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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ ファントム・レディに捧ぐ ~
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第2話(前)

 目が覚めると同時に、もっと眠りたいと思った。


 しかし、もう眠りには戻れなかった。やむなく私は唸りながら身を起こした。右を見て、左を見て、もう一度右を見たところで、ここは自宅の寝室らしいと名推理を働かす。昨日は随分と呑んでしまった。人の奢りで呑む酒というのは度を過ごしやすい。頭の中は砂かなにか詰めたようだ。


 酔い覚ましの水を一杯飲み、水のシャワーをくぐって洗い立てのシャツを着るとようやく、自分が動物にでもなったような気分が去った。頭痛は相変わらずこびりついているが、仕事には差し支えない程度だ。


 結局私はジギーの頼みを引き受けてしまった。昨晩の飲み代が着手金、成功報酬としてもう一晩分の飲み代を奢ってもらうという契約だ。割安どころの話ではない……が、まあ、いいだろう。どうせ代わりの仕事もないし、家でゴロゴロしてるよりはマシだ。ちょっとした観光旅行だと思えばいい。


 私は上着を着込み、書棚から第6大隧道にまつわる本を2、3冊適当に抜き出した。竜列車の中で、ちょいとばかり予習をしておこうという考えだ。荷物は持たず、上着のポケットに入れる。今日は白のドラゴン革ジャケットに、スミレ色と桜色のマーブル模様で染められたシャツ。頭の暗くなりがちな二日酔いの時には、明るい色の服を着るのが私の流儀だ。


 竜列車に乗り、三等車で第6大隧道へと向かう。本を読みながら、何気なく向かい側の座席を見て、私はおやっと思った。

ダークブラウンの髪を短く刈り込み、紺のピーコートを羽織った、若い男が座っている。その足元には、大きな黒いナップザックと、同じく黒の細長い布ケース。サイズと形からして、中身は鎧と大剣だろう。膝に置かれた手にも、剣の柄が擦れた跡が見える。冒険者だ。こんな早い時間に、「上」に向かう列車の中で見るのは珍しい。


 本を置いて周りの座席を見ると、商人や職人に混じって、目つきの鋭い連中が座っている。いつもの三等車とは、少々違った雰囲気だ。私は顎をひねった。ユーベル石窟の噂を聞きつけて、早くも冒険者が集まっているらしい。これほど多いとは思わなかった。俄然、ジギーの話が真実味を帯びてきた。

 やや興奮しながら、本の残りを読み飛ばし終えたところで、列車は駅に着いた。

ものものしい雰囲気をまとった連中が、無言でぞろぞろと降りる。申し合せたように早足で大通りの奥へと進んでいく冒険者たちを見送り、私はゆっくりと降りた。焦ったところで仕方ない。今回の仕事は冒険者と張り合って財宝を手に入れることではなく、その「財宝」が本当に存在するのかどうか突き止めることだ。私はスタンドで新聞を買い、めくりながら通りをブラブラ歩いた。まずは、情報収集といこう。


 第6大隧道の街並みは画一的で、昼間でも商店通りは静かだ。活気がない、というのではなく、のんびりとしている。かつてはこの第6大隧道も、遺跡発掘ブームの到来によって冒険者が入り乱れる街だった。それが、踏査・開発の完了とともに徐々に寂れていき、いまや小さな個人商店と、冒険者の装備を作っているうち居ついてしまった職人たちの工房が並ぶ、穏やかな街となっている。


 私は小さなコーヒー・ショップのテラス席に座り、鉱石珈琲を一杯頼んだ。運んできた若いウェイトレスに礼を言い、話しかける。


「なんだか今日は、妙に賑やかじゃないか。何かあったのかい? 」


「ああ、冒険者のことですね」


ウェイトレスは、細く整えられた眉をひそめた。


「嫌ですよね、騒がしくて。ここ最近、剣を提げて通りを歩いてる人が増えましたし、夜中でもお酒を呑んで騒いでる声が聞こえるし……みんな、あの石窟の記事を見て来たんですよ」


