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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ かくて幕は降り…… ~
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第1話(前)

 イユル=ゲマフ()ず重きを夢見ぬ。

 重き広がりて()ちるうち、流れゆくもの混じりぬ。

 流れゆくもの出でてたゆたううち、吹き上ぐるもの(いざな)いぬ。

 吹き上ぐるもの(はし)り昇るうち、猛り燃えるもの(はじ)けぬ。

 猛り燃えるもの跳び狂いて、遥か広がり、命となりぬ。

 命は果てなし、命は歌、歌は果てなし。


  ~深層に伝わるイユル・ゲマフの歌(一部)

   作者不詳、ヴァーニ・ジョルダンスン訳

   同著『深層に見る、旧神イユル=ゲマフの祭礼』より一部抜萃

 うららかな、好い天気だった。


 熱すぎず寒すぎず、冷血動物の私としては過ごしやすい日だ。私は物置から草刈り鎌と鋤を引っぱりだし、庭掃除をしていた。庭の隅にドクイバラの芽を見つけたのだ。以前から荒れ放題にしておいたツケだ。

 ドクイバラは元々深層のツル植物だが、繁殖力と生長力が強いので、最近どんどん上の階層にまではびこってきている。その名の通り、成育したツルのトゲには毒があり、刺さったところはひどく腫れ上がる。私には鱗があるので、若木のトゲくらいなら別に平気だが、成長しきったドクイバラのトゲは短剣ほどもある凄まじい代物で、鱗どころかヤワな革鎧程度だったら貫いてしまう。おまけにツル自体も強靭で、成木になってしまったら鎌も歯が立たない。


 芽のうちに発見して、根こそぎ引っこ抜いて焼いてしまわなければえらいことになる。だから私も重い腰を上げ、ずっと先送りにしていた庭掃除をする決心をしたのだ。

汚れてもいいように、服装は上下とも革製の分厚い作業着。帽子は、いつものフェルト帽をかぶろうかどうしようかさんざん迷った挙句、やめにしてつばの大きな麦わら帽子をかぶることにした。見てくれは悪いが涼しい。汗のかけない私には有難い、実用的な品だ。


 私は鎌を振るって雑草の茂みを切り払うと、むき出しになったドクイバラの芽と向かい合った。柵の内側に突き出したドクイバラの紫の芽に、渾身の力を込めて鋤を突き立てる――その時だった。


「入っても、構わんかね 」


 張りのある声が響いた。

驚いて振り向くと、玄関の上がり框に、背の高い老人が立っていた。渋色の旅行用マントを羽織り、黒い帽子をかぶっている。意志の強さを窺わせる四角い顎と太い鼻が、そして鋭い目。その目が、私を厳しく睨みつけていた。


「あー……」


私が言葉に詰まっていると、それを了承と受け取ったのか、老人は勝手にドアを開けてずかずかと中に入っていった。私は鋤を放り捨て、慌てて後を追った。


「ちょ、ちょっと! お客様はいつだって大歓迎ですがね、名乗るくらいしてくれたっていいんじゃありませんか? 」


 私が叫ぶと、老人は面倒くさそうに首をめぐらしてこちらを見た後、フンと鼻を鳴らして、帽子を脱ぎながら来客用のソファにどっかりと座り込んだ。見事な銀髪があらわになった。


「失敬、くつろがせてもらう。少々疲れたのでな……年寄りの体に、第3大隧道からの旅はこたえる」


「第3……? 」


私は麦わら帽子を脱ぐのも忘れ、その場にぽかんと立ち尽くした。

 私の事務所兼自宅は、第7大隧道と第6大隧道の間にある。第3大隧道と言えばだいぶ上だ。竜列車の直通便に乗っても、ゆうに一昼夜はかかる。


「また、なんでそんな所から……」


「来ては、いけないかね? 」


私の問いに、老人は尖った声で答えた。これでは話にならない。

私は低く唸りながら、テーブルを挟んで反対側の椅子に腰かけた。話を聞こう、というジェスチャーだ。この手の客にはヘタに言い返さず、相手の方から話をしだすように仕向けるのが一番だ。


