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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 探偵 マフィ・エメネス ~
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第3話(前)

 留置所を出ると、キブルが待ちかねた様子で駆け寄ってきた。


「被告人は、どうだった? 何やら興奮した声が聞こえたが」


 心配そうにチラチラ独房の扉を見やるキブルに、あたしはイライラした口調で言った。


「ああ? 何でもねえよ、大丈夫だ。元気してたよ。茶が出ねえだの扱いが悪いだの勝手なこと抜かしてたよ」


 あたしは答えながら、キブルの横を通り抜けて通路を進んで行った。慌ててキブルが追いかけて来る。


「お、おい! どこへ行くんだ? 結局、用件は何だったんだ? 」


「この事件の調査を頼まれてきた」


あたしはサラリと言い返す。


「シロート探偵だ……色々嗅ぎまわらせてもらうぜ。別に、あんたの損になることじゃねえだろ? 目的は一緒だ。裁判で、あのトカゲ野郎を無罪放免にしてやりたい。野生動物は保護してやらなきゃいけねえからな」


「無罪放免……というのは、ちとどうかと思うがね」


 気難しげな様子で、キブルは答えた。


「結局、証拠不十分で押し通すしかないと思ってるんだが。疑わしきは罰せずと主張するより外にやり方がない。目撃証言があるとはいえ、闇夜のことだし、もともと人通りの少ない枝道での事件だからな。調べたところで新しい事実が浮かび上がってくるとは思えん。有利な事実も、不利な事実もだ。大体、時間も労力も足りないしな」


「やってみなけりゃ、分からないだろうよ」


 あたしは向き直り、キブルにぐっと詰め寄った。


「あんたがそれじゃあ、あたしも困るんだけど。これからせっせと証拠集めしようってのに、法廷で闘うあんたがそういうこと言うかね? 」


「闘うといったって、所詮バザール法廷なんだし……」


キブルは逃げ腰になり、目をそらした。ダメだこりゃ。


「面会は終わったのか? 」


 不意に、よく徹る声が割り込んできた。見ると、上等なスーツに身を包んだ男が一人、腕を組んでこちらを眺めていた。整った顔立ちに、白い筋が幾本か混じった黒髪を波打たせて撫でつけた粋なスタイル。一目見て、「カネがかかってるな」と「いけすかねえな」を同時に感じるいでたちだ。


「これは、どうも、デニアさん。尋問ですか? 」


 キブルがやや緊張気味の声で話しかける。デニアと呼ばれた男は、尊大さのにじみ出た態度で頷き、磨き上げられた靴で床を鳴らしながら大股に独房へと入っていった。あたしはフンと鼻を鳴らし、キブルに尋ねた。


「なに、あれ? 見栄と若作りが服着て歩いてるような生物に見えたけど」


「滅多なことを言うもんじゃない」


キブルは慌てて答えた。


「デニア・メイガン。バザール運営委員会の役員の一人だ。今度の裁判では、検事の役割をすることになっている。立場は高いが、こういう活動にも熱心な人でな。他の仕事も忙しい筈なのに、いやはや、大した方だよ」


「敵に感心しててどうすんだよ。裁判じゃ、あいつをブッ倒さなきゃ勝てないんだろ? 」


 あたしはほとほと呆れてキブルを睨んだ。キブルもきっとなって言い返してくる。


「敵という言い方は、やめたまえ。裁判なんだから。勝つ負けるじゃない、真実を明らかにすることがだな……」


 あたしはしまいまで聞かずに手を振り、歩き出した。


「あー、建前を言うんなら、言い続けろよな。都合のいい時ばっかり持ち出すんじゃなく。とにかく、まずは情報だ。裁判用の資料かなんかまとめてんだろ? あるだけ、見してくれよ。こっちは被告人から頼まれた、代理人なんだからさ」


 キブルは飛び上がり、先へずんずん進むあたしの前に回った。


「分かった、分かったから勝手に歩き回るのはやめてくれ。そっちは別の独房だ」


 薄くなりかけた頭を掻きむしり、キブルはため息をつく。


「噂は多少聞いていたが、こんなに強引な女だとは知らなかった……いいだろう、資料を見たら、大人しく帰ってくれるんだろうな? 」


「そいつは、どうだかね。でも、やることやるまで帰らないってのは保障するよ。あたしゃカネにはうるさいけどね、うるさい分、カネもらう仕事に関しちゃキッチリやるんだ」


「勝手にしてくれよ、もう……」


 キブルはぼやきながらも、あたしを私兵隊の詰所に通してくれた。詰所内は、武骨ながら流石に留置所よりはましで、板張りがむき出しの壁と床がなかなか清潔な雰囲気だった。ワックスの匂いがする。わりとこまめに手入れされているのだろう。さすがにバザールのお膝元は違う。


 キブルが通ると、番をしている兵たちは会釈をして脇にどいた。こいつもこれで、バザールの中ではそれなりの立場にいるのだ。後ろからついていくあたしとしても、権力のお相伴に預かっているようでまんざら悪い気分じゃない。そんなことを考えながら歩いていくと、キブルは奥まった一室の前で歩みを止めた。中から、薬草の刺激臭が漂ってくる。


「まずは、ホトケさんのことだよな? 大丈夫か、ちょいと刺激が強いかもしれんが……」


「能書きはいいから、早く明けなよ。こっちゃ急いでるんだ」


 あたしは答え、キブルを押しのけてドアノブをひねった。

 やけに冷たい空気と、様々な薬草の強烈な匂いがあたしを襲った。説明されるまでもなく、ここがどういう部屋かは分かっていた。薄暗がりの中に台があり、小さな灯りの下で、一人の小柄な男が台の上の何かを見つめていた。薄い水色のローブと帽子。治癒魔導士だ。


