表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 探偵 マフィ・エメネス ~
63/354

第2話(後)

「それで? 調べるっつったってあたしは本職の探偵じゃないんだ。何からやっていいんだかも分かんないんだけど。どうしろっての? 虫メガネでも買ってくりゃいいのかよ? 」


「足跡を型取りするための石膏も忘れずにな」


 ベキムは軽口を返しながらも、真顔になって身を乗り出して来た。


「で、買ったらどっちも捨てろ。要らないから。

 冗談はさておき、まずは死んだ奴のことを調べてもらいたい。身許なんかは勿論だが、何しろ見つかって即逮捕されたもんだから、なんであいつが死んだのかさえ詳しくは知らないんだ。手触りから考えて、ナイフかなにかを腹に突き立てられてたと思うんだが。それが子音だったのかどうかも、よく考えたらはっきりしないしな。


 それから目撃証言だな。私が枝道で死体と出っくわしたところを見た連中の証言が聞きたい。死体になった奴は、どこから来たのか? いつ、刺されたのか? あっちから歩いて来たんだから、少なくともその間は生きていたはずだ。それが、私とぶつかるまでの短い間に死体となっていた――いつ、誰が、どうやったんだ? まったくの謎だ」


「謎だ……って、お前なあ。当事者がそれじゃ、あたしなんか尚更見当もつかねえぞ? 」


 呆れるあたしに、ベキムは悲しげな顔で笑って見せた。


「仕方ないだろう、事実そうとしか言えないんだから。こんな状況で、陪審員を納得させなきゃならないんだ。一筋縄じゃあいかないぞ。

 方針としては、動機の面と手段の面、ふた通りから追ってってくれ。暗がりだったからよく見えなかったが、被害者は知らない奴だった。そんな相手を、私が出合い頭に殺して何の得がある? お前さんにはそこんとこを補強してほしい。私とあの被害者とに接点がないことを確認してほしいんだ。


 それと、もう一つ。昨晩、私は丸腰だった。ナイフ1本も身につけてはいない。知ってるだろ、私が武器を携帯しない主義だってのは。従って、出会った相手を殺せるはずがない。そこをもっとはっきりさせるために、被害者がどういう死に方をしたかも調べといてくれ」


「追い詰められてるあんたにこんなこと言うのも、気が引けるんだけどさあ」


 あたしはむっつりと顔をしかめて言った。


「今の話、結構無理あるよね。動機うんぬんって言ったって、あんたは探偵だろ? しかも、怖い顔した探偵だ。何やるか分かったもんじゃない――少なくとも、一般陪審員はそう思うよ。はした金で鉄砲玉引き受けることだってありうる、なんてさ。

 武器を持たないって主義のことも、絶対信用されないね。賭けてもいい。第一、あんたのその顔面が凶器みたいなもんじゃねえか」


「あんまりイジメられると、泣いちまうぞ。それでなくともメゲてるんだから」


 肩をすくめるベキムに、続けてあたしは言いたいことをぶつけた。


「そもそも、そういう裁判対策はまずあんたの弁護人と相談するべきだろ? あいつ……あのキブルの野郎は、何て言ってるんだよ? 」


 ベキムは浮かない顔で答える。


「証拠不十分で押し通すつもりらしい。さっきから言ってるように動機も手段もないし、あの暗がりだったからな。目撃証言もアテにならないって主張するそうだが――まあ、正直なとこ、横着しているんだと思うんだよ。こんな裁判にかかずらってるヒマは連中にゃないんだ。本業もあるんだし」


 だろうな、とあたしは思った。バザールに本職の裁判官や弁護士はいない。そもそも、常設の裁判所というものがないのだ。運営委員会の役員や書記官なんかが、法廷が開かれるたびに選ばれてその役目を務める。バザールはもともと冒険者が集まって出来た組織だ。当然、運営のやり方も冒険者の流儀になる。悪いことした奴には罰金、追放。もっと悪いことした奴は縛り首。シンプル過ぎるほどにシンプルだ。


「バザールの連中に頼りっきりじゃダメってわけね……それで、裁判はいつなんだ? 」


「……三日後だ。明々後日だな」


 ベキムはぼそりと言い、額を掻いた。鱗が乾いた音を立てた。奴の言葉の意味を理解するのに、ちょっと時間がかかった。


「三日後ォ!? 今日、明日、明後日しか調査の時間がないじゃねえかよ! 」


「ま、そうなるよな。初歩的な算数だ」


 落ち着いた様子でベキムは頷いた。というより、へこんでるだけのようでもあるが。


「おいおい……そんなんで、大丈夫なのか? あたしが言うのもなんだけど」


「実のところ、その早さが逆に怪しいんじゃないかと、希望を抱いてるんだがね」


 ベキムはまた身を乗り出してきた。


「バザールがわざわざそこまで裁判を急ぐのは、この事件の裏に何か隠しておきたいことがあるからじゃないのか、とな。身内でのいざこざか、不祥事がらみか……もしそうだとすれば、つついたら必ずボロが出る」