「……もちろん、観光に来たわけではない。仕事の依頼に来た。君の雇い主になろうというんだ。

ところで、そういう相手の前では、帽子を取るのが一般的マナーだと思うがね? 」


 鋭い指摘だ。私は慌てて麦わら帽子を取り、テーブルの上へ置いた。老人は眉をひそめて私の動きを眺めていたが、やがて来た時と同じように唐突に話し始めた。


「私の名は、アーキソン・ボリソフ。アカデミーで考古学教授をしている。専門は、主に文学と神学だ」


「アカデミーの……」


私は腑に落ちた思いで一人頷いた。

大竪穴で「アカデミー」といえば、第3大隧道にある王立アカデミー出張研究室のことだ。外の世界から降りてきた研究者たちが、大竪穴や『うちびと』に関する研究に勤しんでいる。私も探偵業を始める前は、『うちびと』の血を引くものとして研究に協力し小銭を稼いでいたことがある。


「そう、君にも馴染みが深かろう」


 老人――アーキソンは、重々しく頷いた。口ぶりからすると、私の前歴を知っているようだ。


「……で、その教授先生が、何を頼みにこんなところまで? 」


「それを、今から言おうとしているんだ……ちょっと、喉を湿らせてもいいかね」


 語尾こそ疑問形だが、断定口調でアーキソン教授は言い、マントの下から小瓶を取り出し、呷った。独特の匂いが漂う。薬草酒のたぐいらしい。


「……古文書を一部、手に入れてきてほしい」


 ビンから唇を離すや否や、アーキソン教授は言い放った。


「古文書……? それは、探偵というより冒険者の仕事では……」


 私が口を挟むと、アーキソン教授はうるさそうに手を振った。


「君の考えているような意味で言ったんじゃない。何も、遺跡に潜って欲しいわけじゃないんだ。私の言う古文書は、既に発見されている。第3大隧道に別荘を持つ、ある『そとびと』富豪の所有物だ――ああ、盗んで来いと言っているのでもないぞ」


 私の表情を見て、教授は急いで言った。


「あくまで合法的に、譲り受けたいのだ。君には、その交渉を頼みたい。どうだ、やってくれるかね? 」


 早口にそこまで言うとアーキソン教授は突然口をつぐみ、ソファにそっくり返った。どうやら、これで話は終わりで、私の返答を待っているらしい。私は途方に暮れて、言葉を慎重に選びながら言った。


「あのですね……仕事の手順はまあ、分かりましたよ。でも、それしか分からないのに、受けるも受けないもないですよ。その「富豪」というのはどういう人で、「古文書」というのはどういう品なのか、そもそも、あなたはどうしてその古文書を譲り受けたいのか……そのあたりのことを、じっくり伺わないうちは、どちらとも返事が出来かねますね」


「なんだ、探偵というのも存外まどろっこしいんだな」


 アーキソン教授はバカにしたようにフンと鼻を鳴らした。


「まるで、ヴァーニ君のようなことを言う……研究室に出入りしているうちに、伝染(うつ)ったんじゃないのかね? 」


「ヴァーニ……? ヴァーニ・ジョルダンスン教授のことですか? 」


聞き覚えのある名前に、私は思わず声を上げた。


「ご存じなんですか、ジョルダンスン教授のことを」


「アカデミーは狭い世界だ。知らんほうがどうかしている」


 アーキソン教授はこともなげに答えた。


「そもそも、わざわざこんな所まで足を運んだのは、ヴァーニ君から話を聞いていたからだ。

昔、研究所の下働きをしていた蜥蜴人種(リザードマン)が、空中市場のあたりで探偵事務所を開いていると、彼が何度か話していたのでな。聞けば、『うちびと』の歴史についてもまんざら無知ではないようだし、そういう探偵なら貴重な文化遺産を粗末に扱って台無しにするようなバカ者でもないだろうと思ったのだ。

どうなんだ? 私の、考え違いかね? 」


「……そこまで持ち上げられて、謙遜するのも逆に失礼ですね。ええ、見込み違いってことはありません。こう言っちゃなんですが、『うちびと』の歴史にかけて私以上に詳しい探偵というのは、ちょっと見つからないでしょうね」


 私は精一杯胸を張って答えた。ジョルダンスン教授は私の恩師だ。事務所を開く前に何かと世話になり、仕事も回してもらった。その名前まで引き合いに出されては、黙っているわけには行かない。アーキソン教授は、得たりとばかりに深く頷いた。


