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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第10話(4)

 私はよろけながらも、何とか体を起こして歩き出した。体2つ分の重みだ。到底、軽快に走るというわけにはいかない。このペースでただ進んでいたのでは、いずれ刃に追いつかれる。私は振り返り、左手に意識を集中した。

 契約印が燃えるように痺れる。ただでさえ魔術を酷使してきたというのに、ここへきて残りの魔力まで一気に絞り出そうというのだ。体に負担がかかるのは間違いない。だが、死にたくなかったらやるしかない。


「ちょいと、揺れるかもしれないが、我慢して立ってろ。1等車とはいかない、オンボロ列車なもんでな」


 私はマリグにそう言うと、左腕を挙げながら地面に目を走らせた。古代の神殿というものは、無秩序に立てられてはいない。魔導機械を制御し、魔神の力を収束させるために、通路自体にも契約印のような、魔力を集めやすい形に配置されているのだ。それを利用して、ジャムフは魔神ではなく自分の魔力を神殿に流し、神殿全体をひとつの魔導武器として使っている。それならば、魔力を通している神殿の通路の重要部分を破壊すれば、あるいは多少神殿の力を弱められるかもしれない。

 私は必死で通路の敷石を見つめた。とはいえ、私は別に考古学者でもなければ、魔導武器の専門家でもない。神殿の急所など、たちどころに見抜けるはずもない。とりあえず、適当なところに狙いを定め、私は拳を振り下ろそうとした。


「悪くはない……悪くはないが、そこでは無理だろうな、同胞(はらから)


 声は、下から飛んできた。


 地面が泥沼のようにうねり、膨れ、盛り上がって、中からジャムフの体がせり上がってきた。大地の魔術で地面を軟質化させ、地中に身を隠して近づいて来たのか。私が目を見張る前で、ジャムフは体中から光をほとばしらせながら、笑った。


「恐れることは、大事だ……前にも言ったな。次に会う時は、友人になろう、とも」


「そうだったっけかね……だがまあ、こういう友達がいたら重宝するかな、魔導泉が壊れた時なんかに」


 私は、震える舌で軽口をひねり出しながら、密かに逃げるチャンスをうかがっていた。2人分の重さを背負って、無数の水柱と、得体の知れない片目の魔導士から逃げる方法――考えるまでもなく絶望的だということは分かっていたが、それでも考え続けた。


「そう、構えるな、同胞(はらから)。話している相手が、帰ることばかり考えているというのは、寂しいものだぞ」


 ジャムフは楽しげに笑いながら、杖を軽く振った。周りを囲む水柱が、ゆっくりと間隔を狭めながら迫ってくる。


「安心したまえ。何も、君をどうこうしようというんじゃない。君はよくやった――与えられたヒントから、見事に正解を導き出したな。

 そして、分かっただろう。最も罪深い者は誰か……」


 マリグが、私の横でヒッと息を吸い込む音を立てた。体の震えが伝わってくる。そちらに向かってジャムフは笑みを向け、子供に言って聞かせるような口調で続けた。


「何も、神殿を利用して己の欲を満たそうとしたことを責めているのではない。むしろ逆だ――欲のままに動くこと、それは自然だ。掲げた言葉が許せぬのだ。『うちびと』に対する侵略に抵抗する、と言ったな。それは『混ざり』を妨げること、我々の目的を妨げることだ」


 私はふと、『帽子亭』で会った時にジャムフが言っていたことを想いだした――内と外、どちらの真も真とはしない。混じりあいの中にこそ、真がある。メイユレグとは、『うちびと』の解放を目指しているのではないのか? 連中が見ている未来とは……? 考えているヒマは無かった。ジャムフは、異様な形の杖をこちらに向け、静かに言った。


同胞(はらから)、君は行くがいい。行って、終わった歌を弔うがいい。だが、そこの男は置いていけ。知らぬこととはいえ、考えもなしに我々の真なる世界を穢した報いだけは受けてもらわねばならない。どのみち、君とてその男には怒りだけしかないだろう? 」


 口調は落ち着いていたが、言葉を重ねるたびに杖から発せられる光がどんどん強くなっていった。もうじき、目を開けていられなくなりそうだ。私は頭を下げながら、上目づかいにジャムフを睨み据えた。


