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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ ファントム・レディに捧ぐ ~
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第4話(前)

「もうちょっと右だな……ああ、行き過ぎ行き過ぎ……そう、そのへんだ。ゆっくり下ろせよ? せーの……」


 ズシン、と重たい音を立てて、魔神像は台座に収まった。私とジギー、そしてプレートメイルを着込んだジェリオは、重荷から解放されてやれやれと息をついた。


「大将、どうだ? ズレてないか? 」


 ジェリオに言われ、私はランプの明かりで像の足元を照らした。

像を乗せた台座には、像に刻まれているのと同じ白い塗料で細かい紋様が描かれている。線が、渦を描くようにして像の足元に集まっている図案だ。その線が、像の足に描かれている線と繋がっていることを確認する。


「大丈夫だ、繋がってる」


私は2人に向かって親指を立てて見せた。


 私たち即席パーティは、ユーベル石窟内部の、かつて商業地域だった場所に足を踏み入れていた。

急な話だったうえに4人中3人は本職の冒険者ですらないため、装備は貧弱もいいところだった。鎧と大剣で身を固めたジェリオはまだいいとして、私はよそ行きのジャケットに武器と言えば左手の契約印だけ。ジギーも、カクテル作り用の契約印が両手に刻まれている以外は似たようなものだ。ルビエ女史は、物置から大昔のカビくさいレザーアーマーと兜を引っぱりだして装備しているが、サイズはぶかぶかで、かえってふざけているように見える。


 私とジギー、ジェリオの男3人が魔神像を台車に乗せ、ルビエの案内で像が元あった場所まで引いてきた。なかなかの重労働だった。帰りにはこれをまた戻しに行かなければならないのかと思うと、嫌になってくる。私はつとめて帰りのことを考えないようにしながら、ジギーに目配せした。


「それじゃ、ジギー、頼む。炎の古代魔術だ」


 ジギーは頷き、魔神像に向けて手をかざした。

手にびっしりと刻みこまれた契約紋が暖かいオレンジにじわりと輝きだす。元々カクテルを作るために入れた契約印なので魔力そのものは弱いが、あらゆる属性の魔力を扱えるのがジギーの強みだ。


「その手……そうか、思い出した。あんた『空に星』亭のバーテンかァ」


契約印の光を見て、ジェリオが声を上げた。


「冒険者の間でも有名だぜ、いい店だって。俺も一山当てたら、仲間集めてあれくらいのとこで豪遊したいもんだな」


「……それは、どうも」


ジギーは笑みを返した。が、契約印の光が一瞬不穏に揺らいだのを、私は見逃さなかった。『空に星』亭の話題はデリケートなのだ。私は慌ててジギーを促した。


「ほら、早く像に触ってみてくれ。動かせるか? 」


 ジギーは頷き、緊張した面持ちで石の蛇の頭を触った。たちまち、蛇の体を飾る紋様が、ジギーの手と同じ色に輝きだす。続いて、光は像の全体におよび、台座を這って、根を張るように床へと広がった。


「すごい……」


思わずルビエが声を漏らす。


「不思議な感覚だ……魔力が、自然に流れ込んでいく」


ジギーは蛇の頭を掴んだまま呟く。

 やがて、床の底から、小さな音が湧き上がり始めた――こと、こと、こと……いくつかの小石が転がるような音。耳を澄ましているうちに、小石の数はだんだんと増えていく。


「おい、見ろ! 」


 ジェリオが突然、像の横の石畳を指さした。見ると、堅固な石畳の一点が徐々に沈んでいっている。すり鉢状にへこんだ石畳は、やがて螺旋状にばらけ、ほぐれていき、ついにはぽっかりと開いた大穴になった。覗きこむと、渦巻き型にばらけた石畳の一枚一枚が螺旋階段のような形で下に続いている。


 おそらく、細かな魔導合金板か何かを無数に組み合わせた仕掛けが内蔵されているのだろう。炎の魔力が流されると、合金の温度が上がり形状が変化して、連鎖的に仕掛けが動き出す。さっき聞こえた小石のような音は、床の中で数多くの小さなパーツが動いている音だったのだ。


