10 歌姫
舞台に上がる順に並んでいる。私の出番は最後だから、舞台に出て行く皆を見送る。一番場所を食う猛獣使いの檻が出て行くと、ステージ裏は結構閑散としたものになった。
「サラ、調子はどうだい?」
「緊張してます……。オルティカさんの演技、かっこよかったです」
「おや、そこは華麗だったっていうのが一番の褒め言葉なんだがねぇ」
「姐さん、自分で言っちゃだめでしょ……」
はははと笑うオルティカさんに、道化兄妹の兄ロジエルくんがつっこみを入れる。何度見ても素晴らしいタイミングだ。普段は妹を守る寡黙なお兄ちゃんだが、そのつっこみの能力はずば抜けていると思っている。あくまで私だけが思っている。
「お、そろそろ終わるね。行っといで」
「頑張って、サラ」
「は、はい。行って参ります」
2人は楽しそうに私を送り出した。
ステージ下手から出て行く手はずになっており、付添い人であるイルアドさんがすでに待っていた。
「すみません」
「いや、俺はここにいるのが仕事だからな」
穏やかに笑うイルアドさんは音響のバランスを考える人だ。表舞台に一度も姿を現したことが無く、アリスが「こいつの嫁さんを探すためにライトを当てよう」と皆に打診したところ、全員の賛同を得て私のエスコート係りに抜擢された好青年だ。いいお嫁さんが見つかると良いですね。
緊張からくる現実逃避をしていると、猛獣使いの人が拍手喝采を浴びておじぎをしているようだった。掃けたら私の番。
薄暗くなり、完全に撤退した後、踵の音を響かせて注目を集めるという寸法だ。
「お嬢様、お手を」
隣の好青年が手を差し伸べる。私は衣装を調えて、彼の手を取った。
すでに照明は私を待っている。いつもの発表会のように、姿勢を真っ直ぐにして歩き出した。
***
暗いステージの上にぽつんと照明が当てられる。いつもとは異なる演出に、観客に動揺と期待が膨らんだ。
踵の音を高く鳴らし、黒い影がステージの照明に向かって進んでくる。観客は明りに照らされる瞬間を息を殺して待っていた。
明りに照らされたのは芸人ではない青年と、恐らく女性。
恐らくというのは、青年にエスコートされた女性は目を包帯で巻き、かつ布を被っていたからだった。ただし、首から下は襞の多いドレスを纏っており、華奢で柔らかな身体のラインは女性を思わせた。
青年は正面の中心まで彼女をエスコートし、正面を向かせて手を離した。彼女に向かって一礼し、青年は照明の外に消えた。青年の靴音がステージから消え去ると、女性は観客に向かって一礼した。
拍手が鳴り響き、女性が何をしてくれるのか、観客は緊張と期待の中で待った。
女性は姿勢を正し、息を吸ってうたを歌い始めた。この国の誰もが知っている聖歌だった。
最後の音を伸ばしきり、歌い手が観客に礼をした時、客席は静寂に包まれていた。
歌い手が青年と共にステージから降りていく。司会進行の担当が本日の公演の終了を告げるアナウンスをすると、テントの中は地面を揺るがすほどの歓声が溢れた。
歴史上に“盲目の歌姫”と呼ばれる歌い手が生まれた瞬間だった。
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