「……どうしたわけだろうね。あんたの言う通りのはずなんだが……あんたにそう言われた途端、こいつを差し出すのが無性に嫌になってきたよ」


 ジャムフは、輝く瞳をほんの少しだけ揺らした。


「何のゆかりもない人間を、そうまでして庇う……そういうことを、君はしないと思っていたがな、同胞(はらから)


「私に言わせりゃ、それはあんたも同じことだぜ。あんた、純粋人類だろう? それが何で、『うちびと』の魔神崇拝なんかを……」


 ジャムフは笑顔を崩さなかった。が、『純粋人類』という言葉が出た途端、彼の背負う光芒が2,3倍の大きさに膨れ上がった。


「無知は罪……そう、言ったはずだな、同胞(はらから)


 あくまで静かに、しかし声の底に冷たい怒りを漂わせながら、ジャムフは言った。


「使ってはならない、(あやま)てる言葉を。『純粋』などという、忌まわしい言葉を……! 」


 言葉と共に、ジャムフの体が大きく膨れ上がった。比喩ではない。本当に、コートを押し広げて、ジャムフの体からいくつもの突起が突き出したのだ。私は眩い光に耐えて目を凝らした。その腕からは、バネのようにくねった金属の糸が幾本も突き出し、血管か何かのようにうねっていた。

 私は、片目のジャムフの正体を見――その力の源を知った。奴は、針金で体内に契約印を刻んでいるのだ。


 複数の契約印を重ねて刻むことは基本的に出来ない。ひとつの印を作る線の上に別の線が描かれれば、それは意味のない図形となってしまう。だが、2次元の考え方から抜け出したらどうだろう? 契約印を立体的に組み合わせ、交差させたら?

 ジャムフは、魔導合金で造った針金を体に埋め込み、体内でいくつもの契約印を描いているのだ。これなら皮膚に刻むのとは違い、いくつもの契約印を組み合わせて魔力を集約させることが出来る。さらにただ皮膚に刻むより、契約印自体を描くスペースも広がる。複数の属性を持つ強力な魔力を自在に操れるのはそのためだ。無論、正気の沙汰ではない――ただでさえ苦痛の伴う契約印の刻印を、表皮だけでなく体内にまで施すとは。どのような苦しみを味わうことになるか、想像しただけで寒気がする。


「過ちを、見過ごすわけにはいかんぞ、同胞(はらから)……『純粋』なるものを信じ、それを信じるものを庇うなどという、過ちはな」


 ジャムフは言い、無慈悲に杖を振った。たちまち水の柱が寄り集まって巨大な壁となり、私たちに迫ってきた――ものの数十秒で、私たちを飲みこみ、粉々にしてしまうだろう。だが――私は一瞬のうちに答えを出していた。あれだけの水力を維持するには、いかなジャムフとて集中を要するはずだ。ならばその集中を一時でも途切れさせ、魔力を絶てば、ティルザが斬った水と同様、水柱は一瞬で崩れ落ちるはずだ。

 イチかバチか、賭けてみるほかない。


 私は左手と右手をお祈りでもするように組み合わせ、精神を集中したのち、左の拳を力いっぱい地面に叩きつけた。たちまち、周囲の瓦礫や土埃が舞い散り、魔力を帯びた『壁』となる。正真正銘最後の魔力だ。これ以上はどうにもならない。

 水の壁は迫り、私の造りだした頼りない壁に襲い掛かった――無論、耐え切れるはずもない。1秒と持ちはしないだろう。だが、ほんの一瞬、水の壁を遮り穴をあけてくれるはずだ。その時に――


 しばッ!!