「これを歩いて下まで降りろ、ってことか」


ジェリオが呟く。


「本当に、あったのね……隠し部屋が」


ルビエはため息交じりに言った。


「……さて、どうします? 」


像から手を離したジギーが、額の汗をぬぐいながら近寄ってきた。


「当然、中に降りてみるんでしょうが……誰から行きます? 」


「そりゃあ、俺だろう」


ジェリオが大股に一歩踏み出す。


「この中で、本職は俺だけだ。何かあった時、戦えるのも俺だけだしな。任せとけよ、バーテン」


「……まあ、一番危険な役割を引き受けたいとおっしゃるなら、結構ですがね」


 ジギーは苦笑いを浮かべながらも、一応一歩下がりジェリオを通した。私は無言で、ルビエの後ろに回る。若い残り3人は前に進むことにばかり頭が行っているようだ。無事に帰ることも考えて、しんがりは私が務めなくては。


「さァて、大冒険の始まりだ。俺についてこい! ってか? 」


 豪快に笑うと、ジェリオは螺旋階段を降り始めた。ブーツの足音が、静かな石窟に高く響く。ジギーの磨き上げられた革靴がそれに続く。ややあって、ためらいがちにルビエと私が後を追う。

 穴は上から見たより遥かに深かった。奥から、独特な匂いが漂ってくる――腐敗臭のような、甘い果物の香りのような……今までに嗅いだことのないような空気だ。だが、穴蔵にしてはじめじめしていない。炎の魔神の力が残っているからだろうか。


 私たちは、魔導ランプを掲げながら黙々と階段を下りて行った。5分ほどで、ついに底が見えてきた。先行しているジェリオが、魔導ランプを振って合図しながら、床に降りる。


「さて……通路は奥へ続いてるぜ! 」


ランプを持った腕を振り、ジェリオは叫んだ。


「このまま、俺が先に進む! ランプの光を目印に、後からついてきてくれ! 」


 言うと、ジェリオは姿を消した。通路の奥へと歩いて行ったのだろう。やや遅れて歩いていたジギーが、慌てて後を追う。


「あ、待って! 」


 ルビエも、鎧の重さで転びそうになりながら駆けだす。私は――早足になりながらも、どうも嫌な予感がしていた。ジェリオはプロらしく慣れた動きだが、やや功を焦りすぎているきらいがある。ジギーは最初からそわそわしている上に、冒険慣れもしていない。ルビエ女史はもう見た目からして論外だ。

 たかが酒蔵と軽い気持ちで探索を始めてしまったが、これから挑むのは『うちびと』の遺跡なのだ。何か思わぬアクシデントが起きなければいいが――そんな懸念に呼応したかのように、通路の奥から叫び声が聞こえた。


「うわっ……何だ、こいつはッ! 」


 ジェリオだ。私は慌てて階段を駆け下りた。通路の入口で、ルビエが立ち尽くしている。


「あ、あの……中で何かあったみたいで、でも、よく見えなくて……」


「分かってる」


震え声で言うルビエに答えてから、私は通路の中を覗きこんだ。奥の方に、魔導ランプの明かりが見える。その光に照らし出されて、黒いシルエットが3つ――多すぎる! 中にはジェリオとジギー、2人だけしかいないはずだ。


「ヤバい、何かいる……行かなけりゃ」


 私はルビエをその場に残し、魔導ランプを武器のように高々と掲げながら、奥へ向かって駆け出した。

やがてジェリオとジギー、そして黒い影にしか見えなかった「何か」の姿が、はっきりと見えるようになってくる。2人の前に立ちふさがる、人間とはかけ離れた背丈と横幅を持った物体――それは、土で出来た巨大な人形だった。ゴーレムだ。


