「あなたたち、絶対人生が楽しいタイプだわ」
たっぷり薬草を採って戻ってきた、俺とシェレラ。
ついでにラプトーンも山程狩ったので、証拠に剥いだ皮やら牙やらを持ち帰る。
モンスターの素材は売れるんだ。
「むっふっふー♪ 薬草だけかと思ったら、モンスターまで退治しちゃったもんねえ。私たち、一気にワンダラーランクアップかもかも!」
ウキウキ顔のシェレラ、俺の前でくるっと回って見せた。
ふさふさ尻尾が、ふりふりと動く。
「荷物は全部俺に持たせてるじゃないかー。ずるいぞシェレラ」
「だって、ダンにはそれくらいどうってことないでしょう?」
「そりゃそうだけど、代わりに俺はシェレラの尻尾をもふもふする権利を主張したい!」
「ええーっ、何よそれー……って、ひゃん!? まだいいって言ってないのにい!」
俺は手を伸ばし、極上の触り心地な銀色の尻尾をもふった。
おお……これはすごい。
彼女の感情に合わせて毛が逆立ったり、空気を含んで膨らんだりするのだ。
柔らかあい。
出来うることなら、両手でこの尻尾を触りたい。
触りたいのだが、俺の手は薬草やラプトーンの素材が詰まった籠を支えているので……。
「ギルドの外が騒がしいと思ったら、やっぱりあなただったのね、ダン……いいえ、ダイレクトヒッターズの二人!」
うわあ、その呼び名は止めて欲しい! 本当にそれで正式決定しちまったのだろうか。
ワンダラーズギルド、受付嬢のエイラが顔を出した。
ウェーブがかった金髪の女性で、幼馴染である俺からするとピンと来ないのだが、周りの男たちが言うには凄い美人らしい。
彼女は俺とシェレラを交互に見ると、ウィンクした。
「お帰りなさい、シェレラ。初めての仕事はどうだったかしら?」
「聞いてエイラ! すっごく楽しかった! あのね、あのね、ラプトーンがたっくさん出てね?」
俺の手からするりと逃げて、シェレラはエイラの手を取り、ぴょんぴょん跳ねた。
本当に、野生の狐みたいな女の子だ。
エイラも、妹ができたみたいで悪い気分じゃないのかもしれない。
だが、シェレラが話す俺たちの仕事模様を聞いて、徐々に彼女の顔がお仕事モードになってくる。
あかん。
これはいかんぞ。
「ダン」
ほら来た!!
「な、なんだい」
「ラプトーンがたくさん出たって言ったわよね。これ、ダンの体力ならシェレラを連れて逃げられたんじゃない?」
「それは確かにそうだけど、ほら、俺にはクロスボウがあるから遠距離からさ、こうピシュっと」
「当たらないでしょそれ!! 最初の仕事で、初心者の女の子を危険に晒す男がありますかー!!」
うわーっ!
怒られた!
シェレラに言われるとグサッと来るが、エイラに言われるのはもう慣れてしまっているというか何というか。昔から、俺の姉みたいな人ではあるのだ。
エイラと言い、カリーナと言い、苦手なタイプの女性が周りに多いぞう。
「でもエイラ! ダンは凄かったのよ! クロスボウで、こう、えいっとラプトーンをぶっ飛ばして、岩を投げつけて、もう、モンスターを千切っては投げ、千切っては投げ」
「あー」
エイラが頭を抱えた。
そして、俺たちへ、ギルドの中に入るよう促したのだった。
ギルドの中は騒然としていた。
仕事が終わったこの時間帯なら、いつもは和気あいあいとしていて、みんな楽しくお酒を飲んでいると言う頃だ。
だけど、誰もが顔を寄せ合って、ひそひそと話し合っている。
噂話か何かだろうか?
