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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ ファントム・レディに捧ぐ ~
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第3話(後)

「……いったい、どちらへ? 」


ジギーが後ろから、怪訝そうな顔で聞いてくる。私は展示されている魔神像の一つの前で足を止めた。


「ジギーにはもう話したが、私は『隠し部屋』があるとしたら、古代魔術でその入口が塞がれているのだと推理した」


 私は2人に向かって、講義するような口調で言った。ここが正念場だ。ルビエを説得できなければ、たとえ私の推理が正しかったとしてもそれを立証する機会を与えてもらえない。


「さて、理由を考えてみよう。常識に基づいて、な。石窟の中に存在するはずの、隠し部屋へと続く仕掛けが、誰にも見つからなかったのは何故か?

もう石窟の中になかったとしたら、どうだ? 」


「中に、ない……? 」


 ジギーは目を細め、数秒考えたのち、ぱっと顔を上げ周りの展示物を見回した。


「まさか……この中に? 」


 私は頷き、手近にあった魔神像に触った。うねりながら立ち昇る炎が、胡坐をかいて座る人間の形をとったような像だ。石造りの表面には、うっすらと黒い紋様が残っている。


「当時石窟にあったもので、運び出されたもの。強大な魔力を司るもの。しかも、部屋へ出入りするための仕掛けを内蔵しているのだから、それなりの大きさを備えたものでなければならない。となれば、この魔神像のうちどれかに、そういった仕掛けが施されていると考えるのが一番自然だろう? 」


「そんな……荒唐無稽な! 」


 驚きと怒りのためか、声を震わせながらルビエは叫んだ。


「そんな大掛かりな仕掛けがあったなら、冒険者の誰かが気づいているはずです! 」


「それが、そうでもないんですな」


私は首を振った。


「『うちびと』の技術は今やブラックボックスだ――どの部品がどのように働いているのか、今の技術では確かめようがない。まさかそんな仕掛けがされているとは知らず、ひとたび単なる彫刻だと思ってその場から動かしてしまったら最後、もう「機械」だとは分からなくなってしまう。

実際、用途が分からずに打ち捨てられている『うちびと』の魔導機械は多い――失礼ながら、アカデミーで学ばれたなら、そのあたりもご存じでしょう? 」


 ルビエは、しぶしぶといった表情で頷いた。


「で、でも……仮に。未知の仕掛けが魔神像のどれかに仕込まれていると仮定しても、ですよ。これだけ多くの魔神像や彫像の中から、その魔神像をどうやって判別するんです? まさか、すべての展示品を遺跡の中へ戻せとでも? 」


「そこで、このジギーを連れてきた」


急に話を振られて、ジギーは面食らったようだが、ほとんど顔には出さなかった。よく知らない相手の前なので、あまり感情をさらけ出さないようにしているのだろう。酒場での客あしらいと同じ要領だ。


「ジギー、ここからが本題だ。この、無数の魔神像から、古代の酒蔵に関わる魔神の像を選び出したい。君の意見を聞かせてくれ。まず手始めに、魔神の属性から考えてみよう。炎、水、風、大地……何を司る魔神だと思う? 」


「そうですねえ……」


 ジギーは顎に手をやり、考えはじめた。


「酒を造るのに、土や風はあまり直接の関係がないし……簡単に考えたら、水なんですがね。酒蔵の中にファントム・レディがあると仮定すると、ちょっと話が違ってくるんですよ。

 ファントム・レディは甕に入った、長期貯蔵用の酒だといいます。また、呑んだ人間がいると言うことは、今に至るまで呑める状態で残っていたということだ。それだけ保存がきくということは、醸造酒ではなくかなり度数の高い蒸留酒なのでしょう。となれば、重要なのは水よりも、炎の熱を使った蒸留設備ということになる」


 ジギーの淡々とした説明に、私は頷いた。


「よし、その線に賭けよう。炎の魔神に関する展示物は、この公園の中に8か所。神格はまちまちだが、最高位の者は候補から外していいだろう。酒蔵を司る神が、他のもっと重要な施設を司る神より神格が高いなんてことはないだろうからな。残るは7体――まあ、実際に見てみよう」


 私は2人に手で合図し、歩き出した。2人は黙ってついてくる。ルビエも、口を挟むのはやめたようだ。とりあえず話を最後まで聞く気になってくれたのか、ただ「早く帰らせるために満足するまで付き合ってやろう」と思っているだけなのかは分からないが。

 炎の魔神像は、公園の隅の一角にまとめて展示されていた。わりあい人に近い形をしているものもあれば、半人半獣のもの、さらには子供が適当に粘土を固めて作ったような形のものさえある。純粋人類と違い、『うちびと』の社会は様々な姿をした亜人が混ざり合って作る社会だった。思い描く神の形も、当然バラバラになるというわけだ。


「さて、一夜漬けの勉強の成果を見せるとするか――ジギー、聞いていてくれ」


 私はポケットから、ユーベル石窟のガイドブックを取り出した。昨日、駅で買っておいたのだ。展示物の一覧を開き、炎の魔神像の章をめくる。


「ゲム=ジドラゲム……これは光と灯火の魔神か。ゲム=ジァモナフ……乾燥や焦げ跡を司る魔神。これも違うな。熱を司る魔神は……そこの、ゲム=ゼクゲメトなんかどうだ? その、蛇をまとわりつかせた猿人みたいな形の像だよ」


 ジギーは、私の指示に従って魔神像に近づいていった。と、その表情が変わる。


「……どなたか、ナイフか何かお持ちではないですか? 」


 ルビエが、ポケットからペーパーナイフを取り出して渡した。ジギーハナイフを手に、ゆっくりとゼム=ゼクゲメトの像に近づいていくと、その足元の白っぽい部分を刃でこそげはじめた。削れた白い結晶を指先に取り、ひとなめして、深く頷く。