「そりゃどうも、こじつけが過ぎるんじゃないのかね。陰謀論めいてきてるぜ。ただ、時間を掛けたくないだけじゃねえの? 」


 あたしが指摘すると、ベキムは特に抗うでもなく押し黙った。自分でも、希望的観測が過ぎると思っているのだろう。それだけ追い込まれてるってことだ。どうも調子が狂う。鼻持ちならないニヤニヤ笑いを浮かべながら、箸にも棒にもかからないような冗談を連発する、いつものベク=ベキムじゃないと、何だか妙な気分だ。


「ああもう、しょげるんじゃねえよ、それはそれでうっとうしいから」


 あたしは知らず知らずのうちに励ますような口調になっていた。


「とにかく、引き受けたからには乗り掛かった舟だ。あたしに任しときなって。ただし、カネの方はちゃーんと正規の料金で頂くからな。何だっけ、お前の相場だと、日当で5千ゾル、プラス経費だったか? 」


「ベテランの私と同額とは、吹っかけてくれるな……ま、いいだろ。それでいいから、とりあえずツケにしといてくれ」


 ベキムは肩をすくめ、鉄格子に寄りかかった。あたしは腕を組み、まだ聞かなければならないことが残っていなかったかどうか、考えた。


「……そうだ、そう言えば、事件が起こったのはどこだ? 枝道だって言ってたけど」


「現場か。そうだな、現場百遍って言うしな。

 あれは中心街からだいぶ離れた、第6に向かう登り道に続く枝道だったと思う。正確なところは思い出せないが、駅前通りを横切ってすぐのあたりだ。バザールの連中に聞いたら、もっと詳しく教えてくれるだろうがな」


「あのあたりだと、周りに目立つ建物なんかはないな……殺風景な一本道だ」


 あたしは考え込んだ。空中市場の「枝道」というのは、枝分かれした道のことではない。文字通り、空中市場を支える巨大な樹の幹から、幾筋にも分かれて伸びた枝に敷設された道のことだ。通るに不自由はしないがそう広い道ではなく、簡単な手すりと落下防止の網が設けられているくらいの素朴な通路だ。


「となると、真犯人が近くに隠れてて、あんたが被害者と接触した瞬間に殺して逃げたってことはなさそうだな。だいたい、そんなことされたらいくら鈍感トカゲのあんたでも気づくだろうし。となると、近場の高い建物から投げナイフでも使ったか、あるいは毒を盛ったのか……」


「おっ、本格的になってきたな。いい線行ってるぞ。本職の探偵になれるかもな」


 ベキムは面白がるような口調で茶々を入れて来る。


「それ、ホメてるつもりか? まったく……下らねえ減らず口しか言う事がねえんなら、もう帰るぞ」


 あたしは椅子から立ち上がった。ベキムはあたしの顔を見上げ、不意に真顔になった。


「毎度毎度巻きこんじまって、済まないとは思っているが……何とか、やってみてくれ。とにかく情報を集めて、私に聞かせてくれるだけでもいい。頼んだぞ」


 あたしは頷き、別れ際に何か憎まれ口でも叩いてやろうかと口を開いた。が、声が出なかった。ベキムがあんまり真面目な顔をしていたから。こいつが、三日後には処刑されるっていうのか――今さらながらに、直面している現実の深刻さが胸に迫ってきた。仕方ねえ、損な仕事だが、やってやるか。


 意を決して出口に向かい振り向いた背中に、ベキムが鉄格子の向こうから声をかけてきた。


「あ、あと、一つだけ。聞いてくれるか? 」


 振り向くと、依然として真剣な顔で、ベキムは言った。


「頼みが、もう一つだけある。鉱石珈琲かなにか持ってきてくれるように、頼んでくれないか? いや、二日酔いが本当にひどくてな……鉱石珈琲か、せめて薬草茶でもありゃ多少はマシになりそうなんだが、ここの連中そういうことに気の付かない奴ばっかりで……」


 あたしは床に唾を吐き、ドアを勢いよく閉めて部屋を出た。まったく、一瞬でも同情したあたしがバカだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