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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ ブリング・バック ~
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第5話(1)

「悪くねえなあ、この空気。やっぱ、たまには第5まで上がってこねえと、人間も腐っちまうってもんだね」


 ホームに降りたマフィは、大きく伸びをしながらそんなことを言っている。私はと言えば、三等列車の振動が傷に響いてそれどころではない。スーツケースを担いで降りるのがやっとという体たらくだ。


「おいおい、来たばっかでそれかよ。これから大丈夫なのか? 」


「……それは、私も知りたい」


荒い息の下から、私は答える。


「とりあえず、まずは宿を決めるか。それからだ、調査は」


「アイ、アイ……節約だからって相部屋取ろうとしやがったら、帰るからな。個室だぞ個室」


「何だ、襲われでもしないかと不安か? 」


 わざと下品に歯を剥きだして、軽口を叩いてみたが、マフィの反応は硬かった。


「バカ、そういう事じゃねえ」


マフィは言って、少しためらい、顔をそむけた。


「……寝る時まで、このツナギ着てろってのかよ」


 私はようやく気付いて、おし黙った。冗談にしても、ちょっと踏み込みすぎた。

 マフィ・エメネスは猿人(エイプマン)の血を引いている。顔は普通の人間とほとんど変わらないが、腕や脚、体には髪の毛と同じ栗色の硬い毛が部分的に生えている。彼女はその姿を人に見せたがらない。私とは、同じ『うちびと』の血を引く異形どうしということで比較的打ち解けているが、それでも自分の姿を晒すということは相当なストレスらしい。


どう謝ろうかと考えていたら、あちらの方から苦笑いが返ってきた。


「……なんか、悪かったな。考えてみりゃ、お前のことはさんざんトカゲって呼んでるくせに、おかしいよな、今さら」


 私は痛む腕を広げ、笑って見せた。


「まったく、今さらだ。私の男前も、お前さんのテレ屋も、今に始まったことじゃない。だろう? 」


「調子に乗るなよ、トカゲ野郎」


マフィも笑った。


「……さ、気を取り直して、宿だよな。どこにする? 駅前通りが無難だと思うけど」


 私は頷いた。大通りを進めば進むほど、立ち並ぶのは連れ込み宿まがいの怪しげな宿屋ばかりになっていく。まっとうな旅行客には、駅近くの宿が一番なのだ。


 旅行客の間を縫って、三軒目でようやく二人分の部屋をとることが出来た。それだって、出身地だの宗教だのを執拗に聞かれた末のことだ。特に、我々の外見上、宗教のことはしつこく聞かれた。都合の悪いことに私もマフィも無宗教だ。私はものぐさゆえ、マフィは「何の見返りもくれねえカミサマにカネを払うほどバカげたこともない」からだという。


 大竪穴でもっとも幅を利かせているのは、外界で主流派である聖ジェマイアス教会だ。ジェマイアスという聖人が大昔に開いた宗派らしいが、私もよくは知らない。純粋人類の宗派だからだ。ほとんどの純粋人類はこの宗派に帰依し、毎週教会に行く。

 他の宗教といったら、あとは『うちびと』の魔神崇拝くらいだが、これは聖ジェマイアス教会においては「異端」とされている。口利き屋がメイユレグのことを露骨に悪しざまに言ったのも、そのあたりの意識が大いに影響している。

宗教的使命感の強い奴の経営する宿屋だと、亜人だというだけで門前払いを食う場合さえあるのだ。メイユレグの過激な主張も、あながち理由のないことではない、と言えるかもしれない。


 私の部屋は2階。皮肉にも、教会の屋根が窓からよく見える部屋だった。ひとまず荷物を置いて宿屋を出、マフィと連れ立って近くのコーヒーショップへ行った。打ち合わせが必要だ。


「さて、この後はどうする? まず、どこから調べるんだ? 」


 ハッカ水の代わりにハーブティーを頼むと、マフィは私に聞いてきた。私はひと息ついて、杖に寄りかかりながら説明を始めた。


「まずは、組合(フッド)の線から洗ってみよう。バルナバス・ボルゴを訪ねたい。お前の顔で、紹介を頼めないか? 」


「やって出来ないことはねえだろうけど……」マフィはぼりぼりと頭を掻いた。

「だが、あっちもあんまりいい顔はしねえだろうな。あたしみたいな故買屋が、表玄関から堂々と入ってくわけにゃ行かねえよ。周りの連中が何を勘ぐるか、分かったもんじゃない。あっちも体面ってもんがあんだから。