それなりのランクのパーティの顔にも、余裕の色が無い。
「どうしたんだ、これ?」
「みんな怖い顔しているわね」
俺の隣にやって来たシェレラが、尻尾で俺の腰をぺちぺち打った。
「シェレラ、本当は違うことが気になってるんだろ?」
「あっ、分かっちゃう?」
分からいでか。彼女の尻尾は、気持ちに素直過ぎる。
「私、ランクがどれくらい上がったのかなーって。あれだけラプトーンを退治したんだから、一気に10とかになっちゃってたりして!」
「おっ、いきなり10か!! 10って上級ワンダラーの仲間入りじゃないか!」
俺もテンションが上ってきた。
ギルドのカウンターに、ラプトーンから取れた素材をざらざらと取り出す。
「どうだ、エイラ!」
「どうだって……ねえ。ラプトーンばっかりこんなに取ってきちゃって。しかも、パープルは割と余っているのよね。だから、レートは下がってるの」
「マジかあ」
「どうしたの?」
シェレラが顔を突っ込んできた。
身を乗り出すので、けもみみが俺の顔をぺちぺち叩く。
「いやな、レートが低いってのは、今パープルラプトーンを狩っても、あんまり評価されないってことなんだ」
「ええーっ!」
シェレラが口をとがらせた。
大変不満なご様子だ。
「いや、頼むよエイラ。なんとかちょっとだけでもさ、色を付けてくんないかな」
「だって……ダイレクトヒッターズが受けた仕事は薬草摘みなのよ? そのついででラプトーンを山程退治したからって、しかもレートがこれで、どう評価をしたものか……。私、まだ一存でランクを上げてあげられるほど出世してないのよね……」
エイラが難しい顔をした。
これは、どうやらあれだけ頑張っても、ランク1据え置きかもしれない……!
俺とシェレラが意気消沈仕掛けた時だった。
ざわっ、とギルドが騒がしくなった。
建物の奥から、一人の老人が現れたのだ。
精悍な顔つきに、真っ白な髪。ピンと伸びた背筋。
腰には、彼が現役時代に使っていた片手剣を下げている。
都市国家コーフの、ワンダラーズギルドを束ねるギルドマスターだ。
「皆も聞き及んでいる事と思う」
ギルドマスターは大きな声を出した。
「本日、このコーフの地で、“竜人”を見かけた者が出た。見間違いではない証拠に、竜人は火山地帯でしか生きられぬ火山竜、グルルドーンを伴っていたという。狩猟ランク10に数えられる、大型モンスターだ」
ざわめきが大きくなった。
俺も鼻息が荒くなる。
竜人は知らないが、グルルドーンは、全長20メートル近い、恐るべき大型モンスターだと聞く。
そんな大物が、近くまでやってきているなんて!
こいつは、名を上げるチャンスだぞ!
「よって、これよりワンダラーランク10を超えるパーティを選抜し、竜人並びにグルルドーン討伐の任を与える!」
おおーっ!!
と盛り上がるギルドの連中。
俺も盛り上がった。
シェレラは、周りと俺をきょろきょろ見比べて、真似して「おー!」と腕を振り上げた。
ひとしきり演説を終え、ギルドマスターがカウンターにやってくる。
そして、山盛りになったパープルラプトーンの素材を見て、目を丸くした。
「……なんだこれは」
「あ、マスター。あの、ダンがついにワンダラーデビューしたんですけど、薬草摘みのついでにこんなにたくさんのパープルラプトーンを狩ってきて……。こっちのシェレラも一緒なんですけど」
おずおずと、エイラが切り出した。
ギルドマスター、ふーむ、と考え込む。
「ワンダラーランクはまだ1か」
「はい」
「よし、では2に上げる許可を出そう。そう記録しておくように」
「は、はい!」
迅速な決断だった。
「2か」
「2だねえ。まあ、上がらないよりはいいんじゃないかな」
シェレラはポジティブに考えることにしたようだった。
俺も釣られてポジティブになる。
「それもそうだな! やったぞ! いきなりワンダラーになって初日でランク2だ!」
「お祝いね、ダン!」
「こりゃあお祝いだな!」
二人で盛り上がり始めた俺たちを見て、エイラが呟くのだった。
「あなたたち、絶対人生が楽しいタイプだわ」