20 魔瘴獣・Ⅳ
「――『火炎発現』!」
レイルのその叫びと共に、火炎魔術は顕現した。
「俺が合図したら攻撃魔術を放て」。
この迅の策を受け取ってから、レイルは常に合図を待ち続けていた。
レイルの反応は早かった。最速と言っても良い。
迅の指示を耳に入れ刹那、火炎魔術をベディウスに向けて撃ち放ったのだ。
いつでも発動できるように準備をしていた為、遅れは一切無い。
渦を巻き、過剰な火柱を撒き散らしながら。
レイルの魔術はベディウスへと、高速で空気を焦がしつつ飛翔してゆく。
獣はまだ攻撃を開始していない。その場に留まっている。
このままであれば……狙い過たず、魔術が直撃するだろう。
果たして、レイルの放った火炎魔術は――、
「な、――っ!?」
外れた。
火炎の到達直前で、ベディウスに察知された。
故に、この魔瘴獣は発動寸前だった攻撃動作を中断した。
己に向けられた魔術を避けるため、次の行動を「回避」へと切り替えたのだ。
人類であれば、誰一人として逃れること能わぬ状況だった事だろう。逸脱した身体能力を持つベディウスだからこそ、避けられてしまったのだ。
運悪く。
ベディウスは宙高くへと跳び上がっていた。
地面が抉れる程の跳躍力。蹴った地点を中心に、周囲へと土が飛散する。
少しだけ遅れて、レイルの炎が地面に着弾した。飛び散った土や草を追いかけるように、炎がそれらを呑み込んでゆく。
ベディウスはその様子を眼下に見ていた。
自分が数秒前まで四つ足で立っていた地点を。まるで、小馬鹿にするように。
「……ッ! くそっ!」
思わず歯噛みするレイル。
迅の期待に応える事ができず、魔瘴獣を捉える決定的瞬間を逃してしまった。もう二度と同じ手は通用しないだろう。
完全に役立たずだ。
唯一の味方である自分が、この戦場で足を引っ張っている。
だが。
迅は、この状況こそが狙いだった。
「――最高の仕事だ、レイル」
レイルへと向けられた賛辞。
それは、飛び上がったベディウスの更に頭上から聞こえた。
弾かれるように、レイルは視線を上方へと持ち上げる。
「っ!? な、何で!?」
聞き間違いではなかった。
迅が、既にベディウスの頭上へと跳び上がっていたのだ。
そして魔瘴獣は、――全く気付いていない。
己の上に位置する「狩人」の存在に。
有り得ない。
レイルの感情は、ただその一言に塗りつぶされた。
迅のこの戦術は「完全なる先読み」の果てにしか実現しない。
つまり迅は、絶好のタイミングでレイルに魔術を放たせ、それが外れるのを織り込み済みだったとしか考えられないのだ。
加えて、ベディウスが回避する方向に確信を得ていなければ、あの位置取りは不可能――。
「迅はすべて計算していたのだ」とレイルは気付く。
身震いを禁じ得なかった。迅が構築した「異能の戦術」に。
幾度修羅場をくぐれば、かような立ち回りが実現できると言うのか。
迅の武器は『物理障壁』に阻まれ、魔瘴獣を穿てない。
だが、とレイルは思う。
経験に刻まれし、その「戦術」こそが。迅の最大の武器なのだ、――と。
「コイツで、……――仕舞いだ!」
全身を捻り、腕へと力を集中させて。
迅は剣を振り下ろす。
途端、魔瘴獣の顔面左側を、強烈極まる爆発が襲った。
――直撃。




