↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/14

第1話 描き手の令嬢

はじめまして。異世界恋愛の連載です。

人殺しが起きる前に止められる国で、「七日後、あなたは人を殺す」と神託された令嬢のお話。全18話、ハッピーエンドまで書きあげています。よろしくお願いします。

頭のうしろが、つめたくなった。


来る。


わたしは、ペンを持って、目を閉じた。


――石の橋。夕焼け。

欄干の前で、ひげの男の人が、もう一人の男の人を、川へ突き落とそうとしている。

ひげの人の顔が、こちらを向いた。目じりに、大きなほくろ。


ほんの、ひと息。

それだけで、絵は、すうっと消えた。


わたしは、目をあけて、紙の上に、急いでペンを走らせた。


消える前に。忘れる前に。


橋。ひげの人の顔。ほくろ。欄干の街灯。遠くの看板。

一枚描いては、床に落とし、また次の紙をつかむ。


奥の間で、ちりん、と、銀の鈴が鳴った。

巫女の夢が、終わった合図だ。


気がつくと、足もとに、二十枚あまりの絵が、散らばっていた。


◇


わたしは、エレノア・グレイフォード。

グレイフォード公爵家の娘で、十八歳。


三年前から、この予見院で、「描き手」をしている。


ここは、予見院の「神託の間」。

壁一枚むこうに、「奥の間」がある。


奥の間には、巫女が一人、住んでいる。

姿を見た者は、いない。わたしも、一度も、見たことがない。


巫女が眠ると、ちょうど七日後に王都で起きる人殺しを、夢に見る。

人を殺す、その瞬間を。殺す者の、顔といっしょに。

その夢は、壁をこえて、神託の間にいる者の頭にも、流れこんでくる。


流れてくるのは、ほんのひと息。

だから、わたしが、消える前に、描けるだけ描く。


それが、わたしの仕事だ。

読みとくのは、わたしの仕事ではない。


◇


わたしは、絵をかきあつめて、院長室へ走った。


おじさまは、机いっぱいに絵を広げて、拡大鏡で、一枚ずつ、のぞいていった。

それから、騎士団の、ぶあつい似顔帳をめくった。


「目じりのほくろ。船着き場の荷揚げ人だね。街灯が片側に五本、パン屋のまるい看板。川上の、柳橋だ。空の色からすると、夕方の六時」


絵から、誰が、誰を、いつ、どこで、を読みとく。

それは、おじさまの仕事だ。


わたしは、うしろから、そっと、同じすみっこを見ていた。

本当は、わたしも、絵解きが、好きなのだ。


◇


そして、七日後の夕方。

柳橋で、目じりにほくろのある男の人が、捕まった。

突き落とされるはずだった人は、神託の日から、保護の間ですごして、何ごともなく、家に帰っていった。


こういうとき、いつも、思い出す。


――エリー、すごい!


うしろから、ぎゅっと抱きついてくる腕。

白百合の香油のにおい。耳のそばで、くすぐったい、金色の髪。

細い腕なのに、びっくりするくらい、強かった。


セレス・ラングレー。

となりの屋敷の、伯爵家の娘。生まれたときからの、わたしの幼なじみ。


二年前の冬、セレスは、病気の療養で、南の国へ行った。

それきり、手紙は、一度も来ていない。


◇


「みごとだね、エレノア。さすがは、エドガーの娘だ」


ゴドウィン・ハーロウ様が、目を細めた。


予見院の院長。

亡くなった父の、いちばんの友だち。

わたしは、小さいころから、「おじさま」と呼んでいる。


五年前に父が死んだときも、葬儀の手配から、お母様の話し相手まで、全部、おじさまがしてくれた。


おじさまは、読みといたことを、白い札に書く。

殺す者。殺される者。場所と、時刻。


殺す者は、予断騎士団が、罪を犯す前に捕まえて、眠りの塔で眠らせる。

殺される者は、その夜が過ぎるまで、予見院の「保護の間」で守られる。


おかげで、この王都では、十年間、一人も、人が殺されていない。


机の上の札は、どれも、字が、すこしだけ、右へかすれていた。

おじさまの指先には、いつも、うすい青のインクがついていた。


「おじさま。父の絵のことなんですが」


八日後に、この制度の十周年の祝典がある。

陛下にお見せする絵を、十年分から選んでいて、見つけたのだ。


父は、最初の描き手だった。

九年前の春、夜の池で、白いひげの男の人が、うしろから、水に押さえつけられている絵。

押さえつけている者の顔は、白い布で、おおわれていた。


殺す者の顔がない絵は、十年で、この一枚だけだった。


絵のうらに、父の字で、小さく書いてあった。


『場所が、ちがう』


「鏡の池の絵なのに、犯人は、東の下町で捕まっているんです」


おじさまは、絵をしばらく見つめてから、やさしく笑った。


「騎士団の、書きちがいだろう。祝典が終わったら、いっしょに調べなおそう」


◇


その日の夕方。


神託の間に、おじさまが、知らない男の人を連れてきた。


灰色の目。白い外套。胸には、王家の、銀のしるし。


「王の監察官、クロード・ベルナール殿だ。先月から、予断騎士団の副団長も、まかされている。祝典の前に、神託のようすを、陛下にご報告なさりたいそうだ」


監察官様は、壁ぎわの棚から、先週の柳橋の絵を、勝手に取りだして見ていた。


「まだ起きていない罪で、人を一生眠らせる。その神託が、一度もまちがわないと、言いきれるか」


「言いきれます。捕まった人は、みんな、絵と同じ顔でした」


監察官様は、手帳に、左手で、何か書きつけた。


「君たちが、まちがえた日のことを書く。まだ、一行もない」


失礼な人だ、と思った。


そのとき。


頭のうしろが、つめたくなった。

監察官様が、はっと、頭をおさえた。

おじさまも。


――白い壁の、小さな部屋。

高い窓の外に、時計塔。針は、十時。


灰色の長衣の胸に、短剣が、沈んでいく。


刺されているのは、おじさまだった。


そして、短剣をにぎっているのは、わたしだった。

未来の人殺しを、絵に描きなぐる令嬢。

神託の間の三人に流れこんできたのは、おじさまを刺す、彼女の姿でした。


次回、七日後のわたし。


☆何個でもいいので、つけてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。