 やはり、そうか。私は頷き、コーヒーカップを手に取りながらさらに聞いた。


「石窟って言うと、あのユーベル石窟のことだろう? 観光名所の。本当に、隠し部屋なんかあるのかな? 」


「まさか! 」


ウェイトレスは、いかにも呆れたという表情で目を丸くした。


「私も、何度か行ったことありますけど……通路なんかすっかり整備されてて、案内板がそこかしこに立ってて。すっかり調べつくされてますよ。それなのに、あんな無責任な噂立てられて、ルビエさんも大変ですよ」


「ルビエ? 」


私は口元に持って来ていたコーヒーカップを置き、聞き返した。


「ルビエ・ユーベル。ユーベル石窟の発見者、ジュアン・ユーベルの曾孫さんです。王立アカデミーを出て、今はユーベル石窟記念公園の管理者をやってらっしゃるんです。時々、こちらにもお見えになるんですよ」


 ウェイトレスは自慢げに言った。そう言えば、そんな記述を本で読んだ気もする。


「次から次へと冒険者たちがやってきて、遺跡の中を勝手に調べ回るものだから、ルビエさんは遺跡を一時的に立ち入り禁止にしちゃったんです。でも、仕方ないですよね。何しろ、石畳を片っぱしから剥がしだす人とか、建物の壁をツルハシで掘りぬく人とか――」


「おおい! 何してる! こっちの注文も聞かねえか! 」


 テラス席の向こう端で、冒険者の一団がドラ声を張り上げた。ウェイトレスは私の方に向かって舌を出して見せ、


「はい、今参ります! 」


 と、完璧な営業用笑顔を作りながら駆けていった。


 コーヒー代を払い通りへ出て、またそぞろ歩きを始める。私は考えた――遺跡が完全に閉鎖されたとなると、少々話が面倒になる。中を調べられなければ、隠し部屋があるかどうかも分からない。ファントム・レディがあるかどうかも、当然知りようがない。

考えた挙句、まずは遺跡の方に行ってみることにした。


 ユーベル石窟は、駅前通りを中心とする市街地からからやや離れた場所にある。大隧道の天井まで高くそびえる岩壁のふもとだ。すっかり都市開発の進んだ第6大隧道の中では珍しく、周りは草木が生い茂る公園となっている。そこかしこに、石窟内で発見された魔神像や美術品が展示されていて、誰でも気軽に見られるようになっている。


 その公園に今日は、のどかな背景に似つかわしくないものものしげな人影がうろついていた。薄汚いローブを頭からかぶった魔導士らしき男、既にプレートメイルをがっちり着込んで準備万端と言った様子の剣士、盗賊ギルドの下っ端と思しき目つきの悪い男……昼日なかの公園で見ると、まるで仮装大会だ。


「おい、どういうことだ! こんなことする権利があるのか! 」


 公園の奥から、罵声が聞こえてくる。見ると、石窟の入口らしき場所にちょっとした人だかりができている。私は近づいて、人の背中越しに中を覗きこんだ。冒険者らしき連中が集まって、1人の女性を取り囲み、何やら言い争っている。女性の背後には、石窟へと続く入口がある――が、それが今は、ロープと立て看板によって封鎖されている。


「こっちはギルドの認可もある、正規の冒険者なんだ! 遺跡の踏査を行う権利がある! 」


 鎧を着込んだ大柄な男が、一際大きな声を上げた。


「……はっきりさせておきますが、このユーベル石窟はギルドの認めた調査対象遺跡ではありません。アカデミーが定めた、特定保護史跡です」


渦中の女性――長い黒髪を後ろで結い、黒ぶちの眼鏡をかけた若い女性は、怒りの滲む冷たい声で言った。


「既に、アカデミーには報告済みです。ここ最近の不法侵入のことも、緊急措置として遺跡を閉鎖したことも。そのうえでアカデミー理事会は、遺跡に侵入し内部を損壊した者に対し、賠償請求を行うという決議を出しています。

