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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第二章:東京夢物語
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第六十二話:似て非なる双頭

双蛇そうじゃは、名の通り二股の頭を持つ蛇のような外貌をしていた。

城山の知る蛇の中では、アオダイショウに近く、青黒い鱗に全身を覆われ、時折口から赤い舌を覗かせていた。蛇は、人によって千差万別の印象を抱いている生物だろうと、城山は認識している。その抜け殻が縁起の良いものと認知されるように、どこか神性を帯びた生き物だとする人も居れば、生理的嫌悪を隠せない者も同時に存在する。つぶらな瞳に愛着が持て、愛玩として飼育するケースもあれば、肉が締まっていて美味しいと食べるケースだってあろう。

城山個人のことを言えば、そこまでの悪い印象は持っていなかった。むしろ初めて双蛇を目にしたとき、奇形の蛇ということでなく、もっと珍しいものを見れたという感慨に近いような感情を抱いた。古くから人間は珍しいものを有り難がるきらいがある。普通の人間よりドライな感受性だと自認している彼でも、やはりそういった感覚はあった。

だが殺した。仕事なら是非もない。双頭のそれらを、乃木と各個撃破のような形で、真正面から叩き潰した。噛み付いてくる歯をかわし、すぐさま横から頭を貫いた。刃を立てて、三十秒ほどのたくっていた蛇の片側の頭は、やがて動かなくなった。串刺しになったそれを見て、急速に興ざめた。所詮ただの生き物だなと思った。このまま焼けば漢方や或いはそのまま食に供される姿と何ら変わらないような気がした。

乃木はもう少し酷かった。歯がボロボロになるまでトンファーで殴りつけた後、攻撃手段を無くした、そのただの生物を撲殺した。双頭を潰すと、胴体の部分も動かなくなった。見たまま、頭の部分が弱点ということなのだろうか。

世界が元の彩を取り戻していく。

「明けたら、また人が沢山死んでたりしてな」

乃木は不謹慎な冗談でも平気で口にする。城山はさりげなく周囲に視線を配らせた。

隔離世から明けると、もう蛇の姿はどこにもなく、勿論人の死体もなかった。ただ秋の夜長に、小さな虫がジーと鳴く、何もない空き地が広がるばかりだった。

「やっぱりまだ気にしてんのか?」

城山の視線の動きを見ていたのだろう。或いは発言した時点で、城山の様子を窺うことに注力していたのかもしれない。

「まあ、何となく…… ね」

「それにしても、そう何度も現場にぶつかるなんてこたあ無いだろうよ」

可笑しそうに笑う乃木に、城山はバツが悪くなった。

実際、彼の言うとおりなのだが、心のどこかで手がかりを渇望していた。また相木の件と、直接的ではないにせよ、古市と偶然会った際と、二度も現場にかち合っていることも、淡い期待を抱かせた要因かもしれない。人死にを期待しているというのも、あまり褒められたことではないだろうが。

「まあ、ほどほどにしとけよ? 集中欠いて病院送りなんてなったら世話ないからな」

あくまで本業は妖魔退治なのだと。

「まさか乃木さんに勤務態度のことで忠告される日が来るとは」

「どういう意味だよ」

怒った風でもなく、苦笑する。

「まあ、俺も真面目にやれなんて言うつもりは更々無いけど」

話しながら車に乗り込む。日付が変わろうかという時間帯に、何もない空き地で男二人が話しこんでいるというのも対外的に変に映りかねない。いざとなれば彼らは身分をきちっと明かせるが、無用な誤解を招く理由もなかった。

「お前が、しょうもないことで怪我されちゃ俺も困る」

「はあ」

「俺の目的ってのもあるけど、実際現状を考えると、お前に抜けられたりしたら、とてもじゃねえが回らねえ」

妖魔の異常発生。これには特別措置的に、彼ら二人に真田を加えた三人が重点的に事に当たっている。それでギリギリというのは、誰の目にも明らかである。しかも、これがいつ沈静化するのか、半永久的に続いていくのか、或いは悪化していくのか、誰にも何にもわからないのだ。戦力減など、いつにも増して回避すべき状態だろう。

二人仲良くタバコに火を点けると、車はのんびり発進する。先ほど片付けた双蛇で一段落。後は丑三つ時に一体雑魚を片付ければ、今日の予定は終わり。だが、予定は未定で、スクランブルが入らないなんて保証はどこにもないから、完全に気は抜けないが。

「常々思っていることですが」

「ん?」

「もう少しどうにかならないんですかね」

尋ねるというよりは愚痴を言っているような口調だった。

「何が?」

「妖魔ですよ。どうにもこうにも、後手というか受動的というか待ち一辺倒というか」

「……ああ」

「昨今の夜型妖魔大量発生についても、こっちはただただ対応に追われるだけ」

「まあなあ」

「原因を探ったり、善後策を検討したり、そういうことが全く出来ないですよね」

「しゃあねえだろう。向こうは隔離世解いたら、はいさいなら、なんだからよ」

しかたがない。思考停止の合図。城山もよく口にするが、乃木の口から聞くと、どうにも反感がある。同属嫌悪という言葉が脳裏をかすめた。

「例えば生物学者を連れて入ってみるとか」

「そんなのつれってったって、ぱっと見ただけで決定的な事がわかるもんでもねえだろうよ。第一俺は誰かを護衛しながら戦うなんてまっぴらだぞ」

「僕が言うのも何ですが、よくこんな仕事してますよね」

乃木がカラカラ笑うと、口の端から白い煙が漏れる。よく言われるよ、と。悪びれるでもない。

「まあ、弱いヤツが強いヤツに食い物にされるのは、原始から連綿と続く真理だよ」

確かに、それに似たことは城山も考えたことがある。高度に複雑に発展した資本主義経済の中でも、やはり弱肉強食の実態は脈々とある。金銭的な死というのも確かにある。それを短絡的に悪と決め付ける気もない。

ただ、決定的な違いがあるとすれば、城山には例外が存在するということだろうか。

物理的な、経済的な危機、あらゆる危機から、必死になって、自己犠牲すら構わずに守りたい存在。

乃木には真理を曲げてでも守りたい存在というのは、無いのだろうか、と気にかかった。けどすぐに、多分無いのだろうと思った。

「……妖魔って何ですかね」

「また漠然と、根本的だな」

「乃木さんが真理なんて言葉を持ち出したからかもしれません」

乃木が鼻を鳴らす。

「それも誰もわかんないっての。考えても答えの出ないことは考えない主義なんだよ」

乃木は切り捨てるように言うと、シートを倒して伸びをした。これ以上話を続ける気がないようだ。いつもこちらの関心の有無など気にせずにベラベラと喋るくせに、自分の方は興味の無いことは取り合わないというのは随分勝手なことだと思った。嫌味の一つでもと考えたが、冷静になって、乃木に聞いたところで何か手掛かりが掴めるはずもないのだから、黙らせておいた方が得策と思いなおす。

三叉路に差し掛かり、信号を見落とさないように、そちらに注意の大半を持っていった。

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