第3話(後)
プレイヤー側の椅子にどっかりと腰を下ろすと、ギャラリーからどよめきが上がった。半分は嘲り、半分は興味といったところだろうか。素っ頓狂な格好をしたバカが、また1人カモになりに来た――そんな印象だろう。別にこれは、私の趣味じゃあないのだが。
「今晩は、洒落たお召し物のお客様」
リライア・ロレンは白い歯をこぼして笑った。気を呑まれ、少々どぎまぎしながらも、私はチップのケースをテーブルに置いた。
「今晩は……口説く時なら御託も並べるが、あいにく今日は口説きに来たわけじゃない。勝負と行こうじゃないか、綺麗なディーラーさん」
手元に築かれたチップの山に、観客がどよめく。裏カジノとはいえ、ここまでの額をまとめて賭ける客は少ないのだろう。だが、リライアは神秘的な微笑を崩さなかった。と、早足にベルーニが進み出てきて、横からリライアに声をかける。
「紹介が遅れた……こちら、ボルゴ氏のお客様で、深層で古美術商をやってらっしゃる、クグナ=ク様だ。大切なお客様だから、楽しんで帰って頂けるよう、粗相のないように頼むよ」
声の奥に、凄むような調子が潜んでいた。今さらながら一応釘をさしているつもりなのだろう。リライアはベルーニの方を向き、嫣然と会釈をした――何の意味も持たない仕草だった。横に立つ組合のボスを、まるで家具か何かのように見ている。ほのめかした脅しに気付かぬわけでもあるまいに。
テーブルの上へ手を置き、ふと気づいて、私は左手を挙げた。
「ところで……手袋は着けたままやらしてもらうよ。こいつがあるもんでね」
私は手袋を半分めくり、手の甲に刻まれた契約印をリライアに示した。大地の魔神との契約を示す紋章だ。この紋章を使い、私は魔導具なしでも自在に魔力を使える。つまり、道具なしでイカサマが使えるのだ。と言っても、私の使える魔術は「物体を弾き飛ばして弾丸にする」という、ごく荒っぽいものだけである。リライアの目を欺けるような代物ではないが、まあ、明かしておくのが礼儀と言うものだろう。
「何だったら、手袋の中を調べてもらってもいいが……」
「それはご無用です、お客様」
面白がるような笑みを浮かべながら、リライアは軽く言った。言い方によっては、あまりに気安く無礼に感じられるような言葉遣いだったが、彼女が言うと何故か嫌味がない。
「そういった無粋な詮索はいたしません。第一、ひと目を忍んで手悪さをするような方が、そんなに目立つステキなお召し物を着てはいらっしゃらないでしょう? 」
「そんなに悪く言ったものでもないと思うがねえ。一張羅なんだ、これ」
すまし顔を繕って答えると、リライアも少し顔を傾けて微笑を返した。
「バッグラムのルールはご存じかしら、深層のお客様? 」
リライアはふと微笑みを吹き消して、聞いてきた。問われて私は、まだ詳しいルールを聞いていないことに気付いた。私は客なのだから、ディーラーに教えてもらってもいいのだが……私は人ごみの中から見知った顔を見つけ、手で差し招いた。
「レフ、来てくれないか! 」
人垣に隠れるようにしてこちらを見ていたレフは、急に呼ばれて目を丸くした。
「え、お、俺か? 」
「これも何かの縁だ。さっき、ルール説明が途中で終わっちまったろ。せっかくだから、最後まで説明してもらいたい……こいつを横に座らせてもいいかな、ディーラーさん? 2対1になっちまうが、賭けるのは私だけだ」
リライアは微笑んで手を差し伸べることで許可の意を示した。周囲の観客から押し出されるようにして、レフは私の待つテーブルへとやって来た。
「……おい、どういうつもりだ? 急にこんなところへ引っ張り出しやがって……」
怒りよりも困惑の方が強いといった顔つきで詰め寄るレフを、私は手を挙げて押しとどめた。
「本当に、言った通りの意味さ。深層から来たばかりで、バッグラムのルールには疎いんだ。教えてくれたら礼もする。それに……君自身だって、このテーブルに近づきたいんじゃないかと思ってね」
当てずっぽうだったが、どうやら当たりだったようだ。レフは息を呑み、私の顔を見、ついで一瞬だけリライアの方を横目で見た。
「……何が言いてえんだ? 」
「言っているだろう、言葉通りの意味だよ。君だってギャンブラーだ。『負けないディーラー』が気になっているんだろう? 彼女のことに随分詳しいようだったしな。ギャンブラーがディーラーに興味を示す時と言ったら、「どう負かすか」を考えてる時に決まってる。
私の傍にいれば、その助けになるんじゃないかと思ってね」
私の囁きに、レフは反論しかけ、途中で言葉を飲みこんで首を振った。
「負けたよ、深層のダンナ。突拍子もないことをする野郎だ……だが、いいだろう。とりあえずのところは、二人三脚と行こうじゃねえか」
「お話は、まとまりました? 」
澄んだ声がテーブルの向こう側から飛んでくる。リライアは相変わらず微笑んでいた。かなり待たされているはずだが、気を悪くしたような様子もない。むしろ、面白がっているかのような顔つきだった。
