第1話(後)
あまりに断定的な口調のせいで、一瞬納得しかかってしまった。ひと息つき、ウィスキー割りを口に含んで転がした後、ごくりと飲みこんでから、私は猛烈な勢いで反論を試みた。
「いやいやいや、だから言ってるでしょう。私はギャンブルに詳しくないんだって。そんな、決まりきったことみたいに「勝ってこい」なんて言われても困りますよ。素人が無敗のディーラーに挑むなんて――カモにされるのが落ちだ」
「何も、ギャンブルをしろと言っているんじゃないさ。妙な話に聞こえるかもしれないが」
ボルゴは言い、ほんの少しだけ唇を歪めた。重たい頬が上がっている。あれは、笑っているのだろうか。
「むしろ、お前はギャンブルをやってはならない。そいつに勝つには、それしかない。分かるか? ギャンブルじゃダメなんだ。勝つか、負けるかではな。相手だってそうなんだから……「勝つ」しかないディーラーは、ギャンブラーじゃない」
舌の先で言葉を転がして楽しむかのように、ボルゴは謎めいた言葉を次々投げつけて来た。何となく、話の流れが飲みこめてきた。「無敗のディーラー」という話を聞いた時点で、なんとなく予想はついていたが……
「つまり、あんたの考えでは、「無敗のディーラー」はギャンブラーじゃない。勝つか負けるか運任せのギャンブルをしてるんじゃなく、勝つべくして勝ってる……つまりは、イカサマ師だということですね? 」
ボルゴは頷いた。
「そしてお前は、それを暴いて奴を負かす。ギャンブルには疎くても、小手先のトリックを見抜くのには慣れてるだろう? そういう仕事をしてるんだから」
私は渋い顔で、気の抜けかけたウィスキー・ソーダを呑んだ。期待をかけてもらうというのは嬉しいことだが、少々その期待が過剰な気がする。
「あんまり買い被ってもらっちゃ困りますよ。そもそもギャンブルって分野自体に不案内なんだ。何をどうしたらイカサマになるのかさえ、よく分かってないんですからね」
「そっちこそ、自分を買い被ってもらっちゃ困る」
ボルゴは軽く両手を挙げた。
「俺とて、すぐにお前のことを考えたわけではない。組合では、その筋に詳しい人間も何人か飼っている。名うての博徒や、プロのイカサマ師、賭場荒らしなんて呼ばれる連中だ。そういう奴らがまず刺客として、「無敗のディーラー」のテーブルへ送り込まれた……だが、結果は惨憺たるものだった。無敗伝説にキズ一つ付けられず、尻尾を巻いて帰ってきた」
「それだったら、尚更私なんかが行っても……」
口を尖らせる私に、ボルゴは首を振る。
「だからこそ、お前なんだ。一流のバクチ打ちがかかっていって何も掴めなかったってことは、奴のトリックは博徒の考え方やセオリーから踏み出した領域にあるってことだ。まるで無関係のお前なら、かえってその秘密に辿りつきやすいんじゃないかと思う」
淡々と語るボルゴに、私は諦めのため息をついた。無茶な理屈ではあるが、論理的と言えないこともない。要するに私は、メインの策が功を奏さなかったために呼ばれた変わり種の代案なのだ。どうにも微妙な気分だが、多少プレッシャーは軽くなった。
しかし……私はウィスキーのグラスを置き、新たな疑問を口にする。
「でも、意外ですね。そんな回りくどい手段をとるなんて……イカサマ師がいるんなら、その場で利き手の指の2、3本も切り落としちまうのが、あんた達のやり方だと思ってましたが」
「俺たちを何だと思ってやがる」
ぶすっとした表情で、ボルゴは言い返した。
「そんなムチャクチャなことが出来るか……考えてもみろ。勝ちすぎたからディーラーの指が斬られましたなんて賭場で、誰がバクチを打ちたがる? 噂はアッと言う間に広まる……バクチ打ちの間には強力な情報網があるからな。カジノの側で勝ち負けを操ってたなんて話が噂になったら、そのカジノは終わりだ」
ボルゴは憂鬱そうな口調でぼやき、グラスのワインを呷った。その様子に組合を恐怖で統治する容赦のない暴君の面影は無く、むしろ降って湧いた災難に頭を痛める小市民といった佇まいだった。
「あんたの話を聞いてると、組合が世間の風に身を寄せ合って震えてる子供の集団みたいに思えてきますよ」
「そう考えてもらって一向に構わん」
ボルゴは黒目がちの潤んだ目を細めて、閉じた歯の間から細い息を吐きだした。顔にこびりついた悲しげな表情が、より一層影を増した。
「厄介なのは、まさにその点でな……粋がってみたところで俺たちは所詮ヤクザもんの集まりだ。いくら腕っぷしがあっても、一人じゃあ生きていけねえ。評判って奴を敵に回すのが一番怖いんだ。
それに、イカサマ師をのさばらせておいたら、カジノの実利に差し障るだけでなく、メンツまで潰れちまう。たった一人のチンピラに手も足も出ねえ組合の親分なんて、サマになりゃしねえ。かと言って無理矢理につぶそうとすれば、これまた悪評になる……『負けないディーラー』が有名になりすぎちまったのもマズい。ここまで評判になっちまったものを、ヘタなやり方で潰したら客の不興を買う」
