第1話 描き手の令嬢
はじめまして。異世界恋愛の連載です。
人殺しが起きる前に止められる国で、「七日後、あなたは人を殺す」と神託された令嬢のお話。全18話、ハッピーエンドまで書きあげています。よろしくお願いします。
頭のうしろが、つめたくなった。
来る。
わたしは、ペンを持って、目を閉じた。
――石の橋。夕焼け。
欄干の前で、ひげの男の人が、もう一人の男の人を、川へ突き落とそうとしている。
ひげの人の顔が、こちらを向いた。目じりに、大きなほくろ。
ほんの、ひと息。
それだけで、絵は、すうっと消えた。
わたしは、目をあけて、紙の上に、急いでペンを走らせた。
消える前に。忘れる前に。
橋。ひげの人の顔。ほくろ。欄干の街灯。遠くの看板。
一枚描いては、床に落とし、また次の紙をつかむ。
奥の間で、ちりん、と、銀の鈴が鳴った。
巫女の夢が、終わった合図だ。
気がつくと、足もとに、二十枚あまりの絵が、散らばっていた。
◇
わたしは、エレノア・グレイフォード。
グレイフォード公爵家の娘で、十八歳。
三年前から、この予見院で、「描き手」をしている。
ここは、予見院の「神託の間」。
壁一枚むこうに、「奥の間」がある。
奥の間には、巫女が一人、住んでいる。
姿を見た者は、いない。わたしも、一度も、見たことがない。
巫女が眠ると、ちょうど七日後に王都で起きる人殺しを、夢に見る。
人を殺す、その瞬間を。殺す者の、顔といっしょに。
その夢は、壁をこえて、神託の間にいる者の頭にも、流れこんでくる。
流れてくるのは、ほんのひと息。
だから、わたしが、消える前に、描けるだけ描く。
それが、わたしの仕事だ。
読みとくのは、わたしの仕事ではない。
◇
わたしは、絵をかきあつめて、院長室へ走った。
おじさまは、机いっぱいに絵を広げて、拡大鏡で、一枚ずつ、のぞいていった。
それから、騎士団の、ぶあつい似顔帳をめくった。
「目じりのほくろ。船着き場の荷揚げ人だね。街灯が片側に五本、パン屋のまるい看板。川上の、柳橋だ。空の色からすると、夕方の六時」
絵から、誰が、誰を、いつ、どこで、を読みとく。
それは、おじさまの仕事だ。
わたしは、うしろから、そっと、同じすみっこを見ていた。
本当は、わたしも、絵解きが、好きなのだ。
◇
そして、七日後の夕方。
柳橋で、目じりにほくろのある男の人が、捕まった。
突き落とされるはずだった人は、神託の日から、保護の間ですごして、何ごともなく、家に帰っていった。
こういうとき、いつも、思い出す。
――エリー、すごい!
うしろから、ぎゅっと抱きついてくる腕。
白百合の香油のにおい。耳のそばで、くすぐったい、金色の髪。
細い腕なのに、びっくりするくらい、強かった。
セレス・ラングレー。
となりの屋敷の、伯爵家の娘。生まれたときからの、わたしの幼なじみ。
二年前の冬、セレスは、病気の療養で、南の国へ行った。
それきり、手紙は、一度も来ていない。
◇
「みごとだね、エレノア。さすがは、エドガーの娘だ」
ゴドウィン・ハーロウ様が、目を細めた。
予見院の院長。
亡くなった父の、いちばんの友だち。
わたしは、小さいころから、「おじさま」と呼んでいる。
五年前に父が死んだときも、葬儀の手配から、お母様の話し相手まで、全部、おじさまがしてくれた。
おじさまは、読みといたことを、白い札に書く。
殺す者。殺される者。場所と、時刻。
殺す者は、予断騎士団が、罪を犯す前に捕まえて、眠りの塔で眠らせる。
殺される者は、その夜が過ぎるまで、予見院の「保護の間」で守られる。
おかげで、この王都では、十年間、一人も、人が殺されていない。
机の上の札は、どれも、字が、すこしだけ、右へかすれていた。
おじさまの指先には、いつも、うすい青のインクがついていた。
「おじさま。父の絵のことなんですが」
八日後に、この制度の十周年の祝典がある。
陛下にお見せする絵を、十年分から選んでいて、見つけたのだ。
父は、最初の描き手だった。
九年前の春、夜の池で、白いひげの男の人が、うしろから、水に押さえつけられている絵。
押さえつけている者の顔は、白い布で、おおわれていた。
殺す者の顔がない絵は、十年で、この一枚だけだった。
絵のうらに、父の字で、小さく書いてあった。
『場所が、ちがう』
「鏡の池の絵なのに、犯人は、東の下町で捕まっているんです」
おじさまは、絵をしばらく見つめてから、やさしく笑った。
「騎士団の、書きちがいだろう。祝典が終わったら、いっしょに調べなおそう」
◇
その日の夕方。
神託の間に、おじさまが、知らない男の人を連れてきた。
灰色の目。白い外套。胸には、王家の、銀のしるし。
「王の監察官、クロード・ベルナール殿だ。先月から、予断騎士団の副団長も、まかされている。祝典の前に、神託のようすを、陛下にご報告なさりたいそうだ」
監察官様は、壁ぎわの棚から、先週の柳橋の絵を、勝手に取りだして見ていた。
「まだ起きていない罪で、人を一生眠らせる。その神託が、一度もまちがわないと、言いきれるか」
「言いきれます。捕まった人は、みんな、絵と同じ顔でした」
監察官様は、手帳に、左手で、何か書きつけた。
「君たちが、まちがえた日のことを書く。まだ、一行もない」
失礼な人だ、と思った。
そのとき。
頭のうしろが、つめたくなった。
監察官様が、はっと、頭をおさえた。
おじさまも。
――白い壁の、小さな部屋。
高い窓の外に、時計塔。針は、十時。
灰色の長衣の胸に、短剣が、沈んでいく。
刺されているのは、おじさまだった。
そして、短剣をにぎっているのは、わたしだった。
未来の人殺しを、絵に描きなぐる令嬢。
神託の間の三人に流れこんできたのは、おじさまを刺す、彼女の姿でした。
次回、七日後のわたし。
☆何個でもいいので、つけてください!