「おい、こら、勝手に入るな……どうも、先生。邪魔して悪いね。何か進展はあったかい? 」


 先生と呼ばれた男は顔を上げた――帽子から覗く短い髪は真っ白で、深い皺が刻まれた頬には人懐こそうな笑みが浮かんでいる。丸い目はランプの照り返しを受けてきらきらと輝いていた。


「やあ、キブルさん。それと、そちらのご婦人は? 」


「ああ、紹介しよう。こちら、マフィ・エメネス――もしかしたら、名前くらいは知ってるかもしれないが。例の、捕まった蜥蜴人種(リザードマン)が雇ったにわか探偵だ。マフィ、こちらはエディオル先生だ。バザール専属の治癒魔導士だが、今は検死官として協力してもらっている」


 あたしは頷いた。法廷が常設されていないのと同様に、空中市場での犯罪捜査だけを仕事にしている人間はいない。空中市場は顔見知り同士で運営する狭い世界だし、取引での詐欺やら窃盗やらを除けば犯罪も少ない。わざわざ犯罪取り締まりのために組織を整えるメリットがあまりないのだ。凶悪犯罪が起きた時はその都度、私兵や冒険者が犯人逮捕に当たり、治癒魔導士が検死を引き受け――といった具合に、素人が分業して仕事をこなす。


「そうかね……あんたが、あの、古道具屋の……」


エディオル先生はあたしの顔をじろじろと眺めまわした。


「いや、どんな女傑かと思っていたら、意外に若くてかわいらしい娘さんじゃないか」


「お世辞はいいからさ、今度の事件について聞かせてくれよ、先生」


 あたしは検死台に寄りかかりながらエディオル先生に尋ねた。台の上に安置された「もの」がかすかに揺れた。


「はいはい。ちょうど今、その被害者とお話してるとこさね」


 先生はニコリと笑って、台の上の「もの」を指さした。ランプの光で青白く照らされたそれは、服を脱がされ、妙に嘘くさい姿で横たわっていた。腹に、細長いものが突き刺さっている。何かの柄のようだ。その他にもところどころ、真新しい擦り傷や打ち身が見て取れる。争いあった形跡のようだ。


「腹のこいつが、直接の死因かな? 」


 あたしが指さすと、エディオル先生は重々しく頷いた。


「多少のかすりキズはともかくとして、その他に目立った外傷はない。腹を真っ正面からひと突きだ。今、傷口を洗ったとこだが、外側から見た限りじゃ凶器は細いナイフのようなものだろうね」


 あたしはちょっと考えてから、聞いてみた。


「刺されてから、どれくらいで死んだんだと思う? つまり……こいつは誰かに腹を刺されて、助けを求めて歩いてるところにベキムと出くわした。いざすがりつこうとしたところで、力尽きて死んだ。そういう筋書きはどうだろう? 」


「残念ながら、ちと無理があるな」


 エディオル先生は苦笑した。


「傷は相当深いからね。ここまで深く刺されちゃ、長くは生きられなかっただろう。安静にしていたならまだしも、自分から歩くなんてことは出来なかったはずだよ」


「ふーん……じゃあさ、例えば、だよ。こう、弓みたいなものを使ってさ、ナイフを撃ち出して遠くから狙撃したなんてことは、ないかな? 」


「そりゃあ、どうも考えにくいね」


 エディオル先生は首を振り、持っていた魔導杖をあたしの腹あたりに突き付けた。


「被害者は、こう、まっすぐ正面から刺されてるんだ。弓なんかの飛び道具を使うと、どうしても軌道が山なりになって、刺さり方に角度がつくんだよ。上から下へ、ね。ところがこの傷は、どっちかと言ったら下から上についている。な、分かるだろう」


 あたしは傷口を見て、なるほどと頷いた。遠間からの狙撃でベキムに濡れ衣を着せた、という線は、これで消えることになる。あたしは死体をくまなく点検しながら、さらにエディオル先生に尋ねた。


「例えば、死んでから刺したって可能性はないの? 毒か何か、体に傷の残らない方法で殺しといてさ、ベキムのバカが通りかかった時を見計らって放り出すんだよ。で、大騒ぎになってるドサクサに紛れて、誰かが忍び寄って、死体にナイフを刺す……」


「そりゃ、被告人自身が否定してるじゃないか」


 キブルが口をとがらせて割り込んでくる。


「言ってたぞ、被害者が倒れ込んできた時、硬いものを腕に感じたと。手に取ってみたら、それはナイフの柄だった。つまり、殺された時には既にナイフは刺さってたんだ」


「分かりゃしねえだろうがよ。あのトカゲ野郎の感覚が正しいって、誰が保証できる? 酔っぱらってて、よく分からないままにそう思い込んだだけかも知れねえじゃねえか」


 あたしは言い返した。が、エディオル先生は首を振った。


「どっちにしろ、出血のしかたで分かるよ。死体にナイフを刺したんじゃ、こうまでの出血はない。明らかに、死因はこの傷だ。間違いない」


 言いきられて、あたしは黙り込んだ。そうなると、死因偽装説も行き詰まりだ。するとどうなるか? ベキムが出会うまでは、被害者は生きていた。出会った直後に、被害者はナイフで腹を刺されて死んだ。生きている被害者と最後に接触したのはベキムだった。つまり――被害者を殺せたのは、ベキムだけということになる。


「あの野郎、本当に殺っちまったんじゃねえだろうな……? 」


 あたしは思わずひとりごちた。

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