第4話
「それでお前さん、タンカ切って颯爽と出て行ったってわけか? いやはや……」
ベキムは顔をしかめ、大仰に天を仰いで見せた。
「お前さんのムチャは今に始まったことじゃないが……もう少し考えて行動してくれよ。私の命が懸かってるんだぞ」
「わーってるよ、悪かったって……」
あたしは額を掻きながら、ベキムの黄色い目を避けた。
一晩明けて、あたしは再びベキムの独房を訪れていた。昨日とは違い、ベキムは地味なグレーの囚人服を着ていた。元からだぼっとした生地の上、サイズがひと回りかふた回りほども大きいので、ズダ袋に叩き込まれて運ばれてきたような見た目になっている。独房のベキムに呼ばれた日から一晩明け、あたしは前日の捜査の結果を話すために再びベキムの元を訪れていた。
「それで、昨日は結局、レギナムの死体を見て、検事を放り投げただけで終わったのか? 」
「放り投げちゃいねえよ! それに、それだけじゃねえって。ちゃんと目撃者への聞き込みにも行ったんだからな。カネに見合うだけの仕事はしてるよ、こう見えても」
あたしはいきり立って言いつのった。
実際、昨日は結構働いたのだ。検事のデニアといざこざを起こして立ち去った後、あたしは目撃者への聞き込みのことを思い出し、私兵詰所へとんぼがえりした。露骨に嫌そうな顔をするキブルを何とか脅しつけ……もとい、なだめすかして、目撃者の名前と連絡先を手に入れた。その足ですぐ、全員の元を回ったのだ。胸を張れるだけの労働量だ。
ベキムは白けた顔であたしの言葉を聞き流していたが、やがておもむろに口を開いた。
「……で、結局、何人殴った? 」
「はァ? ンなことより、捜査の結果を……」
「いいから、言え。捜査の途中で、何人殴っちまったんだ? 」
あたしは口ごもり、小声で答えた。
「2人……いや、軽く撫でた程度だけどな」
その言葉を聞き、ベキムは大袈裟にため息をつく。
「あのなぁ……もう少しお前さんは、辛抱というものを覚えた方がいいぞ」
「あっちがいちいち、気に障る言葉を出してくるんだよ。亜人だの、バケモンだの……1度や2度なら、まだ我慢してやるけどよ。何度も何度も言われると、もう考えるより先に手が出ちまうんだよ」
あたしは髪をかきあげ、逆ギレ気味に答えた。
「だいたい、元々あたしは中心街まで出てくるようなガラじゃあないんだし、向こうだってあたしらのナワバリまでは足を延ばさないし、そうやって住み分けてきたんだからさ。今になって急に馴染もうったって、無理があンだよ」
またため息で返されるかと思いきや、ベキムはちょっと考え込むような身振りをした。
「フーム……そういう、考え方もあるかな。住み分けか……それしか、ないもんだろうかな? 亜人と純粋人類ってのは」
「あたしからしてみりゃ、あっちがなんであたしらを目の敵にすンのか、よく分からないんだけどね。別にあっちがつっかかってこなきゃ、あたしだって腕っぷし振るったりはしないのにさ」
あたしが口をとがらすと、ベキムは訳知り顔に頷きながら言う。
「そりゃ、お前さんはなまじ純粋人類って言っても通る見てくれだからな。自分の出自を隠して純粋人類と接してると、かえって分からなくなることもあるだろうさ。
私なんかはどうやったって亜人ってツラだからな。純粋人類の敵意がよく見えるんだ。ありゃ、怖いのさ。亜人ってやつは、混血に躊躇がないだろう? 種族の違う亜人同士でも荒廃するし、だから容貌の違いもほとんど苦にしない。そういう文化なんだ。
だが純粋人類連中は、そこんところが信じられないんだな……生まれてからこのかた、自分らと容貌の違う人類ってものに親しんだことがない。だから自分らの見てくれや血筋にこだわるし、それが混ざることを恐れる。「うちびと」から見たら異常なほどに――しょうがないっちゃしょうがないことなんだよ。自己防衛本能みたいなもんだ」
「小理屈をこね回すのは楽しいだろうけどよ、それ聞いてあたしはどうすりゃいいってのさ」
あたしが文句を言うと、ベキムは先ほどまでの真剣な顔をガラッと崩し、答えた。
「そうさな、とりあえずは、聞き込みの成果を聞かせてくれよ。時間もないことだしな」
「お前が妙な説教始めるからだろうが」
ベキムのにやけ面にひと睨みくれてから、あたしは話を始めた。
「……と言っても、大した成果は無かったんだけどね。なんとか目撃者を見つけ出して聞き込みしてみたけど、新しい情報はなんも出てこなかったよ。夜道を歩いていたら、ハデなシャツのトカゲ男が善良な市民を襲っている現場に出くわして、ぶったまげてバザール兵を呼びました――だってさ。あんたの話とも、死体から読み取れる状況とも合致する。証言に関しては、崩しようがないんじゃないかね」
あたしの言葉に、ベキムは考え込んだ。しばらく黙っていた後、何か思いついた様子で静かに口を開く。
「ハデなシャツ、と言っていたか? そいつら、私のファッションを……」
