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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第10話(3)

 突然周りの風景が現実感を失うような感覚に、私はただ茫然とする他なかった。


 喉が、自分の意志とは関係なく無意味な唸り声を上げているのを、私はぼんやりと感じ取った。視界は白くぼやけ、無意味な写真と化していた。奇妙な風景写真。暗い穴蔵の中、少年が佇んでいる。その片目からは、血の涙。やがて写真は動き出し――少年が、ゆっくりと膝をつき、倒れた。


「パル……パル! 」


 私の喉から、ようやく言葉がほとばしり出た。私は倒れ込むようにしてパルの元へと駆け寄った。足はひどく重く、ゆっくりとしか動かない。空気はゼリーにでもなったかのようだ。腕がのろのろと伸び、パルの体に触れた。

 既に、断末魔の痙攣が始まっていた。右目から入った矢は、ほとんど頭を貫通していた。


「パル……! 」


 私は地面に突っ伏し、パルの顔を覗きこんだ。こちらを見返す金色の瞳には、もはや意識の輝きは無かった。私の声も、聞こえていないようだった。私の見守る前で、パルはひときわ大きく体を震わせたかと思うと、それきり動かなくなった。あたりに響き渡る地鳴りのせいで、最後の息遣いさえ私には聞こえなかった。


「バカ野郎……余計なことを! 」


 怒号が、薄紙を一枚隔てた向こうから響くように聞こえた。ゆっくりと首を振り向けると、へたりこむマリグの首根っこを掴み、ティルザが階段を駆け上がろうとするところだった。マリグは目を見開き、呆けたような顔でされるがままになっていた。へし折れた腕の痛みさえ忘れているようだ。恐怖か、悔恨か、それともただ現実感を持てずにいるだけなのか……私は、その姿をぼんやりと見送った。地鳴りの響く中、私はそっとパルの頬に手を当てた。

 もう、わずかな体の震えさえ止まっていた。パルはぐったりと身を横たえ、怨みと怒りの表情を凍り付かせたまま、不自然な形で手足を投げ出していた。片方だけの瞳は中空を睨みつけたまま褪めた金色に光っていた。私はそっとその瞼を閉じた。


 私は手の震えを抑えながら、パルの顔に刺さった矢を握り、引き抜こうとした。矢尻の返しが引っ掛かり、ひどく手こずった。ようやく抜き取ったものの、矢を抜いてやったパルの顔は、半分がた血に染まり、さらに凄惨な様子になった。

 こんな――こんなことが、あっていいのか。止まらぬ地鳴りの中、私の頭の中にはその言葉だけが渦を巻いていた。これでは、あまりにも……あまりにも救いがない。私はほとんど無意識のうちに、帽子を脱ぎ、パルの小さな頭へかぶせてやっていた。私の帽子は、彼の頭には大きすぎた。顔のほとんどを覆い隠してしまっている。彼が見たら笑っただろう。そう、彼がもし、見ることが出来たなら……私は首を振り、感傷にはまり込んでしまいそうになる自分を必死で奮い立たせた。まだ、私にはやるべきことが残っている。


「……少なくとも、置いてはいかないからな、安心しろよ」


 呟くと、帽子をかぶったままのパルをおぶって、私は出口へと駆け上った。

 穴蔵から出て、神殿が見渡せる場所まで上がっていくと――私は、目を見開いてその場に立ち尽くした。


「何だ、これは……!! 」


 白い敷石で舗装された道が、光を噴き出している。まるで、噴水のように。そして敷石の継ぎ目からは、幾本もの白い柱が天に向かって聳え立っていた。10や20じゃ到底きかない。神殿が、白磁で出来た森にでもなってしまったかのような光景だ。

「ぎゃあああァァ!! 」

地鳴りの音をも上回る、はらわたの凍るような悲鳴がそこかしこで上がっていた。工事現場の方だ。見てみると、教会工事の大工たちが、必死の形相でちりぢりばらばらに逃げ惑っている。白磁の柱はそれを追いかけるかのように、蛇にも似た動きで身をくねらせていた。と、白い柱の端が、今しも逃げる大工の脚をかすめる。

