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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ ブリング・バック ~
32/354

「……経過は良好ってとこか。せっかくの治療が、飛んだり跳ねたりでだいぶグズグズになってるようだがな。一応、痛み止めでも処方しとくとすっか。しかしまあ、よくこうも毎度毎度新しい傷を用意してこられるもんだ、なあ、ロギー? 」


「俺たちの生活を心配してくれてるんだろう。客がいなきゃ、商売にならないもんな」


 大男のロギストンは、仏頂面で薬棚を物色しながら答えた。小男バーディは、上着を脱いだ私の周りを回って、医療用魔導杖をかざし傷口を確かめている。

 私は再び第5大隧道の診療所を訪れていた。治療費の支払いがまだ残っていたし、教会での大立ち回りで新しい傷も山ほど負ったからだ。くたばりかけでない、まともな体調の時に見る診療所は、随分印象が変わって見えた。


「しかし……妙な手ごたえだな」


バーディが魔導杖を振りながら、首をかしげる。


「治療の魔術に、時々妙な干渉がある。こりゃ、強烈な水の魔術でつけられた傷だ。傷口にまで、魔力のカスが残ってるなんて症例は、俺もそう拝んだことがねえ」


 その言葉を聞いて、私は考え込んだ。バークの「ナイフ」は、結局回収しそこねてしまった。あの後教会の手に渡ったのか、それともどこかの組合がドサクサまぎれに手に入れたか……今となっては、もう知るすべもない。


 それにしても、今思い出してもあれは異様な品だった。見てくれは新しく、現代の技術で作られた魔導具のようだったが、魔術で作られた霧から魔力を取り込む機能はむしろ『うちびと』の技術に近いものがありそうだ。ジャムフが手にしていた錫杖も、その辺で取引されている魔導武器とはケタ違いの代物らしかった。

メイユレグは、あんなものをどこから手に入れたのか? そもそも、あれだけの武器をそろえられるメイユレグとは、いったい何者なのか?


「……おい、大将、トカゲの大将! どうした? 今日はやけに静かじゃねえか」


 バーディの声に、私は我に返った。バーディは腕組をして、私を怪訝そうに見つめている。


「診察は終わりだ。神様だか誰だかがてめェを造った時、よっぽど頑丈な造りにしたらしいな。ひと月もありゃ後腐れもなくスッパリ治るだろ。もう、ほとんど健康体だ。クソ冗談口を叩く機能が壊れちまった、ってんなら話は別だがな」


「反省したんだろ、死にかけて。人の命には限りがあるんだからな、クソみたいな減らず口叩いてるヒマなんか、本当はねえんだ」


「それを言うなら、てめェもだぜ、ログ、ロッグ、ロギー! 」


バーディは言い、杖でロギストンの脇腹を突いた。


「痛み止めは、どうなったんだよ! 無駄口叩いてねえで、早いとこ持って来い。でないとこいつを叩き出せねえ」


「もう、持ってきた。シビレスズランの種と、モルフォコウモリの吐く眠り毒から精製した薬だ。眠くなるから、仕事前なんかにゃ飲まない方がいい」


 ロギストンはぼそぼそと説明すると、白い紙包みを私に差し出した。受け取り、コートのポケットに放り込む。

ともあれ、今回のところは永らえた。傷はいつか癒え、命は続く。続く限りは、生きるしかない。


「……減らず口叩いてるヒマがないってのは、そりゃ、逆だな」


私は呟いた。


「人生は、時々えらく長く感じる。もうやめてくれ、ってくらいに。そんな時、ムダ口でも叩いて隙間を埋めないと、とても長い人生やってけないのさ」


「なんだ、治ったと思ったら……まァた始めやがったぞ、ロギー」


バーディがあくび交じりに言う。


「つける薬がない病気ってやつさ、バーディ」


ロギストンは肩をすくめた。


(続く)

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