第18話 選んだ未来
祝典の日から、ひと月がたった。
予見院の門は、閉じられた。
神託の間の机も、奥の間の寝台も、からっぽになった。
眠りの塔の百十二人は、ホーン先生の目覚まし薬で、一人ずつ、目を覚ました。
一人残らず、王の法院で、裁きなおされることになった。
まだ起きていない罪ではなく、本当にしたことだけで。
◇
わたしが描いた絵で捕まった、四十二人にも、会いにいった。
一人ずつ。
「あなたが、何を言おうとしていたのか、あのとき、聞きませんでした。ごめんなさい」
怒った人もいた。
何も言わずに、背中を向けた人もいた。
それでいい、と思った。
はじめて一人で描いた絵の、そばかすの若い人は、寝台の上で、しおれた野の花を、じっと見ていた。
「……妹が、置いていったんだ。三年、毎月」
それから、わたしを見た。
「あの夜、俺は、ナイフを捨てるつもりだった。本当だ」
「はい。聞かせてください。最後まで」
わたしは、寝台のわきの椅子に、すわった。
◇
ゴドウィン・ハーロウは、法院で、裁かれた。
おじさまは、何一つ、言いのがれをしなかった。
鏡の池のことも。北街道のことも。セレスのことも。
北の島の、石の牢で、一生を終えることになった。
ラングレー伯爵は、娘を売ったかどで、爵位をとりあげられた。
セレスのお母様は、伯爵とは別れて、今は、グレイフォード家の離れで、お母様と、毎日お茶を飲んでいる。
騎士団長は、団長の座を降りた。
今は、王の法院の下で、起きてしまった罪を、足で調べている。
「話を聞くのは、思ったより、骨が折れる」と、ぼやいていた。
セドリック様の新しい縁談は、三つ続けて、断られたそうだ。
西の塔の保護の間は、閉じずに、残すことになった。
起きてしまったことを、調べるあいだ、こわい思いをしている人が、ひと晩、安心して眠れる部屋として。
壁の、ひっかいた字も、そのままにした。
『ぶじに、朝が来た』
その下に、わたしも、小さく、ひっかいた。
『わたしにも、朝が来た。ありがとう、セレス』
◇
ルイ・ベルナール判事は、王都の墓地に、ねむった。
奥様の、となりに。
クロード様は、お墓の前で、長いあいだ、立っていた。
わたしは、少し離れて、待っていた。
やがて、クロード様は、ふり返って、わたしを呼んだ。
「父に、紹介したい人がいる、と、言っておいた」
父のお墓にも、二人で行った。
盾と、二羽のつばめの短剣を、お墓の前に、そっと置いた。
「父さま。場所が、ちがいました。ちゃんと、見つけました」
クロード様が、となりで、帽子をとった。
「エドガー公。お嬢さんは、俺が見つけたときから、すみっこばかり見ていました」
「なんの報告ですか、それは」
「ほめている」
お墓の前で、わたしは、少しだけ笑ってしまった。
◇
セレスのお墓は、ホーン先生の温室の、すぐとなりに、つくった。
白百合の、咲く場所。
わたしは、お墓の前に、白百合の香油を、ひとしずく、たらした。
――エリー、すごい!
うしろから、声が聞こえた気がした。
ふり返っても、誰もいなかった。
ただ、春の風が、わたしの短い髪を、くすぐっていった。
肩の上で、少しだけ、のびはじめた髪を。
◇
この国には、もう、巫女はいない。
――エリーには、あげない。こんなもの。
セレスが、最後に、にぎりしめた両手。
あの手のおかげで、わたしは、誰の夢も、見ないで眠れる。
七日後を、前もって知る人は、もう、どこにもいない。
だから、これからは、起きてしまったことを、すみっこまで見て、話を最後まで聞くしかない。
それで、いいのだと思う。
◇
陛下は、新しく、「王立調査室」をおつくりになった。
起きてしまった罪を、絵と、証拠と、証人で、調べる部屋。
話を、最後まで聞く部屋。
室長は、クロード・ベルナール。
わたしは、そこで、絵を描いている。
もう、夢の絵ではない。
起きてしまったことの絵。証人の話を聞いて、一枚ずつ、描きなおす。
そして、自分で描いた絵を、自分で、とく。
絵解きは、もう、誰か一人だけの仕事ではない。
最初の日の、夕方。
グレイフォード家の台所に、クロード様が来た。
お母様と、セレスのお母様は、「お茶の葉を買いに」と言って、わざとらしく、出かけていった。
「約束を、果たしに来た」
「約束?」
「下手くそな踊りを、見せると言った」
クロード様は、わたしの手を取った。
かまどの火が、ぱちぱちと鳴っていた。
音楽は、なかった。
クロード様は、本当に、下手くそだった。三回、わたしの足をふんだ。
わたしは、笑いが止まらなかった。
◇
四回目に、足をふんだところで、クロード様が、止まった。
「エレノア」
「はい」
「調査室の室長と、描き手が、夫婦だと、何か、まずいか」
わたしは、目をぱちぱちさせた。
クロード様は、かまどのほうを見たまま、耳まで、赤くなっていた。
「……それは、求婚ですか」
「そうだ」
「顔を、見て言ってください」
クロード様は、ゆっくり、こちらを向いた。
灰色の目が、まっすぐに、わたしを見ていた。
「結婚してくれ。短い髪も、すみっこばかり見るところも、言い出したら聞かないところも、全部ふくめて」
わたしは、何か言おうとして。
言葉が、出てこなかった。
だから、クロード様のうしろに回って。
うしろから、ぎゅっと、抱きついた。
「……なんだ、急に」
「幼なじみに、教わったんです。いちばん大事な人には、こうするんだって」
クロード様の背中は、あたたかかった。
それから、クロード様の左手が、前に回したわたしの手に、そっと、かさなった。
七日後のことは、もう、見ない。
明日のことも、そのあとのことも。
この人と、話して、聞いて、選んでいく。
(おわり)
完結です