「……じゃあ、いっそそいつに参りましたと頭を下げて、身を退いてもらうとか。そいつだって、いつまでもムチャクチャなイカサマが通るとは思ってないでしょう。こちら側から落としどころを提案してやったら、乗ってくるんじゃないですか」
無駄だろうとは知りつつも、一応私は言ってみた。案の定、ボルゴは呆れ顔で首を振った。
「それこそ、足元を見られるばっかりだ……この稼業は、一度ナメられたら際限がねえからな。バクチの傷は、バクチで埋め合わせなけりゃならん」
言い切ってから、ボルゴはふと顔をしかめ、ぽつりと呟いた。
「とはいえ、お前の言うことにも一理ある。あんな強引なイカサマを、いつまでもやれるもんじゃない。いくら評判を気にしているとはいえ、組合の顔に正面から泥を塗りつづければ、いずれは組合も強硬手段に出ざるを得なくなる……その点も、考えてみれば妙だ。イカサマをやる奴ってのは、ふつう「無敗」にはならない。ワザと小さな負けを挟むもんだ。不自然なくらいに勝ち続けたら疑われるってくらいのことは、ガキでも分かるからな。ひとつのカジノから動けないディーラーなら尚更だ。
ところが奴は、暴走と言えるくらいに勝ち続けだ……その点も、お前を呼んだ理由のひとつだ。出来るなら、その理由も調べてもらいたい」
「何だか、色々と後から注文がつきますね……他にも、何かないですか? まとめて聞いておきたいもんで」
私が大袈裟に両手を挙げてみせると、ボルゴは渋い顔で首を振った。
「とりあえずは、それだけだ……そう構える必要もない。お前を呼んだ理由は、もう一つあるんだがな……」
「やっぱり、あるんじゃないですか」
言い返した私に、ボルゴは太い指を突きつけ、静かな声で言った。
「お前を選んだ最後の――そして最大の理由はだな、お前が第5大隧道の人間じゃないからだ。俺たちの組合とは縁もゆかりもない、利害関係のない他人だからだよ」
「……他人なら、他の組合とのしがらみに縛られないから、ですか? 」
ボルゴは馬鹿にしたように片目をすがめた。
「まあ、それも無いわけじゃないが……俺の立場も考えてみろ。他の組合から頼られているって言うのに、まるで手をこまねいているというのも顔が立たない。とはいえ、大っぴらに配下の人間を送り込んだりしたらそれも角が立つ。ボスじきじきに頼まれてるとは言え、ヨソの縄張りなんだからな。あたりさわりなく義理立てを済ますには、お前みたいなフリーランスを使うのが一番手っ取り早いんだ。他の階層からわざわざ呼び寄せたってことで、恩も着せられるしな」
「……それを聞いて、随分気が楽になりましたよ」
私は流石に苦々しい思いで答えた。仕事とはいえ、義理を立てるための道具として使われるのではあまりいい気もしない。挨拶状や季節の贈り物と同レベルの扱いか。私のしかめ面にはまるで頓着しない様子で、ボルゴは指を組み、椅子に体をもたせ掛けた。
「まあ、仕事の概略はこんなところだ。カジノで使う金はこちらが……と言うか、向こうの組合が用意する。元々あっちが出した金をあっちのカジノで落とすって寸法だ。
報酬は日当で支払う。口止め料やらも込みで、相場の倍額出そう。どうだ? 引き受けてくれるのか? 」
私はほんの少しだけ考えた。組合の仕事だというのが多少面倒だし、口止め料という響きもあまり好きではないが、相場の倍額はそれなりに魅力的だ。それに……何より、「無敗のディーラー」とやらに興味が湧いた。これだけ面白そうな話を聞いて、放っておけと言う方が無理と言うものだ。しかも経費は向こう持ち。抗えるものではない。
「まあ、あなたとは知らん仲でもありませんしね。いいでしょう、引き受けますよ」
安く見られないように精一杯無頓着な風を装いながら、私は無造作に答えた。
「それで、『笑う狼』とやらにはいつ行くんです? 一見さんお断りってことは、誰かに案内してもらわなきゃあ入れないでしょう? 」
「まあ、そう焦るな。ちょいと支度をしてもらわにゃならないんでな」
ボルゴは脇に控えた黒服の男たちに目配せをした。男たちは頷き、私を取り囲むようにして立つ。無言の威圧感が鱗に突き刺さる。私が立ち上がるのを待っているようだ。
「あの……これは一体? 」
おずおずと聞くと、ボルゴはわずかに口を緩め、フンと鼻で息をつくと、大儀そうに太った体を持ち上げた。
「そいつらに案内してもらえ……奥で、準備だ。道具はこっちで用意してある。支度が済んだら外へ来い。鳥力車を回しておくからな。じゃ、待ってるぞ」
それだけ言うと、ボルゴは私を黒服の囲いに残したまま、すたすたと出て行ってしまった。後に残された私は周りを見回し、愛想笑いをして、何か場を和ます冗談でも言おうかと考え――黒服たちの仏頂面を見て、やめにした。とてもそんな雰囲気ではない。空気は読めない方だと自認しているが、これは目を瞑ってたって分かる。私はため息をつき、テーブルに置いておいた帽子を取りあげながら、しぶしぶ立ち上がった。




