第5話(1)
私たち――ボルゴとベルーニ、そしていつも通りの黒ジャケット姿に着替えた私は、再び改装中の『火竜の巣』に集まり、丸テーブルを囲んでいた。
「さて……では改めて、先ほどの勝負から何が得られたか、報告してもらおうか。ああ……どちらがいいかね、ベキム君と言うべきか、それともクグナ=ク氏と呼ぶべきか? 」
おどけた口調で言うベルーニに、私はややうんざりしながら首を振った。
「出来れば、ベキムの方で……その偽名は適当に考えたもんでしてね。あんまり繰り返し呼ばれるとどうも気恥ずかしい。
ま、それはともかく……やはり、イカサマの具体的な方法については、見当もつきませんでしたよ。サイコロに細工してるような様子もないし、音を聞いても分からないし。
幾つか、見当のついたことはありましたがね……例えば、出目の操作は出来ても、こちらの振る出目はコントロールできないらしいこと。1度だけ、白のペアを出したことがありました。出目が操作できるなら、そんなことさえも無く完封されていたでしょう。同じ理由で、サイコロ自体を操作してるってことでもなさそうです。彼女の出す目だけが操られているなら、タネは彼女の手元にあるはずだ。
とは言え、こんな憶測はいくらでも言えるわけで……プロのバクチ打ちが分からなかったことを、素人の私が探り出そうったって簡単に行くわけはありませんが」
私の言葉に、ボルゴは重々しく頷いた。
「それはもう分かっている……その上で、今分かっていることを聞きたいんだ。技術的なことは、今はいい……ついさっきルールを知ったばかりなんだからな。先に、あのディーラーの印象を聞いておきたい。どういう印象を受けた? お前の、探偵のカンとやらを聞かせてくれ」
皮肉を言っているのかと思ったが、ボルゴの顔つきは真剣だった。いや、いつも通りの仏頂面を貫いているせいで、内心が読み取れないだけか。とにかく私は、思い出し思い出ししながら答えた。
「そう……カネのためにやっている、という感じは受けませんでしたね。賭け金がいくら吊り上がっても、平気な顔をしていた。プレッシャーを感じるってことはないにしても、勝ちが決まっているなら普通は多少喜ぶもんでしょう。彼女は、何だかカネにさえ無関心というような……そんな印象を受けましたね」
「そんな、バカな! 現にうちのカジノは、どれだけの損害を……」
大変な剣幕で立ち上がりかけたベルーニを、ボルゴが大きな手を振ってなだめる。私はひと息ついてから、噛んで含めるように説明した。
「まあ、考えてみてください……彼女は確かに勝ち続けて、カジノの評判に傷をつけているかもしれない。しかしそれで、彼女自身はどれだけ得をしました? いくらチップを稼いだところで、それが全て自分のものになるわけじゃない。歩合制の報酬はあっても、カジノのカネでバクチをする以上、儲けはほとんどカジノへ吸い上げられてしまう。すなわち、あなたの元へだ」
ベルーニの目をまともに見つめると、彼はバツが悪そうに視線をさまよわせ、上げかけていた腰を椅子に降ろした。私は咳払いをし、話を続けた。
「金目当てじゃないと考える根拠が、そこにもあります。彼女はまず間違いなくイカサマをやっている。組合が送り込んだプロのバクチ打ちにも、誰にも悟られずに。そういう方法を考え出したってことです。ならばなぜ、その方法を使ってカジノ相手の勝負をしないのか? 自分のカネでカジノを負かしてやったら、儲けはまるまる自分の懐に転がり込むはずだ。わざわざディーラーの仕事なんてやる必要はない。でしょう? 」
私の言葉に、ベルーニは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。ボルゴも頷き、身を乗り出してくる。
「とすると、奴の目的は……個人的な怨恨か、あるいはただ単に勝負が面白くてやってるのか。まだ分からねえが……いずれにしろ、それが本当だとすりゃ厄介なことになったもんだ」
ボルゴは疲れた顔で頭を振り、肉に覆われた首筋を揉みほぐした。
