33 包囲戦・Ⅳ
たった四名による大立ち回り。
ひどく現実感を欠いた無双劇の果て、夜の闇に立つ者は片手で数える程しか残らなかった。
ガシャン。鎧の崩れる音が、やかましく響く。
敵兵、最後の一人――。それをたった今無力化し終えたのだ。
「――イージー・オペレーション」
銃を仕舞い、そう呟きながら。迅は無力化した敵を一瞥する。
呻く者、逃げる者、動けぬ者……。
各々がそれぞれの敗北を噛みしめている。が、その何れからも、一切の戦意は感じ取れなかった。最早、彼ら傭兵は戦闘要因としてカウントする必要も無いだろう。
完全なる勝利。そう評して相違ない。
蒼衣が両手に持つナイフを腰に収め、迅に笑みを見せた。
「敵兵は……これで全部ですね。セクションⅢでのお仕事よりも簡単です。迅、そちらは?」
「損害なし。ソフィア、レイルー。どうよ?」
「問題ないよ」
「レイルに同じ。――ふぅ。久しぶりに動き回った気がするわね。いい運動になったわ」
ソフィア、そしてレイルは迅の方へと駆け寄ってくる。
蒼衣もそれに追随する。音すら立てず、影を縫うように彼らの下へ歩いてきた。
次いで総員、真正面にただ立っているだけの、一人残された男へと目線を向ける。
「――さて。これで敵は、晴れてテメェ一人になったワケだが?」
オーヴェル・ライプニッツ。
彼は、この差し迫った状況においても、少しも態度を変えようとしなかった。
腕を組んで、何とも言い難い表情をしている。
戦闘力を削がれた周囲の傭兵に反応する事もない。金で雇った兵士が責務を果たさなかったのだ、本来ならば腹の一つでも立てて然るべきだろう。にも拘わらず、ただ一人、このオーヴェルだけが戦闘開始前とまるで変わらぬ様子である。
迅の問いに呼応するように。オーヴェルは、ゆっくりと口を開く。
「……ジン、だったな。やはり凄まじい戦闘能力だ。今からでも遅くはない。私の配下に加わるがいい。禄は弾むぞ、言い値で雇おう」
「何度同じセリフを繰り返すんだ。サルかテメェは。悪党に付く気は更々ねぇって」
「フム。残念至極だ。しかし……分からんな」
「あぁ?」
「何故だ? 何故、私には目もくれず、鎧兵のみを蹴散らしたのだ? 本来ならば、頭であるこの私を真っ先に狙うべきであろうに」
「分からねぇのか。……まぁ、いいぜ。教えてやるよ」
レイルもソフィアも興味を惹かれる話題だったらしい。オーヴェルではなく、迅のほうへと注視するような眼差しを送っている。
――戦闘開始前、迅は三人にこう告げていた。「オーヴェルは後回し」だ、と。
二人とも発案者の意図を理解しないまま、迅に従ってはいたが……気になるのだろう。「なぜ敵のボスを放置したのだろう?」と。
オーヴェル、そして迅たち四名。
両者5メートル程の間隔を取った状態で、迅が解答を告げてゆく。
「理由は三つだ。――一つ、『傭兵の人数』。大抵の戦場において、敵の数ってのは何よりも有利に働く。だから一気に殲滅したのさ。テメェが具体的な指示を与える前にな」
「……成る程、理にはかなっている。二つ目を聞こうか?」
「二つ、『周囲へと及ぶ被害の防止』。……チンタラ敵を殲滅してたら、ならず者傭兵連中の事だ。騒ぎを聞きつけた町民に手を掛ける事も予想できる。説得も通じる連中じゃねぇんだろ? なら言葉で通じない相手には実力行使だろ。テメェはゴミ野郎だが、ゴミなりに最低限、話は通じる。そう見込んで後回しにした」
「ふん。それで? 三つ目は?」
「三つ目は、……――コレだ」
そう言って。迅が返答として与えたのは、明らかに常軌を逸した行動だった。
銃口である。
おもむろに銃を取り出し、前方のオーヴェルへとシグ・ザウエルを向けたのだ。
次いで、警告も予告もないまま、悪辣な笑みを向け……、
――発砲した。
ドォン。
バギン。
発砲音と衝突音、二つの音がほぼ同時に響く。
「ッ、っ!?」
「ななな……、何!? 何よッ!?」
瞬間、迅以外の三人は後ずさりした。
銃声に驚いたからではない。原因は、迅が銃を向けている先にある。
ソフィアもレイルも、蒼衣でさえも。反射的に再び武器を構えていた。それぞれがオーヴェルの正面へと最大限の警戒を差し向ける。
極めて単純な状況である。
迅がオーヴェルに向けて発砲した弾丸を、新たな闖入者が遮ったのである。
――否。『闖入者』という表現すら正しいかどうか。人ですらないソレに対し「者」と呼称すべきなのだろうか、と迅はガラにもなく訝しんでしまう。理性すら皆無、生物という頚木から放たれた存在であるソレに対して。
「ハハハハハハハッ……! やっぱりか! そう、そうだよ! これが、三つ目の理由だ。テメェの『根拠不明な余裕』!」
思わず出た、乾いた笑い。それが迅の表情を染める。予想通りの展開に笑いしか出てこないのだ。
オーヴェルも迅と同様である。下卑た嗤いを高らかに披露していた。
「ククくくッ……どうやら勘付いておったようだな?」
「ああ。嫌な予感しかしてなかったぜ」
「些か態度に出すぎていたようだな。気付かれぬようにしていたつもりだが」
「その余裕の正体も、少し考えれば己ずと見えてくる。――『裏に傭兵連中より強大な戦力が控えていたから』だ。もしテメェに手を出せば、途端にコイツが襲い掛かってくる手筈だったんだろ? だから手出し出来なかったんだよ……ッ!」
初めから、すべて予測できた。
息子を人質に取られ。
手駒の傭兵達を失い。
そして遂に、こうして単騎孤立状態になった今でさえ。
オーヴェルは焦りを一切見せず、余裕の態度を変えずにいる。つまり、この男には勝算があったのだ。ボスである自分が、たった一人存在していれば勝てる――。そんなパワーバランスも何もない、暴虐極まる手段が。
迅の眼前。オーヴェルへの銃弾を遮ったソレは、低い唸り声を繰り返す。
「ぎ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ」
――魔瘴獣、ベディウス。
もし、マチスを盾に兵を退かせようとしたら。
もし、オーヴェルへと攻撃を仕掛けていたら。
間違いなく、この獣は迅やソフィアたちへと超常の一撃を放ってきた事だろう。
迅、ソフィア、レイル、蒼衣。
四人は最大限の警戒を、ベディウスへと向ける。
「――ソフィア。お前にも念のため確認しとくぞ。アイツで間違いないな」
「ええ。忘れたくても忘れられない。……間違いなく、兄さんを殺した魔物よ。当時とは若干見た目が変わってるみたいだけど」
「僕とジンが戦った時とも少し違うよ。特に腕まわりが……肥大化してる?」
「オーヴェルの野郎が何らかの調整を施したんだろうな」
「あれが、……魔瘴獣!」
蒼衣の瞳に、これまでにない切迫感が満ちる。
その意志へと呼応するように――。ベディウスが一際大きな咆哮をあげた。
「ヴ、ヴォォ。ォォオオオオオオオオ、……――ォッ!」
数時間前に遭遇した時とは装いを異にしているソレは、ゆっくり、ゆっくりと――。
首を傾げ、迅たち『敵対者』を睨め回した。




