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第1話:バレンタインの神隠し

「はい。『Witch……』——おっと、失礼。『Lunatic Cafe』。ご注文は?」


 ジリリリという黒電話の喧しいベルを止めて受話器を取った女——白衣の上に魔女風のローブを羽織ったリリー・セヴァライドは、面倒くさそうに応対した。

「——注文じゃない。今回もよろしく頼みたい。もう警察組織の手に負える管轄じゃないんだ」

 受話器越しに、政府の警察組織の担当者の切羽詰まった声が響く。


 西暦二〇二〇年。

 突如として太平洋上に出現した未知の大陸『魔大陸』と、それに伴う『魔族』の襲来(と人類の勝手な誤解によるパニック)は、世界をかつてない混沌へと叩き落としていた。

 街角では魔女狩りめいた自警団が徘徊し、政府の公的機関——とりわけ警察組織は日々、わけのわからない超常事態の処理に追われている。そんなヒステリックな時代において、ここ『Lunatic Cafe』は、人間の社会にひっそりと溶け込みながらも、魔大陸や魔法にまつわる厄介事を極秘裏に処理する特異な拠点として機能し始めていた。


「はぁ。あのねぇ、あたしは忙しいのよ。やっと新しい概念機関の魔術式構築が良いところまで進んでたのに……」

「頼む! 上がうるさいんだ! 『バレンタインに女性が連続失踪した』なんて、下手に『魔族による人間牧場』だの『大量捕食事件』だのって噂が広まったら、またパニック暴動が起きかねない」

「わかってるわよ。ったく、人間ってのは本当に想像力豊かで怖がりなんだから」


 リリーは呆れたように小さく息を吐き、受話器を肩に挟みながら、カウンターのFAXから吐き出された資料を手に取った。


「まあいいわ。『Lunatic Cafe』の業務として、キッチリ片付けてあげる。で? 被害者の共通点は?」


 受話器の向こうの担当者は、ふうと安堵の息を吐いた。

「それが……全員、女性なんだ。しかも、失踪したのは昨夜、二月十四日の夜から未明にかけて」

「ふーん。バレンタインデーの夜に、女だけが跡形もなく消える、ねえ」


 リリーはパラパラと資料をめくる。被害者の年齢層は十代後半から三十代までと幅広い。交友関係にも目立った共通点はない。誘拐の痕跡や争い跡もなく、血痕一つ落ちていない。文字通り、不気味な「神隠し」にでも遭ったように消え失せている。

 いかれた研究者のように見えて、リリーの頭脳は極めて論理的で冷徹だった。ほんの数十秒で資料の情報を統合し、彼女はある一点の奇妙な偏りに気づく。


「……ねえ。この子たち、全員『バレンタインデーに上手くいかなかった』子たちじゃない?」

「は?」

「ほら、この子は友人の証言で『本命チョコを渡せずに泣いて帰った』ってあるし、こっちの女性は『彼氏に浮気されて修羅場になった直後』。……なるほどね。狙われているのは、恋に破れた傷心の女性だけってわけだ」


 パタン、と資料を閉じ、リリーは口角を吊り上げた。


「魔族の生態から考えて、無差別に人間を誘拐して捕食するような真似は(一部の教団系の狂信者を除けば)あり得ないわ。何か特定の目的を持った、かなり『趣味の悪い』輩の犯行ね」

「趣味の悪い輩……それは、危険なのか?」

「さあ? 女の情念につけ込む魔族なんて、碌でもない連中ばかりよ。放置しておけば、それこそ骨の髄まで精気を吸い尽くされるかもしれないわね」


 あながち嘘ではない不気味な脅し文句を口にすると、担当者はひっ、と喉を鳴らし青ざめた。


「極秘裏に処理するわ。騒ぎを大きくせず、スマートにね」

 リリーはローブの裾を翻し、夜の街へ出る準備を始める。

「せいぜい、あたしの研究時間を奪った代償は高くつくってことを、その犯人に教えてあげるわ」


 ——かくして、天才魔女リリーの憂鬱なる追跡劇が幕を開けた。

 それが、あまりにもくだらない顛末を迎えるとも知らずに。


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