「準備がよろしければ、チップを張って、サイコロを振ってください。初めの一投は、プレイヤー側からです」
リライアは、ポットとサイコロをこちら側へ押してよこした。思わずレフの顔を見る。レフはややイラついた様子で、手を振って私を促した。
「ディーラー様の言うとおりだ。まずは賭けたいぶんだけチップをテーブルに出して、サイコロを振るんだ」
言われるがままに私はチップを1枚、手前に置いた。5千ゾル。私の一日分の給料だ。流石に平静ではいられない。いや、今の私は裕福な古美術商だ――強いて気を落ち着かせながら、2つの6面ダイスを黒い革のポットに入れる。サイコロはどうやら骨製のようだ。魔術によるイカサマを防ぐため、大竪穴のギャンブルに使う道具は大体が生物由来の素材を使っている。生き物の体には「命」の力が通っているため、魔力が通りにくいらしい。革の感触はしなやかで、上からつまめば中のサイコロの形が分かった。
私は片手でポットを回し、中のサイコロを掻き混ぜた。充分に回転が乗った所で、テーブルの上に叩きつける。テーブルの板とサイコロの面が触れ合う、硬い音がした。ポットを取り除けると、出た目は――赤と青。炎と水だ。
レフの顔を見ると、彼は首を振った。
「こりゃあ、役なしだ。役のつく出目ってのは、片方のダイスが白か黒の場合か、2つのダイスの色が揃った場合か。そうでない、魔力の4色だけの出目は役なしなんだ」
「すると、どうなる? 私の負けか? 」
私の問いに、レフは舌打ちしながら首を振った。
「そう焦らず、最後まで聞けって……一回振って役なしだった場合、役が出るまで振り直すことが出来る。そうする場合はテーブルの真ん中に、新たにチップを1枚プールするんだ。溜まったチップは、勝負が終わった時に勝者が総取りする」
レフの指さす方を見ると、確かにテーブルの真ん中に白い線で囲われた一角がある。多少の逡巡の後、私はもう1枚のチップをプールゾーンに投げ出し、2投目を投じた。
次の出目は、白と赤――外界と炎。白が出たということは、役になったということだ。レフの方を向くと、彼は大きく頷いた。
「まあまあだ。役の大原則として、一番強いのは同じ目のペア、続いて片方が白の役、最弱が黒の役だ。その中でも強弱があって、もう1つの目の色によって強さが決まる。上から順に、白、赤、緑、青、黄、黒って順番になってる。大竪穴の底が一番弱くて、大地から水、風、炎と、上へ上がるに従って強くなる。そう覚えときゃあいい。深層出のあんたには、気に食わないかもしれないけどな」
「いや、そうでもない。上に持っていくほど儲かるっていうのは、美術商の仕事と同じだよ」
私は軽口で返しつつ、サイコロとポットをディーラーに返した。レフの話からすると、この出目はなかなか強いようだ。2番目に強い白の役のうち、一番強い赤。これに勝つには、2面揃いのペアしかない。しかも、黒のペアを出したらその場で負けだから、事実上勝てる目は5つしかないのだ。
それを、リライアが知らぬ筈は無かった。が、私からサイコロを受け取ったリライアは、あくまで涼しい顔だった。ゆっくりと細い指を伸ばし、ポットを握る。ポットの中でサイコロが激しく回転し、くぐもった音が私の耳にまで聞こえる。革の内壁を正六面体が駆け回る音――我知らず、心臓の鼓動が高鳴ってきた。自分のカネでもないというのに、場の空気に当てられたのか。緊張が最高潮に達した時、リライアは腕をひるがえし、ポットをテーブルに打ちつけた。
観衆が息をつめて見守る中、黒いポットが取り除けられて、ダイスの出目が露わになる。ひとつは、赤。もうひとつは……赤! 赤のペア!
「また、やりやがった! 」
人垣の一角から叫び声が上がり、続けて野次る声や口笛がやかましく聞こえて来た。賭けたチップとプールのチップが、リライアの方へと掻き寄せられる。合わせて1万ゾル。一瞬のうちに、5ケタの金が消えたわけだ。私は軽いめまいすら感じた。
「おいおい、どうした? まだ1回目だぜ。賭け金もたっぷり残ってるじゃないかよ、お大尽さん」
からかうようにレフが言い、肩を叩く。私はヴェールの上から眉間を押さえ、弱々しく手を振って答えた。
「……ああ、これくらいどうってことないさ。すぐに取り返す、すぐに……」
ふと首をめぐらして横を見ると、あからさまに心配そうな顔のベルーニと、相も変わらず無表情なボルゴが観客の間に見えた。一応、私がいくら負けても彼らに損をさせるわけではないと分かってはいるが、それでもただ負けるというのは後ろめたいし、何より私自身気分が悪い。ビギナーズラックという言葉もあることだし、何とかしてリライアにひと泡吹かせるくらいやってのけたいものだ。虫のいい期待を抱きつつ、私は再びポットとサイコロに手を伸ばした。ギャンブルで身を持ち崩す奴っていうのは、こういう虫のいいことを考えるものなのかな、などと思いながら。