「カネでカタの付かねえ動機ってのは、解消するのが難しい……欲得を顧みねえバカってのはバカなりに頑固だからな。搦め手から攻めるのも難しいか……その点はどうだ? あの女本人についての調査はどうするつもりなんだ? 」
ボルゴの瞳が、落ちくぼんだ眼下の中でぎらりと輝いた。私は思わず生唾を飲みこんだ。
「そう、睨まないで……まだまだ仕事は始まったばかりだ。これからじっくりやってくつもりですよ」
「そうか……カジノでも、何か聞き出せたんじゃないかと思ったが、無駄足だったか? 」
ぞっとするほど静かな声で、ボルゴは聞いた。言外に、レフとの会話のことを言われているのだ。俺が聞いてないところで何か探り当てたんじゃないか、と――実際のところ、大当たりだ。私は、レフから受け取った紙片のことを言わずにいた。レフは組合のボス連中を避けているようだし、この2人に彼のことを明かしたらせっかくの情報源がフイになるのではないかと思ったからだ。
「無駄足ってことはないですけどね。来て1日目からそうトントン拍子に行ったら、苦労しませんよ。ああ、仕事を引き延ばして日当を稼ごうなんてセコい魂胆はありませんから、ご心配なく」
私は冗談めかして言ってみたが、ボルゴの顔は晴れなかった。
「……まあ、仕事のやり方はお前に任せよう。どんなに頼りなく見えても、どんなに冗談がつまらなくても、お前はプロだからな。そこだけは俺たちも信じる。なあ、ベルーニさん? 」
ボルゴの太い声を浴びせかけられて、ベルーニは軽く震えあがり、声も無く頷いた。これでは、どちらが格上だか分からない……そのことに一番戸惑っているのは、どうもボルゴ本人らしかった。すっかりうろたえてしまったベルーニを気遣うように、柄にもなく優しげな声でボルゴは言う。
「まあ、そう慌てずに……落ち着いて、ドンと構えてりゃいいんです。こんな下らねェ問題で、あんたがあっちこっち動く必要はない。後はこのベキムと、俺に任せて……ねえ」
ボルゴはベルーニの肩を叩きつつ、片手で壁際に控えていた黒服を呼び寄せ、外に向かって指を振った。車を用意しろとの合図らしい。ベルーニは察し、小さな体をぴょこんと起こして立ち上がった。
「ああ……そう、そうだな。いい報告が聞けるよう、期待しているよ」
ベルーニはボルゴと私に向かって弱々しく笑うと、別れの握手のために手を差し出した。手袋を外してその手を握る。かさついた、妙に温かい手だ。いや、私からすれば誰の手も温かいのだろうか。
鳥力車に乗るベルーニを見送った後、私も帽子を被り、ボルゴに暇を告げた。
「それじゃあ、私も行きますよ。今日の所は適当に宿を取って、明日の朝から仕事にかかるつもりです」
「何だったら、部屋は用意してやれるぞ。組合の息のかかった宿屋もある。俺が声を掛ければ……」
ボルゴの申し出に、私は手を振った。
「折角ですが……そこまで世話にはなりたくないものでね。気を使ってるというわけじゃない。あんまり、組合の下についたという感じになりたくないもんで。フリーランスの探偵として、なけなしの誇りってやつです。バカな奴だと笑って見逃しちゃあもらえませんかね」
「長ったらしく説明しなくとも、要らんなら要らんと言やァいい。お喋りめ」
ボルゴは眉間に皺を寄せながらも、「宿代」と称して幾許かの紙幣を渡してくれた。ポケットから出した紙幣束を、ロクに数えもせずこっちのポケットに押し込んでくるやり方は、いかにも組合のボスらしい豪放さだ。必要経費を受け取るのは、探偵としての良心にも恥じない。私は帽子を取って礼を言い、『火竜の巣』を出た。
しばらく歩いた後、私はひそかにジャケットの内ポケットから紙片を取り出し、広げてみた。裏カジノで、レフが私に託したメモだ。乱暴な字で、「琥珀通り3番地の4、『躍る剣』、奥の席」とある。どうやら店か何かの住所らしい。そして終わりに、アンダーラインを引かれた一文――「仮装は不要」。
私はフームと息を吐き、後ろ頭を掻きながら天井を2、3秒見つめた後、通りを歩き出した。琥珀通りに繋がる道を。