 風を切るような音が、私の鼓膜に心地よく響いた。成功の合図だ。水壁を透かして、私はその瞬間を見た。ジャムフ目がけ、短く鋭い針のようなものが飛んでいくのを。それは次の瞬間、ジャムフの光り輝く杖によって払われ、地面に突き刺さった。だが、その一瞬で十分だった。続けて轟音が轟き、水の柱が力を失って次々に崩れ出す。


「……小細工を、してくれるじゃないか」


 ジャムフの声が、水音の向こうから聞こえた。私はみなまで聞かず、踵を返して一目散に逃げ出した。まだ残存している土埃の壁が、私の姿をくらます煙幕になってくれた。

 私は右手に握ったままだったものを左手に持ち替え、地面を叩く際に突き刺したのだ。水壁は地面から噴き出す水で出来ている――つまり、地中には高圧の水が流れているということだ。水壁が迫った時、その圧力が地面に植えられた「それ」を弾き飛ばし、水壁に土の『壁』が開けた穴からジャムフを撃ったというわけだ。

 私は複雑な心境で右手を見つめた。まだ、白手袋に血の染みが残っている――私たちの命を救った「それ」とは、先ほどパルの命を奪った、あのボウガンの矢だった。


「また、友人にはなれなかったなァ、同胞(はらから)! 」


 はるか後ろから、ジャムフの上げる声が聞こえた。もう追ってくる気はないらしい。


「だが、私は待ち続けるぞ――知りたいと思い続けたまえ、同胞(はらから)! 無知でなく未知であるならば、我々は常に君を待っている。真理は、君のもの、我々のものだ。忘れるな、同胞(はらから)! 」


 言葉の終わりは水音に呑まれ、やがて完全に消えた。私はマリグとパルの体を支えながら、必死で神殿の出口まで歩いて行った。


 門まで来てみると、ハチの巣をつついたような大騒ぎだった。座り込みをしていたジュナルガククの連中と、ギルドの憲兵隊とが、何やら言い争いをしている。神殿内で起きたことについて、お互いに責任を擦り付け合っているようだ。あまりの大騒ぎに、私たちに気付くものすら誰もいない。私はひとつため息をつくと、マリグの体から肩を外し、路上に投げ出した。マリグは痛みに低く呻いた。


「お前は、ここに置いていく。後は自分で、どうとでもするがいいさ。あそこでお前は死ななかった。それで私は満足だ。自分に約束したことを、曲がりなりにも果たすことが出来た」


「わ……私は、どうなるんだ」


 ほとんど呆然自失といった顔で、マリグは言った。その顔には、堂々たる教祖の威厳は既になく、頭でっかちの学生らしい齢相応のあどけなさだけが残っていた。私は嫌でしょうがなかった――あれだけ怒りを感じていたにもかかわらず、いざ無力なこの男を前にすると、途端に憐れみが顔を出す、自分自身の心が。


「どうなるんだか、私にも分からん――少なくとも、バザールはお前を放っておいてはくれんだろう。デカい取引をふいにした上に、お前は余計なことを知りすぎてるからな。第7の商工ギルドの縄張りを冒そうとしたなんてバレたら、後々面倒だ」


「そんな! それじゃ……」


「……いっそ正直に何もかもぶちまけて、第7のギルドに証人としてかくまってもらうってのも手かもな。そうすりゃ少なくとも、ビアルの死の真相だけは明らかになる……あの親子も多少は浮かばれるってもんだ」


 私の言葉に、マリグは追い詰められた表情を更に歪めた。


「ひと殺しにまで、なれというのか……後ろ盾も、権力も、名誉も、全部失ったこの上に、人殺しの名まで受けなきゃならないのか」


「甘ったれるな! 」


 私は怒鳴っていた。弾みで、背負ったパルの頭がぐらぐらと揺れ、フェルト帽のつばが私の首筋をくすぐった。


「……理想だの、主義だのに、己の行動をおっかぶせるのはもう終わりだ。遊びは終わったんだ」


 私は踵を返し、歩き出した。後ろですすり泣きの声が聞こえていたが、すぐに雑踏に紛れ、何も聞こえなくなった。


 ぽつりぽつりと、額を水滴が叩いた。雨だ。それはやがてあたりを激しく撃ちはじめ、やがてバケツをひっくり返したような豪雨となった。雨に体を濡らしながら、私はひたすら歩いた。パルの体は、既に冷たくなっていた。雨がさらに熱を奪った。私は、自分の血が冷たいことを恨んだ。私が温かな血を持っていれば、背負った体はもう少しの間温かいままだったのだろうかと、益体もないことを考えた。


 私はパルと一緒に歩き続けた。彼の体は、あまりにも軽かった。軽くて、背骨が折れてしまいそうなほどに。

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