 次の瞬間、その脚は吹っ飛んでいた。


 再び、悲鳴が上がる。一瞬だけ、柱の脚に当たった部分が赤く染まり、じきに白に戻った。それを見て、私は柱の正体を知った――水だ。高圧で噴き上がる水が、剣のような圧力で大工の脚を切断したのだ。そのまま柱は、片足を失って倒れ込んだ大工の方へにじり寄り、そして……

 柱は一瞬だけ桜色に染まり、すぐに元の純白を取り戻した。


「おい……何だありゃあ! 聞いてねえぞ! 」


 振り向くと、肩で息をしながらティルザが建物の陰にうずくまっていた。逃げようとしたものの、この状況に恐れをなして石壁の陰に隠れたという所だろう。マリグも傍らに座り込み、自分の肩を抱いて虚ろな目で震えていた。


「言っただろう、あれが……多分、メイユレグだ」


 私は静かに答え、周囲を見回した。


「もう1人いたと思ったが? 」


 ティルザは青ざめた顔を歪めた。


「その辺をよく探したら、まだ残ってるかも知れねえ……切れっ端くらいならな。真っ先に飛び出して、勢い余ってあいつに自分から飛び込んじまいやがった。ひどい眺めだったぜ。こんなことが、この世にあるのか……信じられねえ。深層に潜ってた頃でさえ、こんなもんは見たことがねえ」


 ティルザは、水柱が工事の櫓をいともたやすく崩していく光景を、歯を鳴らしながら見守っていた。


「恐らく、神殿の魔導機械そのものを魔導武器のように使っているのだろう。本来、自然界の魔力を取り入れて動くのが魔導機械だ。出力と持続性は高いが、武器になるほど激しい力の放出は出来ない。だが、その器に、膨大な魔力を注ぎ込んで操ることができたなら……」


「バカな! 破城槌で太鼓を叩くようなもんだぞ! そんなことの出来る人間が、どこにいるってんだ! 」


「奴なら、出来るんだ」


 と……私は、思わず叫び声を上げた。


「……ジャムフ! 」


 水柱を、花弁のように従えて――青白く燃える光芒を身にまとい、異様なコートを着た男は静かに歩いて来た。光の中に浮かび上がるシルエットは、奇妙に歪んで揺れている。まるでコートの下にたくさんの脚を持つバケモノでも隠しているかのようだ。その後ろで、櫓が音を立てて倒壊した。遠目にも、奴が長髪の下で例の謎めいた笑みを浮かべているのが分かる。ひと仕事終えて、今度は雑事を片づけようとこちらに向かっている――といったところだろうか。


「次は俺たちの番ってわけか……畜生ッ! 」


 ティルザは叫び、身をひるがえして建物の陰から躍り出た。イチかバチかの賭けに出る気だ。幸い今、水の柱は全てジャムフの元へ集まっている。あれがこちらへ届く前に神殿の敷地を出れば、逃げ切るチャンスはある。私も、パルの体を背負って後に続いた……いや、続こうとした。その時だった。

 ジャムフは私たちの姿を認め、手にした魔導杖を軽く振った。と、柱の一本が大きく身をうねらせ、弧を描いて地に潜った。私は耳を澄ました。地鳴りの音に混じって、地面の下から水音が聞こえる。無数の、川のせせらぎにも似た音。地中を水柱が滑っているのだ。


「まずい……下だ! 」


 私は叫び、左手で敷石を撃った。周囲の敷石が持ち上がり、私の周りに小さな壁を作る。その上に魔力のこもった土埃が雲のように浮かんで、守りを固めた。

 一瞬遅れて、水の刃が四方から襲い掛かってきた。先ほどまでのような、巨大な柱の姿ではない。白く細長い指を思わせる無数の刃が、渦を巻いて押し寄せる――私は左手に力を込めた。大地の魔力が敷石の上で火花を散らし、水の刃を押しとどめる。属性の違う魔力同士の反発作用だ。それでも幾本かの刃が石の壁をすり抜けたが、それは空気中に舞った土埃とぶつかって減衰し、かき消える。


