↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 稲妻の歌を聴け ~
PR
131/354

第6話(1)

 私は二日酔いの頭を抱えながら、ベルーニの事務所に向かっていた。


 失敗した――昨日は結局、夜明け近くまで『躍る剣』で呑んでしまったのだ。鉄の大盾を使った冒険者風煮込みなんていう料理まで頼んでしまった。あれを頼むと、調理のために女の子を一人テーブルに座らせることが出来るのだ。面白いシステムだとは思う。しかしお蔭で、宿を取れたのは朝も遅くなってからだった。


 あたりの人間に尋ねながら、何とか事務所の前まで辿りつく。住所だけは渡されていたが、朝の第5大隧道は道が分かりにくい。夜中のギラついた街並みはどこへやら、魔導灯の光は消え、看板は取り外されて、朝の光が白っちゃけた路面を虚しく照らしている。ウィスキー「ファイア・スターター」の、魔導士を描いたビンが道の真ん中に転がっている。それを道の端に蹴り飛ばした後、私はベルーニの事務所へと入っていった。


 玄関を抜け、応接間に入る間もなく、奥の部屋から怒号が聞こえた。天井がビリビリと震えるような、重たい声だ。合間に何やら宥めるような声が混じっている。私は帽子を被り直し、奥へと駆け込んだ。

黒く厚い一枚板のドアを開けると、黒い安楽椅子にめりこむようにして腰かけたベルーニが、ボルゴの巨体に詰め寄られているところだった。ボルゴは珍しく小さな目を見開き、怒りに満ちた表情をあらわにしている。垂れ下がった頬が、感情の高ぶりにつれて震えている。この男が、ここまで感情を表すことがあるとは思わなかった。


「……何だ、お前か」


 もう一度怒鳴ろうと息を吸い込んだところで、ボルゴは私に気付き、のっそりと身を引いた。目の前の壁がなくなり、ベルーニは汗まみれの顔でほっと息をついた。


「一体何があったっていうんです? 外まで聞こえましたよ、声が」


 ためらいがちに私が小声で尋ねると、ボルゴは忌々しげに息をつき、ネクタイを緩めながら手近の机に腰を下ろした。重みに耐えかね、板が甲高い悲鳴を上げる。


「この男に聞けばいいだろう」


 低い声で、ボルゴは傍らのベルーニを顎で示した。ベルーニは青白い顔に愛想笑いを貼りつかせたまま私に向き直り、かすれ声で話しはじめた。


「その……君に頼んでいた仕事のことなんだがね。もしかしたら、必要なくなるかもしれないんだ。その、大通りにある組合(フッド)から話がかかってね。「負けないディーラー」リライアの噂を聞いて、自分の所のカジノに欲しいと言って来たんだよ。ショウというか、見世物としてかえって呼び物になるんじゃないかということでね」


「で、まさかそれを受けたんじゃあないでしょうね? 」


 私の問いに黙り込んだベルーニと、眉間に皺を寄せて壁を睨んでいるボルゴを見比べて、答えはなんとなく予想できた。ベルーニは、安易な解決策に飛びついたのだ。自分の所のディーラーを引き抜かれ、恥を晒すばかりか、相談を受けたボルゴの顔まで潰す行為だというのに。

 私は2人の顔を交互に眺め、しばらく考えた後、おずおずと意見を述べた。


「まあ、まだ返事はしていないんでしょう? リライアの方の思惑も聞いていないわけだし……まだ、実際にどうなるかは分からないと思いますが」


「そういう事じゃない! 」


 ボルゴが大声を上げ、ベルーニは椅子の上で飛び上がった。私も思わず一歩後じさった。ボルゴは机から降り、私の方へ太い指を向けて歩み寄ってきた。


「いいか、俺が言っているのは、メンツの話なんだ……向こうからそんな話が来るってことは、リライアの件はこっちの手に余ると思われてるってことだ。ナメられてるんだよ、こっちは。ただでさえ内情が苦しい時だってのに、そんな誘いに乗る素振りでも見せてみろ。次に流れる噂は何になる? 「『笑う狼』は危ない」だ……こういう時ゃ、嘘でも多少は渋って見せるのがセオリーってもんだ。それを……」


 ボルゴは口をつぐんでベルーニを睨みつけた。この剣幕と、ベルーニのしょげかえり方を見れば、どういう返答をしたのかは予想がつく。私は首を振った。また、厄介なことになったものだ。


「いや……ボルゴ、君には申し訳ないと思っている。ベキム君にもだ。わざわざ来てもらったのに……だがなあ、私としては、事を荒立てずに済ませられるならそれが一番なんだよ。

 ああ、今日までの分の仕事量は、迷惑料も合わせて多少色を付けて払わせてもらう。その点は心配しないでくれ」


「その必要はない」


 私が答える前に、ボルゴが冷たい声でぴしゃりと言った。


「仕事は続けてもらうぞ、ベク=ベキム。この俺がクライアントだ。一度始めた仕事は、最後まで続けてもらう。いいな!? 」


 巨体に見下ろされ、刃のような声でそう決めつけられたのでは、否やのあろうはずもない。私は無言で頷き、おそるおそるベルーニの顔を見た。ベルーニは疲れたような、諦めの滲んだ顔をしていた。


「君がそういうんなら、私には止められない……だが、私はもう降りる……もう、十分だ。あの女がいなくなりさえすれば、カジノは建て直せるし、当座のためのカネも入ってくる。それで十分だろう? 無理に意地を張ってみたって、始まらないじゃないか? 」


