからという理由でどうして霧生木さんだと決め付けたのか疑問に思う。
「一応、そう見えたんですけど……」
半信半疑のまま、答えると先輩は「そうか」とだけ言って、黙り込む。
先輩はそのまま、なにかを考えるような素振りを見せる。
気になることでもあるのだろうか……?




