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第4話:事後報告

 翌朝。すっかり夜も明けた『Lunatic Cafe』のカウンターで、リリーは深々とコーヒーを一気飲みしていた。

 徹夜明けの彼女の目の下には、うっすらと隈ができている。


「——というわけで、事件性はありませんでした。ええ、一件落着よ」

『……あの、リリーさん? 事件性がないとはどういうことですか? 十数人もの女性が一夜にして消えたんですよ!?』


 受話器の向こうで、政府の警察組織の担当者がパニック気味に叫ぶのを、リリーは受話器を耳から少し離してやり過ごした。


「文字通りよ。彼女たちは魔族に誘拐されたわけでも、洗脳されたわけでも、もちろん食われたわけでもないの」

『では、いったい彼女たちはどこへ?』

「郊外の山奥にある魔族の工房で、泊まり込みの『お菓子作り合宿兼、男を籠絡するスパルタ花嫁修業』を受講中よ。本人の強い意思でね」

『……は?』


 担当者の間抜けな戸惑いの声が響く。それも当然だ。「魔族によるおぞましい人間牧場」を想定していたら、その実態はただの「失恋女子のための悪魔的駆け込み寺」だったのだから。


「主犯の魔族……お菓子作りが好きなパティシエの淫魔なんだけどね。彼女は人間の女たちから少しだけ精気をもらう代わりに、絶対に男の胃袋と下半身を掴んで離さない魔法の製菓技術と夜伽のテクニックを伝授しているのよ。需要と供給が完璧に一致した、健全(?)なビジネスね。参加した女たちは皆、血走った目で『これでアイツを必ず私のモノにしてやる』と燃え上がっていたわ」

『そ、それのどこが健全なんですか!? 被害に遭う男たちからすれば完全にテロリズムじゃないですか!』

「だから、警察が動くような死傷者の出る事件じゃないって言ってるの。その女性たちに狙われる不運な男たちの貞操と胃袋については心から同情するけれど、それは『恋愛の縺れ』であって『魔族による凶悪犯罪』の管轄外でしょ。民事で勝手にやりなさい」


 リリーはそう言い捨てると、強引に話を締めくくった。


「あの馬鹿な淫魔にはキッチリ絞りを入れ……もとい、説教をしておいたわ。面倒な騒ぎを起こした罰として、お役所への滞在許可申請と、あの道場の営業許可の書類仕事を山ほど押し付けてきたから、しばらく人間界の煩雑な事務手続きに苦しむことになるでしょうね。これで手打ちなさい」

『ちょっ、リリーさん!? まだ納得が——』


 ガチャリ、と無慈悲に受話器を置く。

 これで仕事は終わりだ。リリーは白衣のポケットから、昨夜持ち帰らされたシャルロッテ謹製のチョコレートを取り出した。


(……『チャーリーズ・チョコレート道場』ね。怒られないのかしら、あの看板)


 昨夜の帰り際、洋館の門に堂々と掲げられていた頭の悪い看板を思い出し、リリーは再びため息を吐く。シャルロッテの異常に重たい愛情表現には辟易したが、彼女の作る菓子の腕だけは、悔しいほどに天下一品だった。


「はぁ……。こんな馬鹿げた騒動のせいで、大事な研究時間が丸一日パーよ。まったく、世の中には信じられないくらいしょうもない事件があるのね」


 リリーはチョコレートを一口かじり、その極上の甘さにほんの少しだけ気分を良くしながら、店の奥にある魔法の研究室へと重い足取りで戻っていく。

 かくして、『Lunatic Cafe』が関わった最初の(そして最もくだらない)事件は、甘ったるいカカオの香りと共に幕を閉じたのだった。


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