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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 探偵 マフィ・エメネス ~
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第7話(前)

「では、名前と、あなたが何故ここに呼ばれたかを答えてください」


 心なしか不安そうなキブルの声に答え、あたしはゆっくりと口を開いた。


「名は、マフィ・エメネス。職業は古道具屋――いつもはね。だけど、ここ3日ばかりは、探偵ってやつの真似事をやってきた。ここに来たのは、その成果を見せつけて、そこに座ってしょげ返ってるトカゲ野郎がなめし革になっちまうのを阻止するためさ」


 あたしの声は、静まり返った法廷内に驚くほどよく響いた。正直、証言台に立つ前はかなり緊張していたのだが、いざ立ってしまうとクソ度胸が据わるというか、案外声が出るものだ。裁判長はあたしの声に、わずかに眉をひそめて鐘を叩いた。


「証人は、聞かれたことにだけ簡潔に答えるように。法廷は会話の場ではない。過度な装飾は必要ありません」


 あたしは大人しく頷いておく。つい舞い上がって余計なことまで言ってしまったが、調子に乗ったらベキムの二の舞だ。落ち着いて、簡潔に、はっきりと、だ。あたしが静かになったのを見計らって、キブルが次の質問に入る。


「あなたは探偵としてこの事件を調査したということですが、その結果、何かこの場に提出できる証拠を発見しましたか? 」


「そりゃ、なかったらここに来な……いけね、今のなし。イエス、イエスです」


 あたしは言い直しながら、懐から魔導録光機の記録媒体を取り出した。円盤型の媒体を螺旋状にほぐし、ドーム型に展開させて、スイッチを押す。炎の魔力が、記録された映像を光としてその場に投影し始めた。


「こいつは、事件があった枝道の手すりの映像だ。昨日撮ってきた。よく見てくれ、横木のところに、削れたような傷があるだろ? 」


 続けてあたしは、録光機のダイヤルを切り替えた。白っぽい体が大写しになり、傍聴席から小さな悲鳴が聞こえた。被害者レギナムの検死写真だ。


「手すりの傷を思い出してくれ。あれと似たような傷が、被害者の体にも――特に背中に、数多くついていた。他にも、この、鉤型に曲がった痣」


 あたしは映像の中を指さした。


「こいつは、手すりの形とぴったり重なる。こう、柱と横棒が重なるところだな。ここから導き出される結論としては、被害者は枝道の真ん中で殺されたのではなく、手すりのギリギリまで追い詰められてから殺されたのだと……」


 あたしはハッとして口をつぐんだ。裁判長が、鎚を手にあたしを見つめている。ちょっと深入りしすぎたか。憶測を言い散らしてしまった。


「失礼。弁護人さんよぉ、続きは改めて質問してくれ」


 キブルは深いため息をつきながら、顔を上げ、質問を発した。


「それでは……実際に、その推論を裏付ける証拠は? 」


「ああ……これは、言ってもしょうがないかもしれねえけど……」


 あたしは髪をぼりぼりと掻きむしりながら口ごもった。ベキムの方を見ると、椅子に座って腕を組んだまま、しきりに頷いている。「行け」の合図か――どうなっても知らねえぞ。あたしは半分ヤケになって話を始めた。


「手すりの柱から、『匂い』がした。血の匂いだ。そんなに昔のものじゃない。ごく最近――それこそ事件当日にでもこぼれた血の匂いだった。映像を見ても分かるだろうけど、血そのものは拭き取られて、残ってなかった。匂いだって常人の嗅覚じゃ、嗅ぎ分けられないくらいかすかなもんだったし……だから言うのイヤだったんだよ」


 周りの疑わしげな視線にさらされて、あたしは辟易し髪をかきあげた。キブルも困り顔だ。かえって逆効果になってしまったか。気まずい感じで弁護側の尋問は終わり、代わってデニアが手ぐすね引いて乗り出してきた。


「マフィ・エメネス。あなたは先ほど、自分の職業は古道具屋だと言いましたね? 」


「ああ、そりゃあ本当だけど? 」


 あたしはデニアの顔を睨みながら、尖った声で答えた。デニアも負けじと睨み返す。


「しかし……バザール加盟の古物商ギルドの名簿には、あなたの名はありませんね? 」


 まずは、軽い挨拶ってとこか――あたしは沸き起こる怒りを抑えてデニアの視線をはじき返した。あたしはギルドにも入っていない、わりと危ない橋を渡る方の道具屋だ。あたしがそういう人間だってことを暴きたてて、証言の信憑性を落とそうって魂胆だろう。


「そりゃ、加盟してないからねえ……回りくどい言い方はよしなよ、あんただってバザールのお偉いさんなんだから、知ってんだろ? あたしがどういう商売してんのか、くらいさ」