 また、冒険者ギルドも、ユーベル石窟への踏査申請を却下することと、無断侵入者にはギルド永久追放措置をとることを確約しています」


「でも、隠し部屋が……」


盗賊らしき背の低い男が、声を上げる。黒髪の女性はそちらをきっと睨みつけた。


「発見された文献に関しては、現在アカデミーで調査中です。その真偽や、隠し部屋の場所――万一、あったとして、ですが――そういったことが分かり次第、こちらから発表いたします。それまでは、ユーベル石窟の封鎖は継続いたします」


 たちまち、文句を言う声が公園じゅうを満たす。喧嘩っ早い者は、腰の剣に手をかけている。


「構う事はねえや! 隠し部屋を見つけさえすりゃ、後からいくらでも踏査許可は下りるんだ! 」


プレートメイルの男が、声を張り上げて周りの冒険者たちを煽る。


「そうだ! 押し入っちまえ! 」


 周りの冒険者たちも、群集心理からか口々に賛同する。人だかりが輪を縮め、遺跡の入口に立ちはだかる黒髪の女性へと近づいていく。


「ちょっと! あなたたち、何を……」


 屈強な男たちに詰め寄られ、女性は後ずさった。その目の前で、最初に叫んだプレートメイルの剣士が剣を腰のベルトから外す。どうも、怪しげな雲行きだ。剣士は鞘に入った剣をこれ見よがしに突き出して凄む。


「おい、姉ちゃん。大人しく退いておいたほうが身のためだぜ。俺もあんまり、こいつを使いたくはねえ……」


「そうか、使わないのか。だったら、私にくれないか? 」


 私は言いながら、女性と剣士の間に割り込み、鞘に入った剣を左手で握った。2人の視線が、突然割って入った私に集中する。


「なんだ、てめェは? 安っぽいヒーロー気取りなら……」


 みなまで言わせず、私は左手に魔力を込めた。左手の契約紋が輝く。そのまま力を込め、存在しない引鉄を引くと、鞘から剣が勢いよく射出された。

 私の十八番、「撃ち出す」大地の魔術だ。無機物に魔力を込めることで、銃弾のように撃ち出すことができる。


「ぎゃッ!! 」


 吹っ飛んだ剣の柄が頬骨にめり込み、横にいた盗賊が呻き声を上げてひっくり返る。


「な、何だぁ……」


 剣士がそちらに気を取られた隙に、私は空いている右拳でアッパーカットを繰り出した。狙いは、首をひねったためにガラ空きとなった顎だ。


「……ッ」


 硬い音と、確かな手ごたえ。剣士は声にならない呻き声を上げて、糸が切れた操り人形のようにくなくなと崩れ落ちた。実に綺麗に決まった。こうまで完璧に脳を揺らすアッパーは、年に1度打てるかどうかだ。


「おいおい……まあ、子供は寝る時間だからな、仕方ない」


倒れかかる剣士の体を支え、地面に寝かしてやりながら、私は言った。周りを取り囲む荒くれどもに聞こえるように。


「ま、そういうわけだ……あんまり、他人を困らせるもんじゃない。

もうじき商店街の自警団だって来るだろう。大騒ぎしたからな、通りにまで聞こえてるはずだ。面倒なことになる前に、今日の所は一旦引き上げるのが利口だと思うよ」


 誰も、ひと言も口を利かなかった。

私は内心汗をかいていた――もっとも、私の体は汗をかけないが。自警団の話は口から出まかせだし、仮に自警団が駆けつけてくれるとしても、到着するまでに私が怒り狂った冒険者の群れに八つ裂きにされて革ジャケットに加工されないという保証もないのだ。どうしたものか――嫌な空気の中、打開策を考えていた時だった。

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