「やっぱり……これ、酒石です。果実酒の澱が結晶化したものですよ。蒸留前の酒を運びこむ時にこぼれたものが、長い間かけて蓄積していったんでしょう」


 私とルビエは急いで魔神像に歩み寄った。黒っぽい石で、仁王立ちした猿人が巨大なヘビをマフラーのようにまとった姿をかたどっている。体じゅうに、炎のような文様が白い塗料で描かれている。この紋様にまぎれていたから、こびりついた酒石に今まで誰も気づかなかったのだろう。


「ここ、この蛇の頭も、見てみろ」


 私は気づき、指さした。


「ほんのわずかだが、えぐれている……ちょうど、人の掌のような形に。ここを掴んで、魔力を注ぎ、仕掛けを作動させていたんだろう」


 ルビエは、像に縋りつくようにして確認した。眼鏡の奥の瞳が、熱っぽく光っている。


「気が付きませんでした……本当に、『隠し部屋』があると思います? 」


「試してみる価値はあると思いますがね」


私は彼女の勢いに少々圧倒されながら答えた。


「いかがです? 協力する気になっていただけましたか? 」


 ルビエ女史は、黙って魔神像を見つめ、じっと考えている様子だった。


「……無責任な憶測を打ち消すには、実際に部屋を発見してしまうのが一番、そうおっしゃいましたわね」


 ルビエは決然と顔を上げた。


「分かりました。調査を、許可しましょう。ただし、私も立ち会うという条件付きで」


「あなたが? 」


私はさすがに面食らった。目の前の女性を、改めて見つめる。地味なスラックスとジャケットに身を包み、掃除用具を持った姿は、遺跡や冒険とはあまりにも無縁に見えた。


「それは……いくら単なる酒蔵とはいえ、危険がないとは言い切れないんですよ? 冒険者でもないあなたには……」


「ジョアン・ユーベル――曽祖父は、ユーベル石窟の調査に行ったきり、戻ってきませんでした。今に至るまで、遺体さえ発見されていません。あなた方の話が本当なら、曽祖父が消えた理由も分かるかもしれない。ユーベル家の者として、遺跡を預かる者として――行かなければならないんです」


 私を見据えるルビエ女史の目は、一途な情熱に燃えていた。また、この目だ……私は内心ため息をついた。若さを原動力とした、わき見することも振り返ることもない瞳。こういう表情を見ると、自分が齢を取ったことを実感させられる。


「分かりました……どっちにしろ、あなたが許可してくれなかったら何もできないんだ、私たちは。いいよな、ジギー? 」


 振り向いて、一応ジギーにも声をかける。ジギーは躊躇う様子もなく頷いた。ファントム・レディ以外のことにはまるで興味がない、という顔だった。


「私は、何でも結構です。話が決まったのなら、さっそく石窟の中へ入りましょう。魔神像も動かして……」


「随分重そうだぜ、大丈夫かい? 手伝ってやろうか? 」


 無遠慮な声がして、ゲム=ゼクゲメトの石造の陰から、ダークブラウンの髪をなびかせて人影が飛び出してきた。見覚えのあるピーコート。


「ジェリオ! 」


 思わず叫んだ私に、ジェリオ・キーンは不敵な笑みを投げかけた。


「抜け駆けはないぜ、なあ、大将」


「どうして、ここに……?」


「なァに、昨日のあんたの様子が気になったんでな。ちょっと調べてみたんだ」


ジェリオは鼻筋を掻きながら事もなげに言った。


「街ン中で聞いて回ったら、あの後本屋に寄って古代魔術の本を買ったり、公園で魔神像を調べたりしてたって話が出て来るじゃないか。こりゃ怪しいと思ってな。公園の魔神像に隠れて張ってたんだが……いやはや、大当たりだったぜ」


「いやはや、参った。探偵顔負けだな」


 私は両手を上げて「お手上げ」のポーズを作った。


「探偵が冒険者のマネをしようってんだからな。冒険者が探偵のマネをしたって、いけないってことはないだろ?

それで、どうする? 俺はプロの冒険者だ。見たところ、あんたらは違うようだ。俺を連れてっても、損はしないと思うがね。もちろん、分け前は頂くが」


 ふてぶてしい声でそう言うと、ジェリオは私たちをぎろりと睨めまわした。ふざけたような物腰だが、奥底に有無を言わせぬ強引さが見え隠れしている。私は迷って、ルビエに目を向けた。ルビエはしばらくジェリオと真っ向から睨みあっていたが、やがてふッと息をついた。


「仕方ないですね。あなたの言う事にも、一理あります。断って、この話を外で吹聴されても困りますし……私は結構です。みなさんは? 」


 私は無言で肩をすくめた。彼女が許すなら、仕方がない。ジギーはハナから何の興味もない様子だ。


「おし、決まりだな……それじゃルビエ姉さん、台車かなにか用意してくれないかな? それからロープも要るな。男どもはこいつを降ろして、中に運び込む用意だ」


 許可が出るや否や、ジェリオはいきいきと命令を下しはじめた。私は首を振った。


「アイ、アイ、サー。馴れてる人間に仕切ってもらった方が、上手くいくからな。頼りにしていいんだろうな? 」


「任しとけって……いや、ワクワクするな! ようやく、俺にも運が向いてきたぜ」


 ジェリオはウィンクを返してきた。どいつもこいつも、希望に燃えた顔をして……なんだかここ数日でどっと老け込んだような気がして、私は思わずため息をついた。

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