「聞かれたことにだけ答えればよろしい。ギルドには入っていないのだね? 」


 デニアの口調が荒くなる。売り言葉に買い言葉、あたしの声も思わず高くなる。


「何だよ、お願いしたら入れてくれるっての? 願い下げだけどさァ! 」


 法廷内がざわつき、裁判長は鐘を激しく打ち鳴らした。


「静粛に、静粛に! ……証人も、検事も、事件に関係ない件での言い争いは慎んでください。証人の職業は、この際関係ないでしょう。反対尋問を続けてください」


 デニアは髪型を整えながら――傍聴席からかすかに笑いが起こったが、当人は頭に血が上っていて聞こえていないらしかった――あたしへの質問を再開した。


「それでは、証言の内容についての検討に入りましょう。

 あなたは、先ほどの……あー……憶測において、血の匂いが手すりからしたと証言しましたが……証拠物件1を参照します」


 デニアの合図で、証拠としてテーブルに置かれていた被害者の着衣が持ち出された。近場に居たジギーが、試着してみようかと思っているような格好で服を持ち上げている。


「被害者の着衣を見れば分かるように、血液はほとんど体内に留まって、体外には流れ出さなかった。仮にこぼれ出していたとしても、ごく微量だったことでしょう。それを、数日経った今になって、嗅ぎ分けられたというのですか? 」


 あたしは黙って、デニアを睨んだ。デニアは少したじろいだが、腕を組み、口を一文字に結んでこちらを見つめ返してきた。何としても答えを引き出すまで、一歩も退かない構えだ。あたしは仕方なく、服の袖に手をかけた。あんまり気持ちのいいもんじゃないが、ひと一人の命が懸かってる状況だ。四の五の言ってはいられない。

 服の袖口をぐっと肘までまくり上げると、猿のように栗色の毛が生えた腕が露わになった。もの珍しげな傍聴人たちの視線を感じながら、あたしは毅然と顎を上げ、声を張り上げた。


「あたしは猿人(エイプマン)の混血でね。純粋人類より、遥かに鼻が利くんだ……なんか、文句あるかよ? 」


 ざわめきが陪審たちの間に起こる。みな眉を顰め、あたしとベキムとを見比べている様子だ。亜人どものかばい合い、示し合わせて法廷を欺こうと言う企みだろう――そんな会話の内容が、容易に想像できた。そういう方向に陪審員の考えを誘導するのが、デニアの狙いなのだ。あたしは奥歯を噛みしめながら、デニアの方に一歩足を踏み出し、凄んだ。


「何だよ、亜人だったら証人になれねえとでも言うのか? その理屈で言ったら、純粋人類の弁護にゃ、純粋人類を証人として呼べないってことになるんじゃねえの?」


「べ、別に人種的問題に関して、どうこうと言うんではありません」


 数日前の恐怖が蘇ったのか、上ずった声でデニアは言い、早々に次の質問へと移った。


「あなたは手すりの際まで追い詰められてから刺されたという想像を述べ、その根拠として手すりの映像を当法廷へ提出した。しかし、エディオル先生の話を思い出していただきたい。被害者は刺された後、ほぼ間をおかずに失血死しているのです。あなたの話では、手すりの傍で刺され瀕死の被害者が、枝道を何歩か歩いて被告人に突き当たり、その瞬間に死んだということになってしまう。そんなことが、ありうると思いますか? 」


「さあねえ」


 あたしは明後日の方向を見ながら答えた。


「あの時本当は何があったのか、それを解き明かしてみせる義務はあたしにゃないからね。あたしはただ、こういう手がかりがありましたよって提示してるだけだ。あんたらはそこの緑色野郎に罪を被せようとしてるけど、別の解釈もできるんじゃないかって、そう言ってるのさ」


 我ながら苦しい説明だとは思ったが、こう言うより仕方ない。結局のところ、どんな言い逃れをしても、最後にはデカい壁に突きあたるのだ――ベキムでないとしたら、誰が殺ったのか? どういう手を使ったのか? それが分からない限り、近くにいたベキムにしか犯行は不可能という理屈で押し切られてしまう。


 なんか、なんか引っかかるんだよな……あたしはどうにも説明のつかない違和感に、髪をくしゃくしゃと掻きまわした。あの、証拠物件2とやらのことだろうか? あれが出てきてから、なんか気になって……あたしは、ふと気づいた。


「あのさ、ジギー、ちょっと……」


「おい! 原告側の証人に! 」


 あたしがジギーに向かって手を振ると、すかさずデニアは声を張り上げた。うるさい奴め……あたしは裁判長に向き直った。


「裁判長、原告側の証拠物件を、ちょっと見せてもらってもいいかな? 」


 裁判長は胡乱げに片眉を上げ、手の中の鎚を見た。鐘を鳴らそうかどうか迷っているようだったが、やがて諦めた様子で鎚を置いた。


「まあ、構わないでしょう」


「あんがと。それじゃジギー、その服、裏返して見てくんない? 」


 ジギーは目を見開いたが、黙ってあたしの指示にしたがい、服の裏側を高々と掲げた。血の跡は、表側よりやや大きい真円形を描いて、服のど真ん中に塗られている。真円……?


「そうだ、これだわ」


 あたしは思わず呟いていた。

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