「意地も張れねえで、組合(フッド)の長が張れるか……行くぞ」


 低い声で捨て台詞を吐くと、ボルゴは苛立った早足で部屋を出て行ってしまった。私も、ベルーニに一応頭を下げてから、その後を追った。



   *   *   *



「まあ、言いたいことは分かりますが……あの別れ方は、ちょいとヒドかったんじゃありませんか? 」


 私はコーヒーをすすりながら、額にぐっと皺を寄せて黙り込んでいるボルゴに話しかけた。ベルーニの事務所を出て、鳥力車で翡翠通りの喫茶店を訪れてからずっと、彼は爆発寸前の無表情を崩さなかった。向き合っている私としては、いい迷惑だ。


「第一、ベルーニさんの言うことにも一理あるじゃあありませんか。「負けないディーラー」がヨソへ行ってくれると言うのなら、手段にこだわる必要はないでしょう? 今は問題の解決を優先すべきだ」


「さっきも言ったろう。それじゃあ、組合(フッド)のボスとしての顔が立たん」


 ボルゴは唇を薄く開け、不愉快そうな声で答えた。棘は潜んでいるが、先ほどよりは穏やかな声だ。だいぶ、落ち着いてきたようだ。


「裏のカジノで勝ち続けているうちは、まだよかった。それが、表のカジノで見世物になるとなったら……カジノってものの信頼性そのものが疑われちまう。ただでさえ、カジノ側の仕込みやら不正やらの噂は絶えねえんだ。それを見世物にするなんぞ、目先の小銭に目のくらんだバカのやることだ」


「……ひょっとして、リライアの狙いもそこにあったんじゃありませんか? カジノの権威を踏みにじるため、カジノへの挑戦として、「無敗」を続けていくという」


 ボルゴはふっと口をつぐみ、しばらく考えていたが、やがて静かに首を振った。


「その線は、流石にないだろう。やったところで得が無さすぎる。カジノ全体の信頼を損なうわけだから、どこかから報酬を受け取るってことも出来ない。ベルーニのとこと対立してる組合にしたって、まずそんなことはやらせない。バレでもしたら、カジノに手を出してる組合全部から総叩きに遭うからな」


 私は頷き、もうひと口コーヒーを飲みこんで、二日酔いを頭から追い出そうとした。


「とすると……まあ、本当のところはあの女に聞いてみないと分からないってことになりそうですね」


「まあな。だが、そこは本筋じゃない」


 ボルゴはぐっと身を乗り出し、落ちくぼんだ憂鬱そうな目で私の目をぎろりと見据えた。


「お前への依頼は、「負けないディーラー」を負かすことだ。それさえ出来れば、リライア・ロレンが何を考えているのかなど二の次でいい。問題は、それが出来るのかどうかだ。

 カジノの経営者であるベルーニはこの一件からオリた。ということは、昨日の晩のように損を気にせず青天井で賭けるってことが出来なくなったってことだ。種銭くらいなら俺が出したっていいが、それも無尽蔵ってわけにはいかない。俺としても、損はしたくないんだ。確実に勝てるという算段がつかなきゃあ、カネを出す気にはなれない。分かるな? 」


 これはまた、こっちのやる気に水を差すような話が出てきたものだ。私は顔をしかめた。


「負けた分は報酬から差引き、なんてことにはならないでしょうね? 」


 ボルゴは椅子にもたれかかり、受け太刀に回った。


「そこまでは俺も言わん。大事なところで手がすくむようでは、勝てるものも勝てなくなるだろう。ただ、単なる「バクチ」をしてもらうわけにはいかんと言っている。運任せに勝負するのは、俺の性に会わんのだ。最初に言ったと思うが……」


「……今になってこう言うのもなんですが、やっぱりベルーニさんとモメたのはまずかったですね。カネの話を抜きにしても、カジノの調査なんかだってやりづらくなりますし」


 私が少々恨みがましく言うと、ボルゴは太い指を振り、疲れた声で言った。


「それを言うな。俺だって、後悔はしてるんだ。俺も興奮しすぎた。あんな風に言うべきじゃあなかったんだ。立場を考えても……ベルーニだって組合(フッド)の長だ。ガキじゃあない。判断すべきところは、自分で判断がつけられるハズの男だ。

 それが、鼻先に突き付けられた安易な解決策に飛び乗っちまって……何だろうなあ、自分が騙されるより腹が立つんだよ、こういう事ってのァ。何も世話になっただの、恩義があるだのだけが理由じゃない。騙される方にも腹が立っちまうんだ。何をいいようにされてやがる、って。あの人だって、昔はそれなりにスジも通ってたし、野心もあったんだがな……」


 ボルゴはぐったりと椅子に寄りかかり、遠い目で虚空を見つめた。その声は徐々に低く細くなり、独り言のようになって消えた。私は口を挟むのもはばかられ、既に空のコーヒーカップをわざとらしく口に近づけた。

 しばし目をつぶり、眠ったように黙り込んだ後、ボルゴはおもむろに目を開けた。


「いつまでも感傷に浸ってたって仕方ねえ。仕事の話に入ろう……それで、これからどうするつもりだ? 俺の組合(フッド)に協力できることがあったら、聞いてやるが」


「ありがとうございます。でも、とりあえずは私の力だけでやっていけますよ」


 私はカップを置き、帽子を被り直した。レフのことは、まだ口にしないことにした。状況がどう転ぶか、まだ判然としないのだ。カードは出来るだけ手元から離さないようにしておきたい。


「で、具体的にどこから調べるのか、でしたね。ひとつ考えがありまして……何事も、まずは原点に返ることが大切だと思うんですよ」


「原点? 」


 怪訝そうな顔をするボルゴをよそに、私は立ち上がり、ジャケットの裾を直して、ニヤリと笑った。


「敵のことが知りたいなら、本人に聞かせてもらうのが一番いい……今晩、リライア嬢と直接話してみます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。