「この野郎……どけッ! 」


 ジェリオは大剣を抜き、上段に振りかぶって、振り下ろした。土人形は、その太い腕をゆっくりと上げた。大剣が腕に食い込む。が、切断出来ない。かえって刃をがっちりと捕らえられ、ジェリオの方が拘束されたような格好になっている。


 ジギーは青ざめた顔で、地面から石を拾って必死に投げつけている。少しでも気を引こうというのだろうが、ゴーレムは見向きもしない。剣を抜こうとやっきになっているジェリオに向かって、空いている方の腕が伸びる。


「伏せろ! 」


 私は叫び、左手の手袋を外した。その手で岩壁に触れ、魔力を込める。……通りが悪い。酒蔵に満ちる炎の魔神の力が、大地の魔神の力と干渉しているのだろうか。私は気合を入れて、「引鉄」を引いた。

 唸るような風切音を響かせて、壁面が円盤型に剥がれ、回転しながら飛んでいく。慌てて身をかがめたジェリオの脇をかすめて、石の円盤はゴーレムの胸元に突き刺さった。

ゴーレムは体をわずかにのけぞらせたが、すぐに身を起こし、刺さった円盤を引き抜きにかかった。注意がそれた一瞬を突いて、ジェリオが大剣を引っこ抜き、後退してくる。


「まさか、あんなやつがいるとはな……」


息を切らしながらジェリオはぼやいた。


「とうの昔に打ち捨てられた遺跡だから、動くものはもう残ってないと思ってたんだが」


「土の魔術で作りだされたゴーレムだ。多分、この岩壁から天然の魔力を吸い上げて動いているんだろう」


私は答える。


「……どうします? 見た感じ、積極的にこちらを追ってはこないようですが、先へ進もうとすると行く手を塞いでくるんです」


ジギーが、汗を滲ませながら言う。私はジェリオの方を見た。ジェリオも私の方を、途方に暮れた目で見ている。彼にも策はないようだ。


「頭です。頭の後ろを狙うんです」


 沈黙を破ったのは、ようやく追いついてきたルビエ女史だった。


「ユーベル石窟の発掘日誌に、同型のゴーレムと出くわした話が載っていました。制御用の契約紋が、後頭部に刻まれているんです。それを破壊すれば、動かなくなるはずです」


「簡単に言ってくれるが……アレの頭をどうやって攻撃する? 」


ジェリオが渋い顔で言う。


「土製とはいえ、かなり密度が高かったからな。剣も容易には通らねえ……魔術で何とかならねえか? 」


「私のは、カクテル作りに使える程度で……あんなバケモノ相手には、とてもとても」


ジギーは首を振った。私は左手の契約紋を見つめ直し、ちょっと迷ったのち、決心した。


「私がやろう。賭けになるが、奴の頭に触れられれば勝機はあるかもしれない。2人はサポートを頼む――ジギー、契約印で、光は放てるか? 確実に契約印を狙うには、明かりが要る」


「攻撃に使えるほど強い閃光は放てませんがね、照明にするくらいなら、なんとか」


 ジギーは両手をすり合わせながら答えた。


「ジェリオはどうにかして、奴に下を向かせてくれ。契約印に手が届くようにな」


「大将も大将で、簡単に言ってくれるよなァ」


ジェリオは苦笑いを浮かべながら、大剣を担いだ。


「だがまあ、頼りにしてくれって言ったのは俺だしね。いいだろ、乗ったぜ、大将」


「よし……作戦会議終了と。それじゃ、行くとするか」


私はごくりと唾を飲みこんだ後、大声で言った。景気づけだ。そうでもしないと、足が勝手に後戻りを始めてしまいそうだった。


「なァに、ビビることはないさ。奴の方がちょっとばかり背が高いってだけだ。それだって、毎日牛乳でも飲んだら2、3年で追い抜ける程度の差だ」


 張り上げた大声は、暗い通路の中で空虚に反響した。自分の冗談がこんなにもつまらなく感じたのは初めて――いや、久々だ。3週間ぶりくらいだろうか。


「……さぁ、作戦開始だ! 」

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