「くそっ……ふざけやがって! 」


 ティルザは、迫る刃を忌々しげに一瞥したのち、宙に跳んだ。それを追い、水の刃も空中へと指を伸ばす。が、刃の切っ先が脚に触れそうになった時、ティルザはさらに高く跳んだ――一度目で本堂の建物に向かって飛び、その壁を蹴って二度目の跳躍を行ったのだ。水の刃の一部は、二度の方向転換に自重を支えきれず床へ崩れ落ちた。が、まだ5、6本の刃が空中のティルザを追い続けている。


「鬱陶しいんだよ……この! 」


 ティルザは空中で体をひねり、腰の剣を抜き放った。抜き打ちに放たれた剣の軌道が、水の刃とぶつかり、跳ね散らし、断ち切っていく。水の刃は、地中からジャムフによって魔力を送られることで形を維持している。切断してその供給を絶てば、刃は無力な水に戻るのだ。


「そういつまでも相手しちゃいられねえ、ここはズラかるしかねえな……マリグ? 」


 ティルザは肩をすくめ、マリグの名を読んだ。が、返ってきたのは呻き声だけだった。

 建物の陰に隠れていたマリグは、今や敷石の上に倒れ、芋虫のようにのたうっていた。よく見ると、脚を手で押さえている。手の下からは血が溢れだしていた。石壁に守られて直撃だけは避けられたものの、地面から生えてくる無数の刃の1本が、彼の脚をえぐったらしい。


「た……立てないんだ。助けてくれ」


 荒い息の下から、弱々しくマリグは言った。ティルザは冷たい目でその様子を見守り、やがて遠くへ目を移した。ジャムフの、光芒をまとった姿。無数に立つ水の柱。崩れた櫓。


「この分じゃ、バザールもこの件からは手を引くだろう……もう、ここに居る意味はないな。一文にもならん」


 そっけなくそれだけ言うと、ティルザはマリグに一瞥すらくれず、身をひるがえして神殿の出口へと駆け出した。マリグは目を見開き、何とか上体を起こすと、ティルザの背中に向かって叫び声を上げた。


「おい! 私はどうなる!? 今さら……見捨てようってのか! 」


 マリグは叫び、体勢を崩して再び敷石の上に倒れ込みながら、なおも叫んだ。が、ティルザは振り返りさえしなかった。逃げるティルザを追うかのごとく、また一本の柱が崩れ、無数の刃となってこちらに走ってくる。さながら白い絨毯だ。この分では、私たちまで巻き込まれてしまうだろう。長居は危険だ。私は踵を返し、ティルザの後に続こうとした。


「畜生……畜生! 」


 涙声が背後から聞こえた。床に突っ伏し、マリグは駄々っ子のように泣いていた。その脚からは、まだ途切れることなく血が流れ続けていた。まず、走って逃げることは出来ないだろう。パルに刺された腹の傷もある。例え刃の群れを無傷で乗り切れたとしても、遅かれ早かれ血を流しつくして、死に至るだろう。

 当然の報いというものだ――ビアルを殺し、今、パルまでもその手に掛けた男。『うちびと』を守ると言いながら、自分の目的にそぐわぬものは全て切り捨てて顧みない男。ここで、古代魔術に切り裂かれるのが似合いの最期ではないのか。そう、私は思った。


 思っていたはずだった。


「ガキみたいにピーピーわめくんじゃない……自分の足で立て! 無事な方の足が、あるだろうが」


 気が付くと、私はマリグの腕の下に肩を入れ、助け起こそうとしていた。マリグは、目を丸くしてこちらを見た。


「あんた……何で? 」


「そう、信じられないって顔をするな。私だって、自分で自分が信じられないんだからな。だが……お前のためじゃない。私自身のためだ。約束があるんだよ」


 私は言った、いみじくも――人を殺すために依頼を受けることはしないと。依頼者には、その考えは伝わらなかった。どころかもはや、依頼者はこの世にいない。だからこれは、100%私の自己満足だ。

 背負ったパルの体が、私を強く締め付けるような気がした。

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