口止め
◆◇◆
昨夜、帰宅後に柳先輩からメールをもらい、少なからず驚いた。
なにかに気づくとしたら自分ではなく、先輩だろうと考えてはいたが、ここまで動きが早いとは思ってもみなかった。
「……」
そろそろ、部活終了の時間だ。
俺は指示された通り、図書館で時間を潰している。
最初、昼休みでは駄目なんですか、と返信したのだが「それでは四葉ちゃんにも伝わるだろう」と言われて、納得した。こういう時、クラスが一緒というのはやりにくい。
今日もクラスでは、霧生木さんを目で追っていたが、変わった様子はなかった。普段通り、爽やかな笑顔を周囲に振りまいていた。
「やあ」
二十分後、昨日同様先輩が迎えに来た。
「……シャワー、浴びてきてるんですね」
髪の毛が少し湿っていた。
「うん? 昨日もそうだったけど? 男の子だし、やっぱりちょっとは意識するのかな?」
「違います」
否定してから、首を傾げる。
昨日は気付かなかった。いや、気付かなかったというより、髪が濡れていなかったと思う。
だとすると、急いで来てくれたのだろうか。まだ夕方以降は冷える時期だし、ドライヤーでしっかり乾かした方が良いはずだ。
「なんか、すみません。急がせちゃったみたいで」
謝ると、先輩は驚いた顔をする。
「なんですか?」
「ああ、いや、ちゃんと女の子のことを気遣えるんだなと思ってね」
「……」
「だから、すぐに黙らないように」
くすくすと柳先輩は笑う。
「まあいいよ。行こうか」
「はい」
荷物をまとめて、図書館を出る。
そのまま生徒玄関を通り過ぎ、周囲に御櫻学園の生徒があまりいなくなったことを確認してから口を開く。
「なにか、霧生木さんの件で分かったことがあったんですか?」
「単刀直入だね」
柳先輩は、あははと落ち着いた笑みを浮かべてみせる。
「分かった、というより、許可が下りた、というべきだろうね」
「許可が下りた?」
「そう」
「どういうことですか?」
真っ直ぐ前を見据えたまま、先輩は流れるように答える。
「どうもこうもないよ。実はサクヤ君に話を聞いた時点で、私は、その飛び降りた人間は四葉ちゃんだろうと思っていた。ただ、四葉ちゃんとある約束をしていて話せなかった。それだけのことだよ」
「約束があったとはいえ、昨日は君を騙す形になってしまったね。そこは素直に謝罪するよ」
「あ、いえ。簡単に言えない事情があったならいいですよ」
ぺこりと頭を下げられて、慌てて言葉を紡ぐ。
年上の相手に頭を下げられるとこっちが恐縮してしまう。
「そう? 最悪、怒られることも覚悟していたのだけれども」
「いいですって。……あの、でもそうなると、俺が見たことって一体なんなんですか?」
一昨日目撃現象は、先輩に言われた通り、幽霊かなにかだと思った方が辻褄が合う。御櫻学園の屋上から飛び降りて、次の日に怪我一つなく登校するなど不可能だ。
「それはこれから説明するよ。ただ、一つ、約束して欲しい」
「口止め、ですか?」
「そういうことだね。理解が早くて助かるよ」
それは予想の範囲内だ。
柳先輩はさっき「許可が下りた」と言っていた。たぶん、約束というより、霧生木さんに「言わないでくれ」と頼まれているのだろう。
どうしてその許可が下りたのかは謎だけれども。
「君なら、口止めさえすれば誰かにほいほい言わないだろうという意図だよ」
「あ、そうですか」
表情に疑問が出ていたのか、先輩は説明してくれた。
信頼されているのだろうか。
「折り入ったことを話す友達はいないだろうしね」
そういう信頼のされ方ですか……。