「結構。やる気になってもらえたようで、何よりだ。

 では、詳しいことを説明しようか。まずは私の専門分野から話さなくてはならないな。『イユル=ゲマフの歌』というのを、知っているかね? 」


「イユル=ゲマフ……」


 私は記憶を探りながら、それとなく、書棚の蔵書を目で辿った。

壁をぎっしりと埋め尽くした蔵書は、私がほうぼうから集めたもので、稀覯本や古文書から私版本や廉価本まで幅広く揃っている。自慢ではないが、自慢できる蔵書だ。その中の一冊に目が止まり、私は思い出した。


「『深層に見る、旧神イユル=ゲマフの祭礼』……そう、思い出しました。確か、深層で信仰されていた古い魔神でしたね。ほとんど情報が残っていない、謎の旧神だとか」


「まずまずだな。私の講義であれば、ぎりぎり及第点というところだ」


 アーキソン教授はぴしゃりと言って、小瓶からもうひと口薬草酒を飲んだ。


「いかにも、その通りだ。今までの踏査でも、イユル=ゲマフに直接言及した資料はほぼ無いに等しい。わずかに、文学作品の中の比喩としてその名が見られるくらいだ。

 イユル=ゲマフの資料として、最も重要な――というより、唯一イユル=ゲマフそのものについて語っている資料といえば、『イユル=ゲマフの歌』だけだ。ヴァーニ君と懇意な君ならば、当然知っているだろうが……」


「そりゃもちろん、ジョルダンスン教授の研究生活の、スタート地点みたいな資料ですからね」


私は意気ごんで答えた。


「確か『うちびと』の古代語で書かれた叙事詩でしたね。アカデミー黎明期に、当時一調査員であったジョルダンスン教授が冒頭部分の断片を発見し、その後の追調査によって、ほぼ完全に近い写本が発掘されたと……」


「歴史の講義をする気かね、私に向かって」


うんざりしたような顔で、アーキソン教授は私の話を遮った。


「よりによって、この私に――その、写本を発掘した当人である、私に向かってだ」


「あなたが! 」


流石に驚いて、私は言葉を失った。


「……そりゃ、何というか、どうも……」


「別に畏まる必要はない。そのことは、今回の依頼に直接は関係ない。それより、手に入れてほしい古文書とは、まさにその『イユル=ゲマフの歌』なのだ」


 私はまたもや驚いた。『イユル=ゲマフの歌』がその後どうなったかに関しては知らなかったが、重要な資料でもあるし、アカデミーの書庫にでも保管してあるものだろうと思っていたのだ。それが、どこかの富豪の手に渡っていたとは……。

 私の動揺を見て取って、アーキソン教授は深く頷き、姿勢を正した。


「順を追って説明しよう。まず、写本がアカデミーの手を離れた経緯からだ。

 ジャーニ君が『歌』の一部分を発見した時、学術界にはちょっとしたセンセーションが起きた。大竪穴の踏査は進んでも、依然として『うちびと』文化の研究は進んでいない頃で、当時の学術界は『うちびと』を全く未開の野蛮人だと思い込んでいた。そこへ、太古の芸術作品が現れたんだ。『うちびと』古代文明の再評価の機運はいやがおうにも高まった。


 だが、物事には善い面と悪い面がある――学会が活気づいたのまでは良かった。だが、その活気が、余計な者どもまで引き寄せた。成金趣味から古代の文化財を買いあさる金持ちや、そういった連中を相手にひと儲けを企む山師や冒険者。対して、アカデミーの側にはそういった連中から文化財を守る充分な手立てを講じていなかった。あの時代に、どれだけの文化財が価値の分からぬバカに奪われ、破壊しつくされたか……! 」


 教授は拳を固く固く握りしめた。その声は、怒りに震えていた。


「ともかく、私の発掘した『イユル=ゲマフの歌』も例外ではなかった。当時のアカデミーは愚かにも、はした金欲しさに貴重な写本を『そとびと』の金持ちに売り渡した。調査の運営費用と称してな。

発見者とはいえ、一研究者に過ぎない私にはどうしようもなかった。そのまま時は過ぎ、『イユル=ゲマフの歌』は今でも、その『そとびと』の別荘に保管されている、というわけだ」

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