「……お前、この期に及んでまだヘタな冗談叩く気じゃねえだろうな。鉄格子があるからってあたしの拳が届かねえとでも思ってんのか?」
あたしが指を鳴らして見せると、慌ててベキムは手を振った。
「まあ待て、落ち着け。ちゃんと意味があることなんだ。私の質問に答えてくれ。そいつら、本当に私の姿をランプで照らして、ハデなシャツ着てるって言ってたのか? 」
「そうだけど、それがどうしたんだよ? 」
ベキムは顎に手をやり、うーんと唸りながら何かを考えているようだったが、やおら顔を上げ、ぽんと一つ手を打った。
「よし、分かった。分かったが、まあ、これだけじゃどうにもならん。一旦忘れよう」
「何だよ、それ!? 」
野郎の胸ぐらでも掴んでやろうかと思ったが、鉄格子が邪魔をした。ベキムはあたしの剣幕に少しばかりのけぞりながら、なだめるように言った。
「まあまあ、落ち着け。単なる思いつきだ。裏付けが取れたら、いずれお前さんにも話すさ。てなわけで、今日お前さんには、犯行現場の捜査を頼みたい」
「犯行現場ァ? 」
あたしは腕組みして考えた。
「そりゃ、行けっつうなら行くけどさ。もうバザールの連中が捜査を済ませて、掃除までしちまってるだろ? 今さら行っても、何にも見るもんねえぞ」
「私だって、真犯人が落としたイニシャル入りのハンカチとか、そういうものを探してこいって言ってるんじゃないさ。とにかく、事件が起きた時の状況を、一から洗い直してみる必要があるんだ。私は中心街の『空に星』亭から出て、第6大隧道に向かう道の途中にある我が家へ帰るところだった。その途中の枝道で、事件は起きた。お前さんには、事件の晩に私が辿った足取りを、追い直してほしいんだ」
「足取りを……ってえと、まずは、『空に星』亭からか? 」
あたしの表情が曇ったのを見て、ベキムは心配げな顔になる。
「ちょっと、お前さんには場違いな場所かもしれないが……大丈夫だろうな? 殴り合いはやめてくれよ? あの店は気に入ってるんだから、行きづらくなったら困る」
「むしろ、あっちがあたしを入れてくれるかどうか疑問だよ。あんなお高くとまった店じゃあねェ。亜人だってことはぱっと見分からねえだろうけど、商売の方は結構有名になっちまってるからね」
「私が入れるんだ、まあ、大抵の人間は大丈夫だろう。入ったら、バーテンダーに声をかけるといい。ジギーという名の、若い男だ。金髪に、真っ黒な手をしてるから、すぐに分かる。奴になら、事件の晩の話が聞けるだろう」
「あんたが酔っぱらった挙句どんな冗談言ったかなんて話なら、聞いても仕方ねぇけどね」
「そう言うな。期待せずに聞いたら案外イケると思うぞ。そうだな、こういうのがある。昨日牢屋の中でヒマしてる時に思いついた小噺なんだがな。ある男が、盗賊ギルドの上納金を……」
「……それ以上言ったら、あたしはこの事件から手を引くからな。縛り首になっても冗談言えるなら言ってみろ」
あたしが睨むと、ベキムはぶるっと体を震わせた。
「悪い、悪い。勘弁してくれ。それより、くれぐれもジギーへの聞き込みは入念に頼むぞ。私と最後に話をした人間なんだ。証人として召喚される公算は高い。奴の証言次第で、判決はどっちにでも転びうる」
「なんだ、顔なじみなんだろ? そんなに信用できないのか? 」
あたしが聞くと、ベキムは「分かってないな、こいつ……」とでも言いたそうな顔をした。
「あのなあ、まあ、奴個人が信用できる奴かって言うと、それも怪しいんだけどさ……それ以前に大きな問題があるんだよ。
『空に星』亭は中心街の店で、飲食店ギルドにも加盟している。バザールの子飼いみたいなもんだ。つまり、バザールの意向に大きな影響を受ける店だってことだ。そんな店で働いているバーテンダーだぞ。もしもバザールが、何らかの圧力をかけてきたら……」
「立場上、バザールに都合のいい証言をしなきゃならない、ってことか? 」
あたしは知らず知らずのうちに眉間にしわを寄せていた。ベキムは、憂鬱そうな顔で頷く。
「奴も雇われ人の身だ。そう強い立場じゃない。例えば、店を出た時に私が大して酔っぱらっていなかったとでも言えば、酔った挙句の突発的犯行だったって逃げ道は塞がれてしまう。これは単に個人の印象を語っただけだから、偽証にもならない。分かるか? 」
「……面倒くせえことになってるってことだけは、よーく分かったよ」
あたしが答えると、ベキムは大きく頷いた。
「それだけ分かってれば、上等だ。さて、頼むよ、私の探偵どの。私はまだしばらくここに座って、新作の小噺を考えなくてはならん」
「どうでもいいけどさ、それを今度あたしに聞かせようとしやがったら、最初の一語を発する前にその顔面をブチ砕いてやるからね」
あたしはベキムのすまし面をもう一度キツく睨みつけてから、立ち上がり、部屋を出た。
次の目的地は中央街、『空に星』亭――さて、鬼が出るか蛇が出るか。あっちにとっては、あたしの方が鬼かも知れないけど。