せいぜい、紹介状を書くくらいだね」


「……つまり、お前さん自身は行く気がない、と? 」


 マフィはしれっとした顔で目をそらす。


「ま、あんたが出てる間、買い物でもしてヒマを潰してるさ」


 私は杖にすがりながらマフィを睨みつけた。


「カネは払ったんだ。払った分の働きはしてもらうぞ――まあ、お前さんと一緒だと話がややこしくなるってのは分かった。だったら私一人で行く。紹介状を書いてくれ」


「わーってるって。このマフィさんは何だって売り買いするが、値段分の価値のないもんは売らねえんだ。任しときな」


マフィはにっと歯を剥きだして笑う。


「お前さんにはその間、バークの線を追ってもらう。メイユレグの線、と言ってもいいが――奴らが何を企んでるのか、見当だけでもつけておきたい」


「見当ったって……何か、心当たりでもあんのかい? 」


 私は頷き、運ばれてきたコーヒーをおっかなびっくり口にした。


「……ジャムフは何度も、仲間に私を『殺すな』と命じていた。私が……熱ッ……同胞(はらから)だから、と言ってな。同胞、つまり『うちびと』の……熱つつ……血統が問題なんだ。また、奴らは雑種をよしとし、純血を憎む。そう言っていた。つまり純血というのは、いわゆる純粋人類のことで……あ痛ッ! 」


「キズに沁みるんだろ、飲むのやめろよ。うっとうしいから」


マフィはあきれ顔で口を挟んだ。


「要するに、奴らが誰を狙ってるにしろ、その狙いは純粋人類のみに向かってるってこったろ? さらに、『うちびと』の血を引く人間には、なるべく被害が及ばないようにもしてる、と。いやはや、ムダなとこで気を使う連中だね」


「ま、その通りだ」


私はコーヒーを未練がましくフーフー吹いて冷ましながら、マフィの意見を認めた。


「さらに推理しよう。この第5大隧道で、純粋人類だけが集まる場所と言ったらどこだ? 」


「そりゃ……」


マフィは首を巡らせ、通りの突き当たりにある建物を見た。高い塔に鐘楼を備えた、猥雑な第5大隧道の雰囲気とはそぐわない清潔な建物。


「教会、だろうなあ。当然」


「ご名答だ。ま、本当にご名答なのかは、メイユレグの連中に聞かなきゃ分からんがね」


 私はコーヒーカップを持った手でマフィを指さした。


「そこで、お前さんには教会周りを調べてほしい。ジャムフはバークに『待て』と言った。近々『(あかし)立て』の場を用意する、と。つまり、あらかじめ予定された何かがあるはずだ。コトを起こすにふさわしい何か――教会で大きな説教とか、イベントの類があるんじゃないか? そこのところを、調べてきてほしいんだ。

 私がこのツラで教会に行っても、悪魔祓いの呪文を投げつけられるのがせいぜいだ――ああいうところでは美男子を誘惑の元だと思ってるからな。だから、お前さんが行って調べてほしいんだ」


「煮えたコーヒーでも流し込んだら、その冗談口も止まるかね」


マフィは毒づき、運ばれてきたハーブティーを口にした。


「ま、いいよ。そんなに骨の折れる仕事じゃなさそうだ。引き受けてやろうじゃないか。

 むしろ、大変なのはお前の方だぜ。組合のボスってのは一筋縄じゃいかねえ。大丈夫なのか?」


 私は舌で口の中の傷をなめながら考えた。今までの仕事でも、第5大隧道の組合にそこまで深く近づいたことはないと言っていい。正直不安だが、怖がって震えていたところでどうなるものでもない。


「ま、何とかやってみるさ。連中だって、初対面の私の顔が気に食わない程度の理由で、まさか命まで取ったりはしないだろう……しないよな? 」


 マフィは意地の悪い目つきで答えた。


「あたしが組合(フッド)のボスだったら……そうだな、あんたのクソみたいな冗談を聞いたら、衝動的に、ハラワタかっさばいてハクセイにしちまえくらいは言うかもね」


「脅かしっこなしだ、マフィ。本当にビビってるんだよ私は」


ぬるいコーヒーをなめながら、私は顔をしかめて見せた。


「分かってるって、あんたが臆病なのは……あ、そうだ、思い出した。ひとつアドバイスがあるな。ボルゴに会うなら、メシ時がいいって言うぜ」


「メシ時? マナー上は、あんまり人を訪ねるのにいい時間じゃないと思うが……」


「詳しい話は知らねえよ。噂だし」


マフィはハーブティーで舌を湿らせながら続けた。


「なんでも、ボルゴは大人数でメシを食うのが好きらしいんだ。普段は会わないような客でも、メシ時には一緒に食卓につかせるらしい。デブがもの食う時機嫌よくなる、って単純な話でもなさそうなんだけどな。

 ま、趣味は人それぞれだからな。信憑性はどうだか知らねえけど、試してみたら? 」


 マフィはひとごとのように言う。


「頼りない情報だが、それしかないなら仕方ないな。ここは当たって砕けろだ」


 私は肩をすくめ、景気づけにコーヒーの残りをぐっとあおった――途端に気管に入り、むせかえる。マフィが舌打ちを漏らす。


「こんな所で窒息死するんじゃねえぞ。死骸が他人さまの迷惑になる」


 私は答えられなかった。うっかり本当に窒息死しそうだったからだ。

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